別段留保はしておらないと思つております。ただ大豆の生産なり收買の年度と、それから大豆協会の事業の年度との食い違いがありますので、その間にある程度金が公団に滞留するというようなことは、これは当然のことではなかろうかと思つて貼ります。しかし私もこまかに、いつどういうように公団に残つておつたかということは、実は詳しく記憶しておりません。
別段留保はしておらないと思つております。ただ大豆の生産なり收買の年度と、それから大豆協会の事業の年度との食い違いがありますので、その間にある程度金が公団に滞留するというようなことは、これは当然のことではなかろうかと思つて貼ります。しかし私もこまかに、いつどういうように公団に残つておつたかということは、実は詳しく記憶しておりません。
二十三年度はちよつと私はつきり記憶しておりませんが……。
価格差益金は、私が関係しておりました時分は、たしか五円何がしじやなかつたかと思つておりますが……。
覚えておりません。
今お話の点は、大豆協会の金の使い道についての問題でございますか。
大豆協会に相当程度の金が行きますからには、当然われわれとしても責任を感ずるわけでありまして、当時の食品局の下に油脂課がありまして、その油脂課で大豆協会のそういう事業、あるいは経理面の監督もする建前になつておりますけれども、私としまして、今的確に大豆協会の内部におつて金がどういうふうに使われたかということにつきましては、実は承知しておりません。
はい。
それはもちろんわれわれは監督する責任があるのであります。
今申しますように、全部そういう協会、団体の内部につきましての経理監査について、実はこまかな数字は、私どもとしましてはやつておらないのでありまして、その点につきましては、私は的確にお答えできないと思います。
われわれの與えられた人員の範囲内におきましては、できるだけのことはいたしたつもりでございます。
その点につきましては、もちろんわれわれとしましては、大豆協会の責任者を当然信頼をいたしておるわけでありまして、われわれとしましては、大体におきまして、その大豆協会の金は当時におきましては、われわれが考えておつた方針に沿つて使われておるものだと思つておつたわけであります。
実際問題としまして、そういう協会のこまかな経理につきまして、始終監査をするだけの人員は、われわれの方は持つておりませんでした。
われわれとしましては、経理の面につきましては、そうこまかな経理監査は、当時におきましても、やる余裕は実は持つておりませんでした。
その責任のもちろん持ち方ですけれども、われわれとしましては、大豆協会の責任者をもちろんある程度信頼をして進んでおりましたし、われわれなり公団なりが、当然自分の陣容の範囲内におきましては、できるだけのことはしておつたつもりであります。
ですからわれわれとしては、経理監査をするだけの人員は持つでおらなかつたと先ほど申し上げた通りでありまして、経理監査を一々するのが監督のあれじやないと思いますけれども、われわれとしましては、十分なそういう面についての監査の人なり、予算についての余裕がなかつたということなのであります。
その点につきましては、局長としましても、私の手元へいつも書類がそのときどきに来るとも限つておりませんので、私としましては実は的確に知つておらないのでありますが、係の方としましては、そういう通牒文を出しているとすれば、おそらく月々の報告は受取つていることだろうと思つております。
油糧産業の所在は知つておりました。
大体油糧産業は、帝国油糧の職員で公団に入らなかつた者がその組織の中心と申しますか、大部分をなしておつた。従つてその株主もそういうメンバーであつたと承知いたしております。
そうです。
もちろん別個の会社であります。