御指摘の点につきましては、私はこういうふうに考えております。韓国と日本との国と国との関係の今後の交渉というものはむろんのこと、ただしかし一つの会社の債権債務の処理というものは、私は法律の示すところによって当然どういう場合でも処理をしなければならぬと思います。法律に基いて処理をして一向差しつかえないと思っております。
御指摘の点につきましては、私はこういうふうに考えております。韓国と日本との国と国との関係の今後の交渉というものはむろんのこと、ただしかし一つの会社の債権債務の処理というものは、私は法律の示すところによって当然どういう場合でも処理をしなければならぬと思います。法律に基いて処理をして一向差しつかえないと思っております。
むろん今お話しのような点をできる限りにおいて考慮をいたしたいと考えております。引揚者のいろいろな方の同情すべきことは、やはり考えなければならぬが、それと会社の整理の場合における法律関係とは、これをごちゃごちゃにすると、そこに権利関係についていろいろな紛議が起ってくるので、それらを調整のできる範囲内において考えるという以外には方途はなかろう、こういうふうに考えております。
そういう考えを今も持っております。
大体私の考えを率直に申し上げますと、財政も、健全財政三カ年、予算としては私はやはり相当厳しい緊縮予算だと思います。三カ年続けてやり、経済も正常化を進めております。 ただ私が今ここで問題にしているのは、御承知のように今日のヨーロッパを中心とする世界経済の動向であります。これについては、いわゆるインフレを防止する施策をイギリスを初めとして各国相当厳しくとりつつあるのであります。この成り行きも私は注目しておるわけであります。また日本の経済について、今申しましたように大体私は健全な線で推移しておると思うのでありまするが、しかしなお一応今後の物価情勢等については注意をしておる必要がある。そういう状況下において、しからば今問題になっている一
私が今考えておりますことは、物の価値のはかりとしての太さとしては、一万円というものが別にインフレ的であるとは考えておらないのでありますが、ただ先ほどから申しましたような、内外の客観情勢をよく見きわめて、心理的な見地、これで若干のやはり配慮を今後とも一万円札というものについては加えていくべきであるというふうに考え、そういうふうな見地からいくと、一万円の発行については、民間等においては、相当前からもう一万円を出してもらったがよろしい、別にインフレ的な心配は、まあ、ないだろう、こういう意見が強かったのでありますが、しかし私は少くとも三十一年度の予算が健全性を貫き得るかどうか、そういうところにもかかると思うから、三十一年度の予算を通過した後
全く私はお説と同じ意見でありますが、従いまして百円硬貨を出すことも実は私はあまり無理はしておらないと思います。ただ、この点についていろいろ御意見がありましょう。たとえば硬貨については、これは持ちがよろしい、かつまた、価値の上から見ても、もうこれは補助貨になるべきだ、そうして昔の十鏡かそこら、そんなものだから、これは硬貨としてはどうかというようないろいろな意見もありましょう。またそれと違った、そうせぬでも日本銀行券の百円でもいいのじゃないかという意見も、それは立たぬことはありませんが、これは一年くらいで役に立たなくなりまして、非常に取りかえが激しいので、経済的な見地からすれば、これはやはり硬貨にした方がよろしい、こう思うのでありますが
昨年私が答弁したときにおいては、私は一万円札発行の考えを持っていないことは、これはその通りであると……、ただ図案というようなものを、これはまあ私がまだ大蔵省に入らぬ前もよくあったのですが、まあ将来こういうものを発行しようかというような場合に、その図案を一応作っておく、図案といいますか、原型ですか、そういうことはよく大蔵省もときどきおやりになっておったように伺っておりますが、ただそれは原型程度のものを用意しておる。まあむろん将来発行をする考えのないものに原型を作ることもないのでして、まあ要するにそれは時期の問題、発行する時期の問題で、いろいろな準備、計画というようなことについては、まあ私、そう責めずにおるので、そういう意味で別に発行す
これは事務当局の方から聞かれた方がいいのですが、多分一万円札の方は、私がまだ日本銀行におったころ、一万円札を発行しようかというような相談はあったように思います。従ってあるいはその当時からすでに原型はあったのかもわかりません。この百円の銀貨は、私が大蔵大臣になってから、ごく最近にこれは考えようというふうに、まあ、しかしいずれにしても、かりに百円銀貨を出すということになりますれば、これは私はやはり紙幣について考えてみる必要があると思うのです。そうしないと、まあ、そうしないとというのもちょっと言い過ぎかもしれませんけれども、千円と五百円、二種類しかなくなる。何も三つなくちゃならんというわけじゃないが、やはり一つの紙幣の流通というようなもの
