これは、賠償ではありませんが、賠償に関連をいたしまして別途日本とインドネシアとで協定をいたしまして、そうして議定書の形において国会の御承認を得ることになると思います。
これは、賠償ではありませんが、賠償に関連をいたしまして別途日本とインドネシアとで協定をいたしまして、そうして議定書の形において国会の御承認を得ることになると思います。
これは、賠償ではないのでありまして、賠償は別途賠償として御審議を願うわけであります。これは、賠償に全然関連がないとは言いませんが、むしろ日イ両国の債権の今日の状態からして、これを放棄するのが適当だ、その見地からいたしておるわけでありまして、別途外務省から、この経緯については、議定書の形において御審議を願うことになるかと思います。
債権の放棄であります。
これは、インドネシアが支払い能力がないという見地に立ちまして、取れない、いわゆる焦げつきということになっておりますので、この際日イ両国との国交も新しく出発するこの機会において、法律をもって御承認を仰いだ上で、これが棒引きというか、切り捨てをいたそう、かように考えております。
先ほどから申し上げた通り、これは賠償ではありません。
賠償ではむろんありません。が、しかし日イの全体の国交の関係からは、賠償を取りきめて、早く払おう、あるいはこういう金額を払おうということも、やはり日イ国交という見地に立ってものを考えていく、そういう広いカテゴリーのうちにおいては、日イ国交を早く開いて、新しい出発点としようという点においては、むろん関係があると思います。
先ほどから申し上げますように、日イ国交の関係において、これは取れない債権ということになっております。ここで日イ関係から見て、私は、棒引きをして新しく出発したらよろしい、こういう見地であります。
これは、今もお話がありましたように、私はそういうことはないだろう。仮定ですから、今ここでいろいろとそれについて言うことは、私はむしろ大蔵大臣としては、差し控えるべきだと思います。
私は、これは他に波及することはないと考えております。やはり根本的には、オープン勘定というこの取引の方式がこういう弊をもたらすのでありまして、大蔵省としては、オープン勘定の廃止ということを今考えておるわけであります。
さようなことは考えておりません。
むろん外為会計に焦げつきの債権が生じるに至ったことは、これは遺憾なことだと思っております。
今度の資産減資によりまして、外為会計の経理に支障を来たすことはございません。
先ほど申しましたように、貿易の上から、今日外為会計でもって為替の収支をしております。焦げつぎができれば、自然この外為会計において焦げつきができる。こういうような焦げつきを過去において生ずるに至ったことについては、私非常に遺憾だと思っております。ただ問題は、それならこの処理につきまして、あくまでこれを相手方に主張して、そのためにいつまでも国交の回復もできず、すべての賠償その他の懸案も解決しない、それが国に、あるいは日本国民に有利であるのか、あるいはまた、この際そういうものをすべて総合的に一挙に解決するのが日本のために有利であるのか、そこに観点があると私は思う。私どもは、そこですべてを解決するのが日本のためになるという見地でやったわけで
さようなことは絶対にありません。これは債権処理の普通の方式に従ったわけであります。
私は、今お示しになりました二つの見解といいますか、これが基本的に違ったものであるとは考えておりません。むろん経済、特に国際経済にも依存しておる日本の経済というものは起伏があることは、これは人間個人をとっても、やはり健康のときもあり、それから病気にかかるときもあるのであります。経済もやはり有機的な作用をいたしておりますから、そういう意味におきまして、基調は同じなんですけれども、ずっと伸び過ぎるときがある。その過ぎたときには、これを押えるという行き方をして、そして全体としてまた伸びていく。これは何も変った考えではない、このことをはっきり申し上げておきます。
何も私、むちゃなことを言うておるわけでも何でもありません。それは、日本の経済のその後の推移をごらん下されば、私はきわめて実証的におわかりになると思います。むろん昨年の五月から景気が行き過ぎる、内外の情勢から見て、特に日本において行き過ぎる、これが自由経済をとっておれば、こういう景気現象というのはやはり起りやすい。これは、社会主義の経済とか計画経済とはよほど違いますけれども、景気が伸び過ぎるということは、自由経済には多くあり過ぎる。その景気の基調は変らないんだけれども、伸び過ぎてきた。それで、五月から、伸び過ぎるからといってとったのが、新しい内閣の経済が伸び過ぎるのを抑える政策、その政策も、世間は当時非常にいろいろと言っておりましたけ
今の横山さんの御質問は、日本の経済の行き過ぎ、これをどうして早く予見して、こういうことのないようにしなかったのか、こういうところにあると思うのでありますが、これは、私の考えによりますれば、経済を動かしております諸機能——あるいは機関というてもいいのでありますが、そういう諸機能の自動調節的な動きというものが、調和と機動性を欠いておったところに私は一番根幹があるだろう。同時に、内外の経済の動きに対して、悪いなら悪い方向を早くキャッチする、つかむという機能が欠けておった。それで、こういうふうな轍を再び踏まないように、今回は特に企画庁に予算を差し上げまして、内外の景気情勢というものをすみやかに把握する、そういう局も一つ作っていただいて、そう
この点は、私はかように考えております。一つは金融面であります。金融面におきまして、今後、私どもの想定によれば、三十三年度は一億五千万ドルの黒字になる。言いかえれば貿易が出超を続ける。むろん徐々ではありまするが、それを意図しておる。そうしますと、貿易の出超から金融がゆるむということも当然想定をされます。従いまして、こういうふうな機会に、適当なときに、私は預金支払い準備制度というようなものも導入をする。それから、そういうふうな情勢の推移に応じて、日本の金利体系というものも、中央銀行から市中銀行を通じて一応の整備をなし得るだろうと考えております。従いまして、日本銀行の公定歩合の上下というものも、客観的な経済の情勢に応じて、きわめて適切に機
この公定歩合の点ですが、これは、先ほど私は原則的な議論をしたのでありますが、今は、日本の経済は、何も不況に陥っておるとは考えておりません。これは、やはり行き過ぎを是正する過程にあると思っておるのでありますから、この過程において、公定歩合を引き下げるというようなことは考えておりません。これは、もう少しそういう過程が進んで、経済が安定をいたしまして、そうして輸出の見通しがはっきりしてき、これならというようなときで、同時に輸出面から日本の金融市場がゆるんでくる。しかもそれが持続性を持つというような、そういう場合においては、そのときの金利体系の整備をまずすることが大事である。たとえばオーバー・ボローイングとかオーバー・ロン、こんなものは、む
それらの内容につきましては、今後十分検討を加えるのでありますが、根本というような点をちょっとわかりやすく一つの例で申し上げますれば、これは、私前から実は主張もしておったのでありますが、たとえば社会保障ということは、どの内閣にしても、またどの党にしても、当然最も重点的な政策であることは言うまでもありません。こういうものについては、やはりほんとうに統一ある基本的なものを持つべきじゃないか、そしてその一環として、国家のいろいろな給付関係を考えていく、こういうふうにやるべきじゃないかという意味合いにおきまして、やはり政策の根本から一つこの際考えるのがいいんじゃないか、こういう意味であります。