独自のといったって、独自のことはここで説明しないのだから議論のしょうがないよ。入れちゃいけない資料なのですよ。そうでしょう。客観的にやらなければいけないIAEAの中立性からいったら、一国の、しかも核を持っている国の軍事衛星の写真がその中の判断材料になるということが公正を害するのは当たり前じゃないですか。長い話をしないでちゃんと答えてください。
独自のといったって、独自のことはここで説明しないのだから議論のしょうがないよ。入れちゃいけない資料なのですよ。そうでしょう。客観的にやらなければいけないIAEAの中立性からいったら、一国の、しかも核を持っている国の軍事衛星の写真がその中の判断材料になるということが公正を害するのは当たり前じゃないですか。長い話をしないでちゃんと答えてください。
いや、そんなことは聞いてない。その軍事衛星の写真を判断材料の一つに入れるということはIAEAとしての中立性を害するじゃないかと言っているのです。それを答えなければだめだ。ほかのことを言ってもしょうがない。
時間のむだを省きますよ。まだはっきりしないような状況の中で、私は日本の態度が誤解されることを憂える。この状態の中で日本側の基本姿勢というものが問われていると私は思います。 例えば、三月四日に外務省幹部の発言として、朝鮮民主主義人民共和国が二月二十五日までに特別査察を受け入れなければ国連安保理に提訴するというのが日本政府の基本姿勢であるとか、提訴される場合、有効な措置がとられなければならないというような発言をしたり、三月十日に外務省が、朝鮮民主主義人民共和国は二、三個の核兵器の製造が可能であるという試算を発表しているとか、あるいは脱退以後は通産省が朝鮮民主主義人民共和国に対する機械、化学関連製品などの輸出を全面的に規制する方針であ
いや、私がお伺いしたいのは、なるべく円満に解決をしなければならない、その努力の大事な時間に来ていますから、この段階で、私自身はその軍事衛星や何かを使って、それが材料の一つになっていることは公正を害すると思っておるが、そうだと言いたくないのだろうからそれ以上は追及できないとしても、条約上は当然な権利行使なのだし、これを悪玉扱いすることもいけない。しかも、その段階で経済制裁というようなことをちらつかせるということはやはりいけないのではないか。もっと円満な話し合いを進める姿勢を日本はとるべきではないかということを問うているわけです。
そこのところがぎりぎりの接点ですね、大臣と私どもとの。どっち側に立とうと言っているのじゃないのです。不幸な事態にさせないためにということで努力してもらいたいと言っているわけで、そういうことで言いますと、きょうも報道されていますけれども、朝鮮民主主義人民共和国の許鐘国連大使がインタビューに応じて、できるだけ話し合いを進めて解決したいということを言っているわけです。これは、どうもアメリカと朝鮮民主主義人民共和国との間にかな り高いレベルの直接交渉も進んでいるかのように聞いています。結構だと思います。絶対にそういうことはしないよと言ったアメリカが、今実は、つまり軍事衛星をもってそれをやっているアメリカがピョンヤンと話を進めようとしている
いや、大臣に、そのさまざまな各論はあるだろうが、ぜひこの問題を円満に解決したい、その立場からいえば、日本が共同提案国になって賛成をしてきたけれども、その中心であったアメリカですら今話し合いに入っているわけですから、日本も例えば経済制裁などというようなことをちらつかせるなんという姿勢でなくて、さっきのお話のように、ぜひ円満な話し合いに一歩進んで入るという姿勢を明らかにされることがアジアの緊張を加速させない、緩和させていく具体的な外交努力だというふうに思いますので、基本的にその辺の御見解を承りたい。
くどいのですが、アジアは大事ですから、いま一歩の努力をするということを答えてください。
頑張ってください。 最後に、PKO問題について伺っておきます。 もうこれはいろいろな議論が高まっておりますように、五原則が崩れたんじゃないか、パリ協定は既に空洞化したんじゃないか、いろいろな問題の議論はあります。私は裏返して聞くのですが、ここでさらに事態が悪化した場合に、日本はそのときは自衛隊を撤退するんだということを前々から言っておられた。こういう事態が進んでいって、なお自衛隊は撤退することができる可能性、条件は残っていますか。どうあっても、帰ろうと思っても帰れないという状況になっちゃうというところには踏み込んでいませんか。大丈夫、帰れるという条件、保証、可能は今でもあり得ますか。
私の質問は、仮に帰らなければならない、例えば大変な交戦状態になるとかになれば帰るわけですね。そのときに帰り得るか。追加要請がどんどん出てきたり、閣議決定もどんどん、例えば給水であるとかざんごうであるとかいうところへもいっている。あるいは自衛のための応戦ということにもなり得るだろうという状態がさらにエスカレートしたときに、帰ろうと思っても帰れない状況になってしまうのではないか。そのときに、国会でも約束された、もし紛争状態になれば帰るんだよといったことが今後とも可能であるかということを聞いているんです。
この追加要請ですね、輸送、水、燃料の補給、浄水その他のいろいろなことが出てきている状況で、今の状態をどう理解しているかということを私は聞いているんではないのです。私は、もう既に五原則が崩れていると思うし、パリ協定の枠内ではない。しかも、選挙というけれどもプノンペン政権と一緒になってやっている、あるいは投票所の数も減らすなんというものが一体選挙になるのか、民意を本当に反映できるのかという点では大いに議論があるし、もはや違うと思っていますが、それは恐らく政府の見解と違うでしょうから水かけ論はしません。 しかし、政府が今まで国会に約束されてきたのは、どうしてもこれは枠を超える、紛争状態になったときは帰すんだよということが絶対の条件の一
