委員も御承知だと思いますが、OECDの勧告につきましては法的拘束力は持っておりませんけれども、ともかくみんなが全部合意をいたしたことでございますから、これを尊重し、そしてこれを忠実に遂行していくという責任は私は感ずるわけであります。それで、いまの勧告の線、宣言の線につきましては、大体わが国がとっておる方針と方向は決してたがうものではございませんので、この宣言、勧告の線に沿いまして環境行政を一層充実、発展させていきたい、私はこういう考え方でございます。
委員も御承知だと思いますが、OECDの勧告につきましては法的拘束力は持っておりませんけれども、ともかくみんなが全部合意をいたしたことでございますから、これを尊重し、そしてこれを忠実に遂行していくという責任は私は感ずるわけであります。それで、いまの勧告の線、宣言の線につきましては、大体わが国がとっておる方針と方向は決してたがうものではございませんので、この宣言、勧告の線に沿いまして環境行政を一層充実、発展させていきたい、私はこういう考え方でございます。
いま御指摘のような宣言、勧告でございます。ただ、環境影響評価のことの重要性につきましては議論は全然ございません。 それから、これをどういうふうな、要するに法制度でいくのかあるいは他の制度でいくのか行政の積み上げでいくのかということは、論議は交わされませんでした。と思いますのは、とにかく環境アセスの重要性ということは国内的にも国際的にもコンセンサスはできておる、私はそう思っておるのです。ただ、それを法制度でいくのか、法制度の場合にどういう形態の法制度でいくのか、あるいはこれが他の制度でできるのか、行政の積み上げでいくのかということは参加国において非常にニュアンスが変わっております。ですから、これを論じて、いまどれがこうあるべきかと
私は七日、八日とあるその前日に、副議長でもありますし、この大会をどう運営するのか、議長と御相談する必要もあると思いましたから、アメリカの環境大臣のコスル氏に、いまからお邪魔していろいろお話ししたい、こう言ったところか、自分の方から行くと言いまして、スタッフを三名連れて私のホテルへ見えました。そのときにはあるいは原子力事故の問題だとか化学品の問題とかそういうようないろいろな問題、あるいはどういうふうに大体運営していくかというふうなことについてそのときは話がありました。それは私と議長と向こうはスタッフが三名いる。こっちもその席には私に随行した幹部の者も同席をいたしておりました。そのときには環境アセスの問題の法制化についてどうだこうだとい
閣議で、いまこうこうこういう内容でというような具体案を出して御相談したことはございません。 ただ、あれは四月二十七日かと思いますが、その前の二十五日に与党の方の環境部会で御意見が発表されまして、そしてどうしても物理的に今国会ではこの法案は、それまでに意見調整が時期的に間に合わぬということを踏んまえまして、こちらもOECDに出発をする日も迫ってきておりますので、二十七日の閣議で発言をいたしました。要するに、この法案については物理的に今国会は見送らざるを得ない、しかし、中公審の方から答申が出ておりますから、それを鋭意検討してこれに取っ組んでいくつもりでございます、こういう発言を私はいたしておるわけです。 その後、環境庁としまして
委員も御承知だと思いますが、すでに国のレベルでやる公共事業につきましてはアセスをやる閣議了解ができておるわけですね。基準はできておるわけです。 それで、地方団体についてはどうかということです。これは条例のことなんですね。条例を出されるということは、適正、適法で条例ということになり、地方議会の議決を経ていかれることであるから、これはとにかく尊重していくべきであろう、そして地方には地方でなければわからないまた特殊性もあるだろうから、これは尊重していくという姿勢をとる、しかしながら、日本全体を規制するというような場合においては、地方としましてもそれは考慮に入れていただかなければならぬ。ですから、条例をやられる場合においては、国全体の方
