これはアメリカの輸出入銀行からの借款が一億七千五百万ドル、そのうちで一億一千万ドルが綿花借款、六千五百万ドルが今お話に出ておるようなものでございます。私もこれは直接関係いたしておりません。これは西原という何がおりますが……。
これはアメリカの輸出入銀行からの借款が一億七千五百万ドル、そのうちで一億一千万ドルが綿花借款、六千五百万ドルが今お話に出ておるようなものでございます。私もこれは直接関係いたしておりません。これは西原という何がおりますが……。
字になりますから政府委員に説明させますが、ここに持っておる点だけ一つありますから、御参考になると思いますから申し上げます。今申しましたように、輸出入銀行からの借款は一億七千五百万ドルで、そのうち一億一千万ドルは、これは毎年やっておる、いわゆる綿花借款、そして六千五百万ドルが借款になっておるのでありますが、これは何もその金が日本にくるわけではありません。物の決済に、物を日本が輸入するたびにこれを引き落していく、こういうものであります。そうしてこの金利は年四分五厘で、買い入れ期間は綿花が十二カ月、小麦、大麦、大豆及び葉タバコ九カ月、借入れ金額は綿花が一億一千万ドル、他の品目の合計は六千五百万ドル、従いまして一億一千万ドルの綿花の普通の借
経済がよくなる時期の見通しですが、これは結局日本の輸出がどういうふうに増大していくか、輸出超過になる、しかもそれは建設的に行くということになると、そのときに日本の経済がよくなってくると考えてよろしい。大体私の考えでは、もう少し具体的に申し上げると、この下期におきまして貿易関係が大体均衡を得ていく。しかし昨日も申し上げましたように、この内外の諸情勢は日本の輸出に必ずしも有利でない。ここで国民みんなが一緒になって国内消費を押えて輸出に振り向けていく、そうして政策的には輸出奨励政策——物価を安定させて国際競争力が充実しなくちゃならないのはむろんである。いわゆる物価が安定することはむろんでありますが、そのほかに政策的に輸出の奨励をする。一方
会計年度で来年の四月以降……。
一口に言えば、最近までの経済のいろいろな変動、この点は私はやはり有機的に総合的に均衡を得た経済の運行に十分でなかった点がある、こういうように考えておる。たとえば設備投資といって投資が盛んでありましたが、これ自体は日本の経済から見れば、今お話しのように産業構造の当然要請する変化と認める。これは特に合理化という点あるいはまたエネルギーのような点、それから科学振興というようなことが日本の経済の従来の産業構造のあり方に変化を要請しておる。そういう点からどうしてもやらなければ、今後の国際競争に負けるということもあるが、そのこと自体は私はいいと思うのです。それはだれでもそうだと思う。ただそういうものがバランスをとって、行き過ぎない、そういう点に
まず第一に問題の出発点を一応私ははっきりしておきたいと思う。今のお話はいかにも今の日本の経済が神武以来の不景気であるかのようなことを前提にして立論をされているが、それ自体が非常な間違いだ。神武以来の不景気どころではない、むしろこのままいけばインフレになりはせぬかということをおそれる状況です。それが日本の経済の本体なのです。ただ今幾らか不景気といいますか、困難なところにあるけれども、それはインフレにせぬために今特別緊急施策をしておるから、そこの部分が影響を受けて悪いので、日本経済全体というものはむしろ伸びよう伸びようとしている。現に生産を落そうとしても、生産意欲がなかなか落ちない。言いかえれば輸入を減らしたいのですが、輸入意欲が多くて
お答えします。今の答弁でおそらくおわかり下さったと思うのですけれども、重ねて一つごかんべんを願ってつけ加えさせていただきますが、それはこういうことなのです。むろんお話のように、経済が均衡をずっと維持するような形で総合的な施策がうまくいけばよかったであろうということは私先ほども申し上げました。その点については反省しなければならぬだろう、こう申しておるのですが、今の点については、なるほど最近は不渡りも出ております。それは私否定しません。否定しませんが、それは、経済がよかったものですから、そこに押し込めようとするから、その過程において出るのはやむを得ない。たとえば雇用にしても、ああいうふうに経済がよくないと、もうその前に雇用が悪くなる。雇
