消費者価格を引き上げる考えは持っておりません。
消費者価格を引き上げる考えは持っておりません。
お答えします。私は先ほどこういうふうな価格になった場合のこういう赤については、どこから補てんするかといえば、それは食管の中からしなくてはなるまい、こういうふうな一つの設題として——価格自体が御仮定でありましたから、そういう設題として御返事申し上げたのであります。今そういうふうないろいろな問題がありますから、私自身は価格について慎重に考慮いたしておる。こういうのが今の私の段階であります。
お答えします。それはいよいよ価格がきまった上で考えなくてはならぬ問題だと思います。
本年が下っておるように考えております。
下っておるように私考えております。ここに数字がありますが、何でしたら、これを政府委員から読ましても……。
お答えします。予算米価をきめましたときは、当時パリティはまだはっきりいたしておりません。それで昨年の米価を基本価格にいたしまして、それに早場供出その他の奨励金、それから等級の格差、こういうものを加除いたしまして、そしてこの予算米価を作ったわけでございます。
その予算米価に対しましてその後のパリティを実際に当てはめ、特にこのパリティについて投下資本、物量、それから消費水準の上昇、こういうものを見てますと、予算米価は決して低過ぎるというものではないことが証明されております。
お答えします。先ほどからも申し上げましたように、消費水準の上界とか、あるいはまた投下物量、こういうものもやはり入れていかなければならぬと思います。
このパリティだけが一方が上っておる、一方は低い、それだけだとすればむろん私はそれだけ高くなければならぬと思うのでありますが、その他の要素が含まれておることを考えますと、必ずしも一方が高くなくてはならぬという理由にもならぬように思います。
先ほどからしばしば申し上げましたように、消費水準の上昇の関係、それから投下資材の物量、こういうものを考えなければならぬと思います。
お答えします。たびたび繰り返しますが、昨年と同じ方式でやれば、それはパリティ額が上れば上るということになると思います。しかしまだ米価はきまっておるわけではないのであります。
予算米価と決定さるべき米価と若干混同しておりました。決定される米価は今後どういう方式でやるかなお今検討を加えております。私が申し上げましたのは予算米価について申し上げたわけであります。
お答えします。私はしばしばお答えしますように、予算米価にとらわれずにというふうな言い方をしたこともありませんし、またそうあるべきものではないだろうと思います。特に今回の予約買い入れ制度、こういうような場合におきまして、前もって米価を決定する必要のあるような場合においては、特に予算米価というものは意義は大きいだろうと私自身は考えております。
私は、農林大臣のお考えについてかれこれそんたくするのじゃむろんありません。農林大臣も決して予算米価を無視するという意味でないことは言うまでもないと思います。ただ予算米価とあるいは違った米価——審議会では、こういうふうなことにとらわれない立場で考えてみてほしい、こういう意味ではなかろうかと私は想像いたします。
お答えします。パリティだけでなく、先ほど申しましたように米価の計算にはほかの要件も加わります。またこの米価自体が今後きまっていくわけでありますから、今予算をどうということは、私は考えていないのであります。
お答えします。先ほどから申しますように、米価がまだきまっていないのでありますから、きまった上で——予算にどうなるかは、どういうふうにきまるかによっても違うのでありますから……。
御好意は大へんありがたいんですが、やはり私は、米価がきまってからこれがどうというふうに考えるべきで、米価が何万円になるからどう、これに今答えはいたしかねます。
お答えします。結局これは閣議できめることであると考えております。
お答えします。決して米価の決定を怠っておるわけではないのであります。できるだけ早い機会にきめたいと一生懸命になっているのですが、先ほど申しましたように、何分にも今回の米価がどう定まるかということは、実に重大な意義を日本の財政経済の上にも、あるいは将来の米の集配等についても、特に今回は新しい制度も導入されているようであります。これはどういうふうな展開を約束されているか、いろいろと今回は考えてきめないと、禍根を将来に残すことが私は非常に多いと思うのです。そういう意味におきまして、私は今一生懸命になりまして、自分のあるべきところを皆さんと御相談を申し上げておるわけであります。
これはそういう点になると、私はいろいろな観点から考えなくちゃなりません。十円なるがゆえに、その影響が少いともいえない。これは一つの方針を示すことになるのでございます。むろん大きな金額であれば、一層それが具体的に大きな影響があるでありましょうが、これは私は考え方として、そう軽々に考えるべきことではないと考えております。