御承知のように、これは両方とも発券銀行でありまして、その利益金はその発券機能から生じた部分も少くないのであります。そういうふうな見地から営業利益はむろんのこと、残存の資産もそういうふうな利益金からもきております。そういう見地からある程度納付金を納めるというようなことにいたしたい、その法律案を出したいと考えております。
御承知のように、これは両方とも発券銀行でありまして、その利益金はその発券機能から生じた部分も少くないのであります。そういうふうな見地から営業利益はむろんのこと、残存の資産もそういうふうな利益金からもきております。そういう見地からある程度納付金を納めるというようなことにいたしたい、その法律案を出したいと考えております。
閉鎖機関として整理は一応完了しておりまして、これの残余財産の処分はいたしても差しっかえないと思います。
預金者に対します処理は一応終了いたしておるのでありますが、なおただいまの御質問は、その当時における実情、並びに数字にわたるところがありますので、これは詳しい管財局長から答弁いたさせます。
この預金の払いにつきましては、昭和二十九年の法律に基きましてやっておるわけでありまして、決して恣意的に勝手に、このくらい払おうというわけではありません。預金についてはこういうふうな処置をとるという法律に基いてやっておるわけであります。それで私はここで特に預金者の保護の御説もわかりますが、その法律に基いて預金の方は一応終了しておる。特にこの銀行は発券銀行で預金銀行とはまた性格を異にいたしております。こういう銀行券を発行し得るというそのことによって、多くの利益をあげておったということを御了承を得たいと思います。
預金の支払いにつきましてはできるだけ預金者保護の見地、公平な見地から配分方法をきめて払っていくわけでありまして、終戦直後等におきまして、いろいろと、たとえば今お話の証明のできないというような問題もあったかと思うのでありまするが、しかしこれは一々どうにもならないのであります。証明ができないとすれば、これはどうもいたし方がない。戦争直後の混乱で、こういうことは各方面に起っておると思います。これは大きな政治問題として具体的なこういうものと関連なくまた考える必要があるかもしれませんが、こういうものの具体的の処理については、どうも私はいたし方がないことであろうと思うわけであります。
決して冷酷な考えを持っておるわけでもありませんし、またそういうものではないのでありまして、預金者保護については閉鎖機関等一般について公平なできるだけのことをするということを法律できめて、その法律に基いて処理をしたわけであります。単に向うに縁故があるから、そこにおった者の占有財産は縁故者に分けたらいいじゃないかというようにはやれないので、やるとかえってそれは不公平になる。預金者保護というような見地は金融機関の預金者一般について同じ立場にある者は同じ扱いをするというのは、これは私はやむを得ないのじゃないかと思います。
私も外地から引き楊げて来られた方々の非常にお困りになっておられるお立場は、心から御同情を申し揚げるわけであります。しかしこれはまたこれとして引き揚げて参られました方々のお困りになる原因はありましょう。またこれはこれとして政治として考えていかなければならぬものであろう、かように私は考えております。
これはなかなか御承知のような財政の状況でありまして、終戦後のいろいろな事態に、いろいろと今後においてもせなくてはならぬことはむろんまだたくさん残っておると思います。これもしかし、あるいは財政の力の許す限度において、徐々に対策をはかって解消をしていくという以外には、やはり実際上どうにもならないと私は思います。引揚者について、具体的にそれならどうだ、これは今のところ、今言ったような財政事情でもありますので、主としてこれは一般の社会保障という範囲内に入っていくと思います。なお帰還者については、特に今後調査をするというようにもなっておるようでありますが、やはり日本の国力の増進に相まちまして、考えていく以外にはなかろうと思います。
その通りであります。
その通りでありまして、それが基本の輸入本数であります。
百二十二本はドル地域からの輸入になるのでありまして、大体実績に基礎を持つ数字でありまして、戦前等の実績ではアメリカから約八〇%、それが最近ではそういう実績を見て七〇%、なぜそんならそういうふうにドル地域からの映画の輸入が多いかといえば、結局やはり商売でありますから、採算に合うもの——アメリカの映画がやはり一番採算に合う、それでそれが入ってくる。しかもそれは戦前からの実績がある。しかしなるべくそう片寄らずに、一つには文化的なあるいはまた教育的な考慮も払わなければならぬと思いますが、そういう点から普遍的にいくように努力を払っております。