決してそういうふうには申しておりません。それですよ、私も反省をしなければならぬということは何回も申し上げておる。
その点につきましては、すでに政府としては経済企画庁から白書を出しまして、こういうふうな事態を繰り返さないようにするのにはどういうふうにすればいいかということがこまごまと出ていると思います。これで御了承願うのが私は一番よかろうと思うのですが、ここで私は重ねて申し上げてよろしゅうございますか。
私は時間の関係からさよう申し上げたのでありますが、ごくかいつまんで申し上げますと、やはり日本の経済のそれぞれの機構といいますか、あるいは機構の持っておる機能というものが、有機的に、いわゆる自由経済の自動的な調整作用というものが何といっても不十分であった。これは一つには、日本の経済が特に国際経済、国際的な事情に大きな影響を受けるという点においてむずかしい点もあるのでありまするが、しかし世界の景気、同時に日本の景気がどういう動向をとりつつあるかということを常に把握する機構といいますか、それが不十分だった。そして同時にその把握した場合に、それに応じていろいろな機能が即応的にフアンクションを始めていく、そういうようなことが今まで実に不十分だ
そこでむろん先ほどから申し上げますように、なだらかに徐々にやる、これは私は可能であったと思います。政策的にやることは可能であったと思います。しかし問題は私はああいうふうに急激にいったからそれが悪いというふうな観点には立ち得ないだろうと思います。これは当然やらなければならぬことで、程度の問題である。これは非常に徐々にいくこともいいのです。それから急にずっといくこともこれもまた考えられる。問題は、あとの始末において、急にいくとずっと経済が早くいくが、今度それを押える場合にやはり急激な手段を必要とする。なだらかにいけばずっといける。これはどっちがどっちというふうに必ずしも私は言えないのじゃないかと思います。これをそういうふうな抽象的なこと
先ほどからいろいろ申し上げたと思うんです。いわゆるなだらかな行き方も可能であったろうということは私も申し上げた。それはいかなかったのはどこかという御質問の模様であったが、それは経済のいろいろな機能が有機的に自動調節作用を十分に果さなかったところに不充分な点があったろうということも、私ははっきり申し上げておる。それから今の御質問で、緊急総合政策をとったのをお前誇りにしておる、そういうふうに取り違えておっしゃらぬように。誇りじゃないのだが、経済の客観的情勢において当然打つべき手を打ったから、経済が悪くならずに、またよくなりつつあるということを申し上げたので、どうも意味慎重のようなお言葉ですけれども、そういうふうになると、客観的に数字を皆
ただ反省としては、先ほど言うたように、経済の諸機能が有機的に自動調節する作用がうまく発揮されていればよかったろうが、その点について不十分な点があると申し上げたので、自由経済においてどういうふうな機能があって、それがどういうふうに自動調節されるか、それはあまり言わなくてもおわかり下さるだろう、かように思っているわけであります。
私何も責任を回避するものじゃありませんが、むろん経済の流れでありますから、経済に関係しているものが責任があるとすれば、これは責任があると言ってもいいと私は思います。そういうことを私は決していとうものじゃない。しかし悪いとかいいとかいうものじゃないと私は思う。また自動調節力だけに帰しているわけじゃない。一番テピカルな、一番そこにあっただろうと思うところを申し上げたので、政府においても全然というわけでもないでしょう。それは考えなくちゃならぬ点はあったろうと私は思います。しかし政治というものはすべて神様がやるのではない。万全とはいきませんから——特に経済のことは内外の諸情勢の変化というものが刻々起るんですから、そう初め思うた通りに——これ
