その通りであります。
その通りであります。
それは私は非常に御無理な申し分であると思っております。それは結果において往々にして数字が似るということもありますが、しかし今のお示しの数丁には私が関知してないことは事実であります。ですからそれ以上これをお疑いになることは、それは私は無理じゃないかと思います。私がここで関知しないことをはっきり申し上げます。
私率直に申し上げます。いろいろとそういうような御意見もありますししますから、特に財政当局の立場からすれば、今後防衛費というものが、ここに単に財政的な見地ばかりでなく、また専門的な防衛庁当局の考えもありますから、一体どういうふうなものか、それがはっきりする方がいい、こういうことを考えるのです。財政的見地からしてもそうです。それから一般の社会に及ぼす——たとえば一般の人々が、何だか防衛々々と言って、いかにも防衛を拡大しておるかのような誤解といいますか、印象もあるのですから、やはり私はこの辺で長期の防衛計画を作って示して、そうして今後こういうふうになるだろうとはっきりした方がよかろうというのが私の今の考え方なのでありまして、今何にも従って
二点お答えしますが、今お読み上げになりました数字は、私の関知する数字ではない。 それからもう一つの赤字を出さずに防衛をやるかということであります。それは当然であります。防衛というものは、先ほどからしばしば申し上げますように、わが国民経済の許す範則内においてこの総額は考えておる。これは内外ともに認めておる原則であります。従って防衛をするがゆえに赤字が出るということは許されておることではないと思います。
来年度並びに来年度以降の予算をいかに組むかについては、なお十分検討を加えなければなりませんし、防衛費をたとえば増加するために赤字を出すということはやりません。
今申しましたように来年度以降の予算の編成については、今後ここで今いろいろのことを確言をする時期にないのであります。ただ、しかしながら今のところ私が考える範囲内において公債を発行することは考えておりません。
来年度以降の予算の規模とかあるいは内政費をどうするとかいうことは、今後十分検討しようといたしておるのでありまして、それについては今私がここに何ら確言をする時期でありません。 ただ一つ申し上げたいことは、またおそらくあなたも確めておきたいと思うことは、防衛費を増大するために赤字にするおそれはないか、そのことだけは私はしませんということだけを申し上げておきます。
先ほどから繰り返し申しますように、来年度以降の予算の編成が非常にむずかしいことは申すまでもありませんが、それについては今後十分検討、研究をして行こう、こういうことが今の段階でありまして、それ以上責任のある私が今ここでいろいろと申し上げる時期ではありません。
こういうふうにお考えを願えばいいのじゃないかと思います。それは、お説のようにいろいろなことを、たとえば防衛も国力に応じた程度はこれはやって行くというのが政策でもあります。それと同時に、また社会保障もこれもなるべく増したい、これは何もかもができればそれが一番いいと思いますが、しかしそこに日本の国力といいますか、あるいはもう少し具体的に言えば、それをまかなうだけの財源が一体どうであるか、こういうもので制約を受けるのもやむを得ない。従いましてそれらのものは総合的に、最も国の力にふさわしいように総合的なものが打ち立てられるということで、すべてが国力の範囲内にとどまるようにするのが、私はとるべき政策だと思います。
この日本の食糧問題について今お話がありましたが、私はそういうお考えには同調はできないのであります。日本の食糧問題が今日のようになっているというのは、要するに戦争に負けて領土を失った、具体的に言えば朝鮮、台湾をなくしたということに具体性があるのであります。戦前におきましてはむしろ食糧は余り気分で、むしろ食糧品の値下りをいかに防止するかということが食糧政策、価格政策のむしろ中心をなしておったのであります。従いまして何もアメリカからどうとかこうとかいう問題ではない。日本の食糧の今日の状況は、全くそういう基本的な致命的な点があるのであります。従いまして今日海外から約平年において四億ドル、米の石数にこれを換算すると、おそらく二千万石から二千五