実は、地方としましては統一的な方針を出してほしい、そういう意味で法制化というものを望まれておるというのがこの前のNHKや何かの世論調査の中で出ておるわけです。ですから、私どもの方はこの法制化を進めようとしておるわけです。それだけじゃございませんよ、いろいろな考えもありますけれども、法制化を進めようとしておるわけです。ところがこれが調整がまだつかないというわけです。それかといって地方の方々の、自治団体のお心持ちもわかりますので、環境庁としてはこういうことを考えておるのだという意味で技術指針を発表したわけです。いままでは御相談が来たたびにこちらからそれに基づきまして御相談しておったのですが、要は正式に発表してしまった。それから法案の内容
これは午前中に、詳細に経過を述べろというわけですからお述べしました。と申しますのは、いま、委員も御承知のとおりでございますが、議院内閣制であり、自民党は与党なんですね。それで、政府提案といいましても、与党の政審、総務会を通って、それから閣議決定になっていかなければ法案は正式に出せないわけです。ところが、昨年の五月十八日の与党の政調の御意見は、環境アセスメント制度を確立することは既定の方針であるけれども、現在の段階としては法制度化は時期尚早であるという結論を出されておるわけです。私が環境庁長官に就任しましたのは昨年の十二月でございます。けれども、環境庁としてもまた日本の環境行政としても、法制化する、要するに、いまの段階としては、環境の
公害健康被害補償法の地域指定の解除の件につきまして、実は私、パリから来る飛行機の中で新聞を拝見しまして、これはまたどういう記事かいな、こう思っておりました。というのは、そういうふうに環境庁が指定解除の件について中公審に諮問するとか、時期がどうのとか、そんなことは全然討議されたことはないです。それですから、どうしてこんなふうにと思っておりました。飛行場から役所へ着いたらすぐ本田保健部長からこれに対する経過の説明がございました。多少舌足らずのところがあったのかどうか知りませんが、決してそれを特に取り出して、そしてそれを諮問するとかどうとか、そんなような趣旨ではなかったんだということだった。そうだろう、そんなことは別段話になったわけじゃご
私のところへは来ておりません。ただ、私が言った陳情は、静岡県の富士市か何かの方々が見えたのです。あそこに製紙のあれがたくさんあるでしょう。あの地域の市長さん方が見えたというのが直に会った記憶なんです。それから署名や何かではいろいろ来ておるかと思いますが、経団連からじかに私のところへということはございません。
午前中にも御答弁を申し上げたわけですが、人類共有の財産である貴重な野生動植物を保護すべきであるという認識は、そのとおりであると思います。私もそういうふうに思っております。そういう意味で、この保護のための国際協力を推進するという意味においてワシントン条約が早期に批准されるということは、環境庁としましてもぜひ早期に批准してもらいたい、こう思っております。また特に私も、委員もそうでございましょうが、外国など、また外人から受ける印象からしましても、こういう野生動植物あるいは自然環境の保護について日本が非常に関心を持っておるということは、非常にいいイメージを諸外国に与えると思うんです。そうでないと、何か経済だけしか日本国民なり日本は考えていな
私は昭和四十三年に水俣地区を視察したことがございます。その当時、いまの外務大臣の園田さんが厚生大臣だったものですから、一緒に行きました。そのとき実情をよく見させていただきました。それから水俣病の政府見解が発表されたと思っております。
大臣になってからまだお伺いしておりません。
公害の原点というのは、日本でももちろん公害の原点としましては水俣病だと思います。また世界的にも、今度環境閣僚会議のときにも議長から水俣病のことは触れました。そういうふうに世界的にも関心があるということなんです。ですから、いま国会開会中でございまして、なかなかいろいろな問題がありますけれども、折を見てもう一度お邪魔したいと思います。 それから、いろいろと映画なりニュースなり、最近ずっと放映されておりますが、そういうものもよく拝見させていただいております。しっかり対策を講じていきたいと思っております。