これは、一口に申し上げますれば、その当時における日本経済の運営を資金面から適切ならしめるように考えておるのであります。同時にまた、今後の日本経済の持っていき方を資金面からどういうふうに助長するといいますか、やっていくかというふうな考え方、それは一つの政策的ですが、同時に、一番本質的な点は通貨価値の維持ということでございますから、この価値の流動性というものも十分考慮してこれをきめていく、こういうことになっておるのであります。
それは、日本銀行からできるだけ金を出さないようにするという、いわゆる程度を考えずにそういうことを前提とすれば、それは何でも押えておくでありましょう。しかし、むろん、日本銀行から金を出すことのいい悪い、非常にたくさん出るか出ないか、その程度の問題があるが、日本銀行としては、一応そのときの日本の経済の所要する資金量を調整して過不足ないように、むろんそのときの経済が伸び過ぎるとなれば日本銀行としてはこれを押えるようにしなくちやならぬが、しかし、全然出さないように、どんなに経済が伸びてもこれは別だということは、私は日本銀行としてやり得ないと思う。その経過的の間はどうしても日本銀行としても経済がそれほど伸びておるならばそれを一〇〇%することは
私は先ほどから申しておりますように、政府においては——私、当時職にあったかどうかしりませんが、政府においては何も落ちどころがなかった、そういうことを私は必ずしも言っておるのではないのですが、今度のいわゆる投資が行き過ぎである、その投資を見ますと、民間の投資の伸びが前年に比べて八割に及んでおる。これは非常に大きな投資である。それで、これはやはり民間の投資にブレーキをかける、そういう自動調整作用——これは自由経済ですから自動調整作用の不十分なところがある。何も私は民間だけに責任を負わせるのではありません。むろん、今から考えると、いろいろの点において、いろいろな方面において考えなくてはならないことがあったと思います。私は率直に認めていいと
前の大蔵大臣にいたしましても、私が聞いておるところでは、また新聞などの報ずるところによっても、投資を貯蓄の範囲内でやってほしいということはしばしば申されております。民間にもそういうことを言っておる。貯蓄の範囲内でやるということは、やはり経済についてあまり投資が行き過ぎてはいかぬぞという警告と私はとっておるわけであります。ただそれがうまくいかなかったのは、やはり自動調整——これはだれが悪い彼が悪いということよりも、日本の経済自体。あるいは考えの及ばざる点もあったでしょう。そういうところからそれがうまくいかず、それから、自由経済というようなところから、ずっと加速度的な、いわゆる競争が激しくなると自然そういうふうになる。だから、そういう点
政策委員会につきましては、ただいま金融制度調査会に諮問をいたしておりまして、日本銀行法全般について検討を頼んでおります。その一環としてこれが取り上げられているわけでありますので、その答申を待ちたいと思います。私がいかにも政策委員会があることに反対であるかのようにおっしゃいますが、そういうことではありません。私もこれには若干迷惑をいたしておりますので申し上げておきたいと思いますが、私はそういうんじゃないのです。ただ、こういうふうなことは——これは私が日銀の総裁時代にGHQと折衝してできた制度でもありますので、私は参考的にある機会に話したことがありますが、それは、やはりほかの諸制度と同じように、特に私はこのときの折衝を直接責任を持ってし
私は、今後、金融の性格、特に金融調整の弾力性から考えまして、金融になるべく自主性を持たしたいというのが私の考えであります。しかしながら、原則的にはそうでありますが、実際の状況を見ますと、もう少し金融とか資金とかいうものについて計画性を与えるがいいという考え方を私はいたしております。それで、金融の自主性を確保しつつ、しかも資金が計画性を持つのには一体どうすればいいのか、また、そういうことが自主性のもとに可能であるとしても、その限界は一体どうであるのか、こういうことにつきまして、実は今資金審議会、それから全国銀行協会、日本銀行その他の関係者に詰問をいたしておりまして、その答申を待っております。これらをよく見ました上で、またさらにいろいろ