予算に組んであるのと切り離してもいいかどうか、これは私はどちらでもいいと思うのです。(笑声)
こういうふうに私は考えているのです。今の証券取引の問題ですが、これは私の考えでは、資本の蓄積、それから長期資金の調達に関連する。あるいは証券の価格構成、あるいは公正なる価格の形成、さらにまた証券業を営む者の資格とか、あるいは取引の方法、こういうものが、今のこの実物取引を変えて、定期にするとすれば、基本的にこれは違うのです。非常に変る。この定期取引をやめて今の実物取引にするとき、あれは占領下にあったのですが、ああいう力を持ってやったというふうにちょっと考えていいくらいに大きな変革である。それをまた今度はもとに戻すことは、これもまた大きな変革、従ってこういう変革をやる場合には、国民経済の上からも、国民生活の上からも非常に大きな影響を与え
ただいまの御質疑のことはよく調査をいたします。今お話によれば一割以上も配当しておってしかも滞納しておるということであれば、これをよく厳重に調べていきたいと思います。
国税庁長官を呼びまして、なおよく理由をただしてみよう、こういうことであります。
そういう点も、私は滞納がいかに考えてもおかしいじゃないかというような意味合いで滞納している場合は、何も発表しても私はいいと思います。ただしかし滞納の理由はいろいろありましょう。またそれを発表した結果がどういうふうになるのか、そういう点経済的にも考慮をめぐらさなくてはなりませんから、そういう点は十分国税庁長官に事情を聞きましてその上で発表するかしないかを考えていきたいと考えております。
何もあいまいじゃありません。ただよく事情を聞いて、その上で何でもものことをするのですから、よく事情をただした上ですることは、決してあいまいではないと私は思う。
それは発表することが、私の考えでは一般に社会的に考えて適当でないと思ったとき、それで何も個人の利益を庇護するというようなことは考えておりません。社会的に悪影響を及ぼすというような場合は考えなければならぬ。
滞納の理由をよく聞いてみよう、その滞納理由いかんによってはこれは発表してもよい。私は実を言うと、大蔵当局としては政治的にものを考えずに、かりに税ということを考えれば、当然発表して、私は滞納した者はずっと一覧表を作っていいくらいに考えておるのですが、しかし政治ということになってくると、単に税を取るばかりでもいけない。そういうことをすることによって、一般社会にいかなる影響を与えるかということは、やり考慮しなくてはならぬ。そういふうなかね合いで考えてみようというのでございます。
一割七分の配当をしておる会社が滞納しておるということは、実は私いろいろとまたお叱りを受けるかもしれませんが、その報告にも接していないのです。ですから管財局長あるいはまた国税庁長官を呼んで、何がゆえにそういうものを報告しないかとただして、その理由をもよく聞いてみよう、こういうことでございます。
それは同じ滞納にしましても、私の考えているところは、これは専門家はまた違うかもしれません、いろいろ理由があると思います。真にやむを得ないような理由で滞納を余儀なくされているものもありましょう、また悪質でしないのもあると私は思うのであります。そういう場合に真に余儀ない事情から滞納をしておる、かりに何千万円の滞納をしたにしても、それをぼこぼこ発表すると、これは銀行の融資もとまるでしょう。その会社の信用状況は全然なくなる。そうすると、取れるであろう税金も取れなくなる。これは私は徴税の技術の上からもやはり考慮を払ってみなくちゃならぬと思うのであります。そういう諸般の理由をよく研究した上で、それから考えようということであります。何も私はこれは
私は今まで答弁で何も発表しないとは言っていないのであります。そういう理由を明らかにして、そうして考えよう、こういうのです。そこで発表するかせぬかということは、よく理由をただした上で、発表するかせぬかの基準的なことは、これは社会的に影響がいいか悪いか、あるいは今言うたようにそれが悪意でもない、会社は大きいかもしれぬけれども、余儀ない理由で滞納を余儀なくされているということを、ぼこぼここれを発表しますと、いかにも爽快のような気もしますけれども、取るべき税金も取れぬ、そのためにまた破滅する。そうしてまたそこに失業者が出まして、多くの人がまた路頭に迷う。これはあなたの言うようなそう簡単なものじゃありませんですよ。
私の考えは外郭団体はそれぞれ一応そういうものが発生する理由があって発生したと思うのでありますが、しかしおもしろくない外郭団体もまたあると思います。従いまして、できればなるべく外郭団体は私はやめたいのです。なるべくやめたい、そういう方針で望んでおるのであります。