きめたのではないんで、実績であります。戦前にそういうふうになっておった、従来の大体の姿です。
私は率直に言って、アメリカのフィルムがたくさん入ることを好んでおるわけではないのです。ないのだが、これはやはり国家の間の関係もありまして、すでに生じておるある客観的な一つの情勢というものは、徐々にこれを訂正していくのが、私は国際信義の上からもしかるべきものとして、さような考えで、なるべくこれをアメリカだけでなくて、もう少し高い精神的な見地から一教育的な見地もありましょう、そういうふうな見地からフィルムの輸入も考慮すべきである、こういうふうに考えております。
これにつきましては、映画フィルムの輸入につきましても、優秀なフィルムを輸入したという向きに対しては、やはり一つのごほうびを上げるようにいたしまして、先ほどお話の百八十本のうちで百六十四本が基本輸入で、あとの十六本は、優秀な映画を入れるとあと一本入れてよろしい、こういうことに使っております。それから日本の映画を輸出してドルを非常にかせいでくれるというような向きに対しても、一本を贈呈します。こういうふうにしております。総じて私は安い、いい映画ができれば、どこから輸入するということを特に今拒否しておるわけではないのでありまして、原則的にはどこからでも入れる。ただ今言ったような採算の上からアメリカの映画がたくさん入っておる。これは私はおそら
これはまたその映画フィルムの内容にもよりますけれども、そういう点はやはり考えなくてはならない。これはここに為替局長がおるから、詳しいことはそちらから聞く方が正確ですが、私だけの考えでは、フィルムの輸入については、今後は委員会、審議会において、国全体の、単に商売がどうとかこうとかいうのではなくして、もう少し教育——私は社会教育にも非常に大きなものがあるのではないかと思っておるのでありまして、そういう見地からどういうフィルムを入れるべきかという——きょう教科書の問題も出ましたが、私はフィルムもやはり重大な影響を国民に与える、かように考えておるので、そういう見地から十分選択して入れることにしたいと考えております。
先ほどから繰り返し申しますように、アメリカの映画を特に政策的に入れるというようなことは考えておりません。なお今の御意見、なるべく日本の国民の行かないような、目に触れないようなものをよく見せてはどうかという御意見、これはすなおである限りは私はいいと思います。それでへんな何らか事がなくてすなおにただ見せる、知識を供給する、こういう准度のものでしたら私はいいのじゃないか、私も賛成します。
従来農業課税につ一きましては、これは供出が行われておりましたので、石当りで計算をいたしておりましたが、それが予約買付制度に変りましたので、反当りに変更いたしました。そこで一体反当りについて農業所得はどのくらいあるか、こういうふうな問題が起るのであります。そのときに税務署だけで考えて、何だか農業について税をたくさん取りばしまいかという心配もあったように思われるのでありますが、そういうことは絶対に念いのであるということを、政府としてはっきりしたわけであります。そしてその具体的な措置といたしましては、そういうふうな場合においては、市町村長あるいはまた農業協同組合の長等と十分相談もし、その意見を尊重するようにということも閣議決定をいたしてお
閣議決定の趣旨は、さっそく国税庁長官から、末端に至るまで・その趣旨に基いてやるように指令を出してあるのであります。そしてそれが守られておると私は確信いたしておるのでありますが、今具体的に事例をお示しになりましたので、国税庁長官もおるようでありますから、その方から説明させたいと思います。
御趣旨はよくわかりました。持に豊作なるがゆえに不当に増徴するというようなことは毛頭考えておりません。閣議決定の趣旨は、なお一そう出先にも徹底するようにいたしますが、なお具体的な例をお示しになりましたから、私も国税庁によく申し伝えます。そしてどういう理由でそうなっておるのか、私もよく調べてみることにいたします。
ただいまお読み上げになりました資金と生産コストとの関係、これは私は、一応事実は事実としてそういうようなことはあり得ると思うのでありますが、それと農業政策というものは、これまた別個なものでなくてはならないし、またあり得べきものと思います。やはり日本の場合においてもできるだけ人口等を考えて、食糧については自給自足が可能なりやいなやはよほど時間的な考慮も必要ですから、いろいろと問題がありましょうが、できるだけ自給度を高めていくということについては、私は異存はないのでありまして、むろん考えたい。同時にまた、日本の今日の国情からして、いろいろと貿易関係も考え、国際的な関係も考えていく。その辺の調整を考えつついくのが当面日本の行くべき道じゃない