先般の青函トンネルの異常出水について、篠原日本鉄道建設公団総裁に説明を求めます。篠原総裁。
先般の青函トンネルの異常出水について、篠原日本鉄道建設公団総裁に説明を求めます。篠原総裁。
運輸大臣の所信につきましては、すでに前回の委員会において聴取いたしておりますので、これより運輸事情等に関する調査の質疑を行います。
午前中の質疑はこの程度とし、午後一時十五分まで休憩いたします。 午後零時十四分休憩 —————・————— 午後一時三十分開会
ただいまから運輸委員会を再開いたします。 運輸事情等に関する調査を議題とし、質疑を続行いたします。
本日の質疑はこの程度にとどめます。 —————————————
この際、派遣委員の報告に関する件についてお諮りいたします。 当委員会といたしましては、本年一月、運輸事情等に関する実情調査のため、四国地方及び九州地方にそれぞれ委員を派遣し、実情を調査してまいりましたが、その口頭報告を省略し、便宜、これを本日の会議録に掲載いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議ないと認め、さよう取り計らいます。 本日はこれにて散会いたします。 午後六時二十分散会 —————・—————
ただいまから運輸委員会を開会いたします。 一言ごあいさつを申し上げます。 私、去る一月二十三日の本会議におきまして、皆様方の御推挽によりまして運輸委員長に選任されました。まことに光栄に存じております。早速ごあいさつを申し上げるべきところでございましたが、本日までその機会を得ませんで大変遷延いたしましたことを、何とぞ御了承お願いいたしたいと思います。 本委員会の運営につきましては、委員各位の御協力のもと、円滑公正に行ってまいりたいと存じておりますので、よろしく御指導、御支援を賜りますようお願いを申し上げます。よろしくお願いいたします。(拍手) —————————————
佐藤守良運輸政務次官から発言を求められております。佐藤運輸政務次官。
委員の異動について御報告いたします。 昨年十二月二十七日、江藤智君が委員を辞任され、その補欠として青井政美君が委員に選任され、また、一月二十二日、前川旦君、戸田菊雄君及び岩間正男君が委員を辞任され、その補欠として目黒今朝次郎君、加瀬完君及び内藤功君がそれぞれ委員に選任され、また、一月二十三日、山崎竜男君、平井卓志君、青井政美君及び黒住忠行君が委員を辞任され、その補欠として細川護煕君、徳永正利君、江藤智君及び福井勇君がそれぞれ委員に選任され、また、二月十三日、細川護煕君が委員を辞任され、その補欠として松岡克由君が委員に選任されました。 —————————————
この際、理事の補欠選任を行います。 黒住君、平井君及び前川君の委員異動に伴い、理事三名が欠員となっております。 理事の補欠選任につきましては、先例により、その指名を委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議ないと認めます。 それでは、理事に徳永正利君、石破二朗君及び杉山善太郎君をそれぞれ指名いたします。 —————————————
運輸事情等に関する調査を議題といたします。 まず、運輸行政の基本施策に関し、運輸大臣から所信を聴取いたします。木村運輸大臣。
次に、昭和五十一年度運輸省及び日本国有鉄道の予算に関し、説明を聴取いたします。佐藤運輸政務次官。
それでは、本日はこれにて散会いたします。 午後一時三十四分散会 —————・—————
私も何点かお尋ねをしてみたいと思います。 最初の問題は、地方財政がこういうように逼迫をしてきておるということはあえて私が申し上げるまでもないわけですが、いままでしばしば、ここまではひどくないけれども、地方財源が逼迫して苦しいというようなことが何回かあったわけですね。これを振り返ってみますと、昭和三十年代はたびたび地方交付税の税率の変更、これをやりながら対処してきた、こういう感じがするわけです。そこで、私が聞きたいことは、昭和四十年代に入って税収の減少によって地方財政が苦しくなった、そういう場合に、四十年代においてはどういうような対処、措置をしてきたのか、その点からひとつお聞かせを願いたい。
そうしますと、昭和四十年代は国、地方においていわゆる貸し借りあるいは特例で措置をするというようなことでやってきたんだ、と言いますと、その点を考えただけでも、三十年代と四十年代における対処の仕方というものははっきりと差があるということですね。 そこで、三十年代にはそのように交付税率の引き上げによって対処してきた。それが四十年代にはいまおっしゃったようなこと。どうしてそういうようなことになってきたのか。また、特に三十年代に地方交付税を改正しながらその率を上げてきた、そうして対処してきた、それには特に何か理由があるのかどうか、その点をひとつ聞かしていただきたい。
お話はよくわかりますけれども、いまのお話の中で、三十年代は非常に地方の基盤が弱かった、こういうことですね。こういったことが主たる原因という感じがいたしますね、いまのお話からすると。その後、四十年代に入って経済が大きく成長した。これはもう言うならば、極端な言い方をすれば、ほっておいてもそのことによって財源は何とか賄えた、こういう感じです。そこで、いまこうやって急激に低成長期に入って、いままでのような夢を見るわけにはいかない。そうなると、これからの地方財政、行財政というものはどういう方向に行くべきなんだろうかということを真剣に考えなきゃならない、そういうときに来ていると思う。そういう時期を迎えて、三十年代に基盤が弱かったといういまのお話
いま昭和四十年代の対処の仕方についてお尋ねしたわけですけれども、四十六年の補正のときに、いわゆる地方税の減収分に対する措置として、金額は申し上げませんけれども、政府が引き受けた、何といいますかね、政府資金の割合ですね、これは四〇%、公共事業に対しては八〇%。今回も同じなわけですね。まあ、あのときの四十六年と現在の状況というものは大分違うことはおわかりのとおりです。そこで、四十六年と今回とを比べたときに、今回の方が非常に厳しいということだけはわかる。そういう中で同じような内容でこれを措置しているという、これは少し前進がなさ過ぎるのではないか。と同時に、特に、四十六年も政府資金は四〇%、公共事業については八〇%、今回も同じである、そこに
これは先ほどとちょっとダブるような形になるかもしれませんが、従来、先ほど申し上げたようにしばしばこういうような、ここまではひどくないけれども、たびたびこういうような状態に地方は見舞われた。そのときには御承知のように、いわゆる経済の高度成長という、そういうものが必ず後に控えておったということですな。ところが、現時点ではそういったことはまず見込めないということですね。ですから、そういう問題を踏まえて、やはり考え方として、国はもちろんですけれども、地方財政のあり方に対していままでと同じような考え方で臨む、対処するというわけにはいかぬ時代が来ておる、こう考えるわけですけれども、ひとつその辺のところを今度は大臣の方から一言、その点についてお答