具体的な事実その他につきましては、いろいろまた担当局長から御説明を申し上げますが、水俣病につきましては非常に深い、それから広い広がりを持っておるということ、それからずっと経過を見ましても、どうしても行政が後追いになっておるということですね。そういうことは真摯に受けとめて、一歩でもこの対策を進めていかなければならぬという基本的な考え方を持っておりまして、これはたびたび私、委員の先生方からの御質問に対して答えておるわけです。 それで、この前民事判決が出ました。判決が出た即日、予算委員会なんかでもいろいろ御質疑がございました。私まだ判決を見ていないけれども、いろいろ関心を持っておりますから、その判決をよく検討してこれを真摯に受けていき
そんなことはどこも言ったことはございません。それは原告団の方々が見えまして私が会った。そのときはそんなことは全然言ってないです。言っていないのを地元で何かそういうふうなことをやっている。私は、もし会ったらそういうことは一言申し上げたいです。とにかくあのときはほかの人らもみんなおりましたよ。おって、私はそのことを明白に言っておるわけです。判決を見なくて、もろに受けているとか受けていないとか、そんなことは言えるはずはないです。判決が出て、そのときは原告団も私に会うときには判決の原本がまだなかったはずです。そして午後に会ったときに何か飛行機でおとりになったということです。そういう際に私が、判決が判断条件にもろにいっておるかどうとか、そんな
詳しいことは後から担当の部長からもお話があると思いますが、私も長官に就任した後、この論議の過去のいきさつなどをずっと拝読させていただきました。公環特でもいろいろ問題になっていますね。たとえば「水俣病認定に係る業務の推進について」というのでさきに保健部長から五十二年七月一日付で出ております。そのときには参考としてやれ、こういうことですね。ところが、五十三年七月三日の環境事務次官通知、この参考という字が抜けております、書いてない。けれども、全趣旨から言ってこれは環境基準ではない、条件なんですね。しかも、いま御指摘になったような論議が過去においてもずっといろいろあったようです。私どもの前長官の時分、前々長官のときにもあったかもわかりません
これは、この前判決があった直後、結果だけがあって判決文はまだ届いてないときに、原告団が見えまして、私ども長い間いろいろ御陳情を受けたり、私も意見を吐いた。そのときこういうことを一点申し上げたのですよ。まだ判決見ていないのでわかりませんが、要するに判断条件に触れておるのか触れていないのか、まだ見ていないが、あるいはひょっとすると運営問題やなんかのことに示唆を与えておるのじゃないかと思うのだ、これは私運営ということをはっきり言ったのですよ。私はそう言ったのです。それは、もし判断条件がとにかくそのまま批判されずにいっておる、そうすると、結果がそういうふうに異なって出てくることは間違いない。そうすると、ここで考えられるのは、その棄却したとき
丸谷委員、いろいろと御質疑がございましたが、いまの御質問に対しまして自然保護局長が御答弁しておりますが、このときは昨年の八月ごろのことでございまして、私もこれは注意深く就任後検討いたしました。またいろいろと御要望もありますので、一体どのくらいの利用度を持っているんだろうかということで、その調査を私、させました。そうすると、非常に利用されております。 で、この最近の利用度を見ますというと、五十四年五月十二日、土曜日でございますが、男女総計で二千三百六十一人。男が二千百八十、女が百八十一。その翌日の五月十三日の日曜日は総計千八十六人。男が九百七十、女が百十六。五月二十一日は総計千六百十七人。男が千四百六十九、女が百四十八と、こういう
ええ、簡略にです。
いやいや、必要度のことで御質問をされておると思いましたから、こちらの姿勢を申し上げておる意味で申し上げております。 で、なるほどいろんなこれの御陳情というのもある。利用度、そう思いまして、それで保護局長によく検討する方がいいんじゃないかということを申したのです。ところが、その結果をいま局長が申し上げておるわけです。コンセンサスという問題につきまして、これは前の大臣がそういうふうにおっしゃっておるようですね、これを答弁。ですから私が就任後これをずっと検討しておる経過をいま申し上げておるわけです。 それはコンセンサス、非常にむずかしい問題、どういう点で考えられておるかということを私は部内でも聞いておるわけです。そうするというと、