これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありません。よって、直ちに採決に入ります。 沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
これより討論に入るのでありますが、討論の申し出がありません。よって、直ちに採決に入ります。 沖縄振興開発金融公庫法の一部を改正する法律案について採決いたします。 本案に賛成の諸君の起立を求めます。 〔賛成者起立〕
起立総員。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。 お諮りいたします。 ただいま議決いたしました法律案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議なしと認めます。よって、そのとおり決しました。 ───────────── 〔報告書は附録に掲載〕 ─────────────
次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後三時五十二分散会
NHK経営責任とじっくり議論をしてみたいと思います。 まず、NHKと商業化。基本的な理念、原理としてこれはどのような関係であるべきか。私は、NHKと商業化というのは絶対に相入れない方向ではないか、こう思うのですが:::
NHK、つまり公共放送。公共放送という言葉のニュアンスは、営利的でない、金もうけしない、こういう言葉。長く薄謝協会などとも言われていました。しかし、今日NHKの商業化というのは避けて通れない課題になってしまっているとお考えですか。
民放連から、NHKの商業化黙視しがたいという発言が寄せられたと思います。いかがですか。
それはNHKの現状に対する批判ではない。あるべき姿へという指摘だけですか。
その現状については、会長はどのように認識しますか。
全くとは言えないというところが実は気がかりなのでありまして、その傾向が進むかもしれないというような懸念はありませんか。
言葉を整理しましょう。 商業化というのは、NHKにおいては金もうけを主にするなということ。文化の創造のために全力を尽くすことを中心に置かなければならない、こういうことでいかがです。
そこで第二に大きな問題は、NHKの巨大化ということなんです。商業化という問題ともう一つ巨大化ということが憂えられていると思います。一つにはテレビの四波、ラジオの二波、FMの一波、合わせて七波、巨大な波を持つ。そして値上げで三割ほど事業規模も広がっていく。こういう立場でいうと、その影響の大きさを含めてNHKのとめどもない巨大化ということが指摘をされるのではないかと思います。これはいかがですか。
今、適正規模という言葉がありました。適正規模を常に検討をしていくと言われる。郵政省なりNHKなりの検討のプロセスを見ますと、このままではどうも適正と言えないことになるのではないかという懸念がある。具体的にそのプロセスでいうと、最近大変注目されるのは、八八年十二月の郵政省の「放送の公共性に関する調査研究会」の中で「NHKのメディアについて検討を要する」こういう発言がありました。九〇年の二月に「NHK長期展望の提言」が行われる。そして九〇年三月にNHKの五カ年の「経営計画」が出ました。この中にこれまでにない言葉が出ているわけです。これは非常に抽象的な言葉なのでありますけれども、「事業範囲、メディアのあり方の検討」というところで云々された
そこで三番目に、私はもう少し具体的に話を進めたいと思います。番組制作に絞って問題を展開いたします。 NHKの商業化、巨大化と大きなテーマを述べましたけれども、それが非常に具体化されていく問題は、番組制作のありようの中にいろいろな変化が出てきていることです。端的に言うと、NHKが自主制作するものと委託ないしは購入するもの、後の二つを一緒にしますが、委託・購入をする、つまり外で制作するものと内で制作するもの、この外のものと内のものとの比率がかなり変わってきていると思います。この数字を申し上げると、八五年度は委託がありませんで、外国映画などの購入が三・三五%でありました。これがだんだんふえてまいりました。ざっと申し上げると、委託は八六
五年後には二〇%くらいとおっしゃったのだけれども、一九九〇年は一九・七%になるというのがNHKの試算なんですよ。五年後ではなくて、もう間もなく二〇%になるのです。どこまでいくのかということをNHKがお出しになった五年間の経営計画の中に書いてあるのを見ますと、これもまた非常にわかりにくい表現なんですけれども、「すぐれた外部のソフト制作能力との連携を強め、多様ですぐれた番組の確保を図る。その他の業務についても外部機能の活用を進める。」という表現と、「民間の優秀な人材・プロダクションの活用、多様ですぐれた海外番組の購入など、番組の外部制作や購入を拡大する。」という表現があります。この表現を翻訳いたしますと、つまりはこれからの五年間で、今言
私は全部一貫制作で、NHKの中だけでつくれという時代ではないとは思います。しかし、言論の自主性とか自由というのは放送全体について放送局が一貫責任を負い得るかどうかというところにあります。全部自社制作でなければいけないとは言わないけれども、その比率の増大には量的にも一定の見解というか認識が必要だと思うのです。BBCなんかはこれを二五%としています。NHKはその二五%を超えるか超えないかということで言うならば今一九%だ、そして五年間で三〇%だということになると、もちろんBBCが絶対ではありませんけれども、一つの例として考えることになれば今判断時点です。二五%を超えるか超えないかというのが非常に大事な制作の姿勢の判断だろうと私は思うのです
まさに編成権なり制作の自主性なりがどのように確保できるか。それは、抽象的に言えば文化の創造とか報道の自由とかということになるだろうと思うのですが、例えばこういうふうに外注の数字がふえていくことの背景を考えますと、さっき御指摘の例えばエデュケーショナルというふうな会社ができた。NHKと大変密接な関係にある、人的交流もある、資本関係もあるけれども、明らかにこれは外部の会社であって、NHKの統括の中にどうあるといっても編成権そのものはない、そこにはそこの編成権もあり、そこの制作態度といいましょうか、そういうようなものができていってそこでつくられるものと、NHKの中でつくられるものとやはりそれは違うわけです。そういうものがふえていくのは、具
では具体的に伺いますけれども、例えば今のエデュケーショナルでつくっている番組というのが実は大変人口に膾炙している有名番組でありまして、例えば「日曜美術館」、「きょうの健康」、こういう大変人々に見られていて評価もされている番組をNHKの中でつくらないで外部の会社につくらせる方がどこがいいのですか。
一元的には理解しがたいのです。そうしますと、NHKでつくるよりもそういう外部会社でつくらせた方がいいものができるという言い方になってきます。NHKの中にいる優秀な人材をどんどん外部会社へ出して、そしてそこで番組をつくらせるという傾向にならないか。ひところアメリカに向かって言われた頭脳流出みたいな、局外才能流出みたいな傾向ということになることはありませんか、そう言われている部分もあることを懸念するのです。
踏み込みますけれども、会社が別になっている、いかに人的交流、資本的交流があったとしても、会社が別になってつくらせるんだということになれば、そこにも自主的な制作態度、方針がなければなりませんね。そこに十分な編成権があるんだというつながりというのは具体的にはどういうことですか。