水かけ論を避けますが、同じ世代で気にすることは、中田さんという方が非常に純心、純粋な立場で、ボランティアとして民主主義のメソッドである選挙のために奮迅をされた。本当にそれ自体にはもう私どもはほかの言葉はないのです。しかし、既に命を失わなきゃならないような状況になっているではないか、非常に危険な状態で、選挙を円満に行う状況にはなかったということを裏書きしているのだとすれば、私は例えば、世代の意識としても、どんなに崇高な努力であったということを認めるとしつつ、この死は悲しい。国策によって青年の死を美化してしまうようなことがあってはならない。それは大臣、そう思いますね。そういう面では、情勢の判断というのはしっかりしなきゃならないという点で
いや、国策というものによって純粋な人々の努力やあるいは最大の犠牲を美化するようなことにならないような判断がなければならぬということを私は申し上げているので、これは御同感のはずですから。例えばそのボランティアを、一番前線にいるボランティアを自衛隊は守れないわけですからね。撃ち合いはできないわけですから。そういう問題からいったら非常に深刻な事態に既に来ているということはもう強調いたしません。 それで、シアヌーク殿下が救国構想を出している。この救国構想というのは、やがてカンボジア人の手で総選挙をやり直して新政権をつくろうと言っているんですよ。ということは、今の選挙というのは何のためにやっているのかという認識にはなりませんか、もはや。
まさに事態がどんどん悪化していく。プノンペン政権の部分平和に乗って総合平和の方針はもう放棄したというふうに言わなきゃならないと思うのですが、それはそれとして、国会を強行通過したPKO法の範囲でいつでも、これは大臣もすぱっと言われた発言を私はむしろここで買いたいのですけれども、国民は懸念を持っているわけです。大丈夫だろうかという懸念を持っている。そしてどんどん予測しがたいいろいろな問題が出てきて、業務も追加していくことになっていく。それは予測しがたい問題が出てくるのは当然あり得ましょうけれども、その予測しがたい追加というものがどうも軍事的要素の方向にされていくということになれば、この国会が論議した部分を超えることがあり得るのであって、
PKO法の議論は、国会の意思は、モザンビークの問題も含めていたとお考えになりますか。あれは私たちはカンボジアを集中的に議論をしたと思っていますが、当然その議論の範囲、国会の許容した範囲はモザンビークも含んでいるとお考えになるわけですか。
ここは私どもと根本的に意見が違うのでありますが、際限もなく地球のどこへでも行くことになってしまう危険は問題としなければならないと思いますが、その基本的な問題を離れても具体的に実施計画、実施要領というものがどんどん変わってくるわけですね。せめて、これは認めるのではありません、カンボジアの先例があるのですから、そのカンボジアの先例の経験の上に乗って、実施計画と実施要領を国会に明らかにされることの中で議論があるべきではないかと思います。いかがです。
二千名の枠だからというのとはちょっと次元が違いますよ。それは、カンボジアに行くのが二千名に足りなかったら残りの分はどこかへやってもいい、こんな勝手な言い方はないので、どこへ行くのかということは、例えば国会の議論は、カンボジアはアジアでありました。アフリカというところは意味が違ってきます。細かくは追及しませんが、先遣隊が行って帰ってきた報告によると、例えば特別機を派遣して撤収する方法がまだないというわけです。そういうところへやっていいのかという話だけだって違ってくるわけですから、二千名の範囲云々ということじゃないのであって、概念として、さっき外務大臣が言われたように、PKOの理解の範囲はそこまで含んでいるのだと言われるなら、それはそれ
長い時間にわたって議論いたしました。不十分ではありますけれども、新しい世界、新しい時代の入り口に立っているわけでして、冷戦構造の崩壊というところから出発をしなければならない発想が求められる。新大臣、就任されて、多くの問題を後に残しますけれども、ぜひ日本のあり方を鮮明に打ち出していける平和のための外交政策ということに御努力をいただいて、例えばPKO問題あるいは核査察。問題等々について、仮にも日本が危険な側に立つことのないような、平和勢力としてのあり方を宣明できるような、私は九条を守っていきたいということをしっかり申し上げて、質問を終わります。
今回、私は、半世紀近い長い経過と私自身の国会論議の集大成として、NHKと国会の関係のあり方について根本的な原則をしっかり確立しておきたいと思います。 私は、次のように考えます。 「国会は、NHKの放送の自由を保障する。NHKも、国会を通じて国民に勇気と真実を保障する。」私はこう思いますが、まず会長、この考えについていかがですか。
郵政大臣はいかがですか。
委員長に資料の配付をお願いいたします。 委員の皆さん、ごらんください。 この資料は、過去四十二年間のNHK予算案の国会審議の詳細であります。国会の倉庫に二カ月入ってつくり上げたものです。四十二年間というのは、放送法ができたのが一九五〇年、昭和二十五年度で、NHK予算を国会が審議を始めたのが一九五一年度からであります。それまでは、社団法人として大臣認可制で、国会提出は必要がなかったのです。一九五一年はラジオ受信料五十円、予算五十五億円で、現在の百分の一、一九五三年からテレビ二百円、まさに今昔の感であります。一九五一年当時は電気通信委員会、次いで一九五五年度からこの逓信委員会となりました。 通覧してみますと、この四十二年間の