私は今主としてアメリカの余剰農産物あるいはかつてのMSA、こういう点についての関係を申したのでありますが、そうであるからと言って、日本の食糧増産政策をなおざりにしてはおらないのでありまして、今後できるだけ国土を、いわゆる国内資源を開発して国際の収支のバランスをよくする上からも食糧の輸入を減す必要もあるので、また日本の人口問題、いかにして人口を養うかという意味においても、国土の開発ということが最も必要であります。従いまして、食糧の増産にはあらゆる手を今日打っておるのであります。たとえば食糧増産費にしても、また近くはたとえば愛知用水あるいは北海道のあるいは東北においての広大なる地域にわたって集団的な開拓をやろうというのは皆それであります
この点を一つお考えを願いたいと思うのです。この食糧の増産ということと、もちろんこれはいろいろありましょう、土地改良もありましょうし、また肥料の問題もありますし、なお開墾もありましょう。しかしこれはそう一朝一夕に米がすぐに増産するように行くものではないのでありまして、今日年々日本の人口は百万人以上増加をしておる、この増加する百万人にあてがうだけの食糧を増産するのは容易なことではありません。ですからかりに増加する百万人を養うような食糧増産をしたとしても、今日不足しておる先ほど申し上げました四億ドルに及ぶ、二千万石、二千五百万石に及ぶ今日の欠乏はなかなか埋まって行かない、従いまして当分の日本の食糧事情は何といっても輸入に仰がなければならぬ
これは農業政策といいますか、あるいは山林……一体日本の農業をどうするかということで、これはまあ河野農林大臣が詳しくまたおってのときにお話しすると思うので、私はそこまで立ち入って言うのは分が過ぎると思いますが、私は山林を解放するかということをここでかれこれ申すことでもないと思います。しかし、十分検討はいたします。
農村経済が非常によくなったというわけではないのでありますけれども、これはやはりすべて私はこういう社会的関係というものは、ヒストリカルに、歴史的に見なくちゃいけない。日本の農村の今日は、ずっと昔の日本の農村が継続されて今日に及んでおるのでありまして、明治時代の、私たち子供の時代における農村と今日の農村と比較した場合に、非常に今日の農村がよくなっておることには間違いないのでありまして、まあごく最近をとりましても、都市の消費水準と農村の消費水準の回復の度合いを見ますと、今日では農村の方が高いのです。たとえば、農村を一〇〇とした場合に、ごく最近の数字でも、都市は九八の消費水準であるというような状態であるのでありますから、これはそう一挙に農村
今のお話で、もう農村のことについてのお話はないのでそれでいいと思いますが、私が今申し上げたいことは、そしてまた大蔵大臣として申し上げ得べきものと思いますことは、非常に私は誤まりと言いますか、偏見と言いますか、無理に日本の防衛というものをゆがめて御覧になることがないかと思うのです。それは防衛でありますから、そんなにこれが拡大される理由はないのですよ。私はそう思います。従いまして、やはり防衛というようなものは、一体どういう限界を持つべきかということが、この際この辺で財政的にも打ち出されていいじゃないか。そうして繰り返して申しますように、自衛なんですから、自分の国を守るという意味なんでありますから、その自分の国を守るということが、特に今日
農村を貧困ならしむるような防衛計画には大蔵大臣としては賛成ができません。
私それでは質問の要旨を十分把握しなかったと思いますが、どういうふうに具体的に申し上げればよろしゅうございましょうか。
どういうふうに……具体的に申せと言えば、私の可能な限りにおいて具体的にお答え申し上げます。
これは農村もむろん六カ年計画の最も大きな要素のうちになると思います。従いまして、六カ年計画と農村というものは別個のものではなくして、農村をよりよくすることが六カ年計画の中に織り込まれておるのであって、防衛ということも何もそれと相反するものではないと考えまして、すべてこれらのものが一つのハーモニー、調和を保って行くと、こう考えます。それを今後具体的に考えて行こうというのが今の状況であります。
余剰農産物の金、その他外資が来なかった場合において今日計画されておる大きな食糧増産の計画がどうなるか、資金的関係はどうかという御質問でありますが、これは実はこういう計画をやる場合、余剰農産物もありましたし、世銀の融資もある、こういうものを同時に持っておるが、本来からいうと私は国内の円資金の問題でありますから、国内の円資金として国内で調達すべき筋合いのものと私は考えておるわけであります。 問題はどうして調達するかということでありますが、今後の国内の円資金の使用方法でありますが、これは従来は非常に資本の蓄積も乏しかった関係もありまして、同時にこれを重点的にやらざるを得ない、重点的にやっております。今後は私はやはり重点的な資金の使い方