外交団リストに載っておる以外のスタッフにつきましては実はわからないのでございまして、日本人も現地雇いで働いておるでしょうし、また商売で来たアメリカ人も現地雇いでおるでしょうし、運転手もありますし、実際いるのは四十一人ではないと思いますけれども、これは特権を要求いたしませんし、日本側に通告しておりませんから、その実態把握は困難でございます。
外交団リストに載っておる以外のスタッフにつきましては実はわからないのでございまして、日本人も現地雇いで働いておるでしょうし、また商売で来たアメリカ人も現地雇いでおるでしょうし、運転手もありますし、実際いるのは四十一人ではないと思いますけれども、これは特権を要求いたしませんし、日本側に通告しておりませんから、その実態把握は困難でございます。
この四十一人と申しました中には、もちろん陸海空軍武官及びマーグの高級の八人でございますか、そういうものは全部入った数でございます。
行政協定に基きまして駐留しております軍人、これは全然これとは別ものでございますので、この中には入ってないわけであります。また駐留軍に要員として入った者は、大使館の仕事をするということはできない建前に相なっております。もちろん連絡はあるでございましょうけれども、大使館の仕事はできないことになっております。
その点は割合に画然としておりまして、同じアメリカの軍人でありながら、アメリカの武官と市ケ谷におるGHQのスタッフ、これとはちょっとわれわれから見ておかしいぐらいに他人行儀でありまして、その間の分け目は截然としておるようでございます。
すでに日本政府が入国を認めましたソ連人を、ソ連の大使館が自分のところで雇用するという場合に、これは日本側としては制限するわけにいかないわけであります。
チフヴィンスキ氏以下の狸穴のスタッフは、漁業に関する公約の資格を認められておりますが、ハンガリジャン等の別のスタッフは、これはいまだ何らの公的資格を認めておりません。
ソ連は御承知のように国営貿易でございますので、ただいまおります者も実はソ連の公務員なわけでありますが、しかし仕事は日本の商社と取引しておりますので、それで公的資格を認めなかったわけでありますが、外交再開後彼らがどういうステータスになるのかチフヴィンスキーに聞いたのでありますが、チフヴィンスキーも大使館員になるかどうかわからぬと言っておりますし、これは未定ですが、かりに今後大使館の商務官式のものになるといたしますれば、これはやはり外交官としての特権を付与することに相なると思います。またその商務官等が日本国内に活動する場合にむろん工場施設、関係商社との往復のために旅行することはこれは当然なし得ることでありますけれども、国内の各所において
ソ連の商工業関係の支店というものが設置されることはあまりないように聞いておりますが、しかし日本に造船の発注をする場合に、日本の造船所のあるところにやはり常におらなくちゃなりませんから、オフィスみたいなものを借りて、その必要な期間にそこで仕事をするということはこれは認めて差しつかえないことだと思います。
外国人が日本で学校を経営し、あるいは病院を設置するということにつきましては、それぞれ文部省、厚生省等の所管におきまして許可基準がございますので、その許可基準に照らしまして妥当と認めた場合には許可になり得ることだと思います。
この許可基準は国内法でありまして、国内法はどこの国を相手としてという差別待遇を規定いたしておりません。
仰せの通りに、引き渡しという言葉は、国内法は別としまして、条約ではあまり使わない言葉でございますが、御承知のように、譲渡ということになりますと、向うのものをこちらがもらうという、英語で申しますと「シード」という意味が出て参りますので、「シード」というような意味を含まない字句をわが方としてはぜひ採用いたしたいと思っておったわけであります。そこで、ロシヤ語の「ペレダーチ」という言葉が、英語で「ハンド・オーバー」と申しますか、「トランスファー」と申しますか、所有権の観念が入ってこない、単に物理的に物をこちらから向うへ移す、左から右へ移す、そういう意味しかないものでございまするから、わが方の立場から見ましても、まことに都合のいい字でございま
ものはお考えようでございますけれども、返還といいますと、一たん向うのものになったものをまた返してもらうという観念になりますので、わが方は、申すまでもなく、終始一貫いたしまして、歯舞、色丹は日本の固有の領土であるという主張を、一度も下げたことがないのでございます。返還ということも、実は日本の主張の建前からみましておかしいと、そういう意味で返還を避けたわけでございます。
それは仰せの通り、まさに譲歩の産物でございます。向うとしては、実は譲渡するという言葉を使いたかったろうと思います。しかしながら、ちょうどわが方の主張も害せず、また先方の考え方も害しない、白紙な、物理的の移転という言葉に落ちついたところの譲歩の産物であることは仰せの通りでございます。
御指摘のココムとの関係につきましては、実は何も日本とソ連との間に問題が起るわけではございませんために、先方の外国と結んでおります条約を調べました結果、やはりカナダとソ連との間にココムの問題がありまして、それでカナダとソ連の間にちょうどこれと同じ表現でエスケープ・クローズを作っておりましたので、これを出しましたところ、先方の承諾を得たわけでございまして、問題はココムの関係であるということは、もう実は言わずして明らかな情勢におきまして、これを提案いたしまして受講を得た、その点は御心配は要らないと思います。
ソ側の許可証というものは、——法律的に見ますと、当然日本国民に対しては、日本政府の許可証だけで足りるわけであります。しかしながら日本政府の許可証だけで行きますことは、実際問題として危険でございますので、ソ側から大丈夫だという、太鼓判を押したものがなければならないわけであります。その太鼓判に相当するものがソ側の許可証でございまして、このいわゆるソ側の許可証というものは、法律的に見ますと、日本船がこれを持っておれば安全操業ができるという、向うの保障を与えるものだ、そういうようにみなしております。また法的に見まして、日本側は、日本漁船をそのまま臨検拿捕して留置するというようなことは、決して認めておらないわけであります。その点ははっきりいた
総漁獲量を決定いたしますことも、あるいは一船当りの漁獲しご決定いたしますことも、これは先方と相談いたしまして、事実上の合意できめたことでございます。そこで、日本政府としましては、農林省が日本漁船の出漁を統制する法律上の権限をすでに持っておられます。によって当局に委任されました権限の範囲内で、漁船の操業方法あるいは漁獲高をおきめになることは、これは法律上許されたことであります。その行政権の範囲内において向うと相談されてきめたことを、先方もそれに従って書くということでございまして、直接向うに対して日本漁民に対する規制権を認めたのではなくて、一度日本政府を通しまして、合意の内容を書いたわけでございますから、その点は差しつかえないと思います
御承知の通り、公海漁業に関しまする日本政府の基本的立場は三点でございます。つまり、科学的に見まして規制の必要がない以上は、規制する必要がない、必ず科学的根拠がある場合に規制するということ、第二は、いかなる規制も相手国との合意がなければ規制をしてはいかぬということ、第三は、その規制は当事国間に平等に適用されなければならない、この三つが日本政府の基本的立場であります。そこで、ただいまのお話は第二点、つまり合意がなくては規制してはいかぬという点に触れるわけでございます。そこでブルガーニン・ラインを閣僚会議幹部会で発表いたしまして、これに対して日本政府は、こういうことは不当であるといって抗議いたしたのであります。しかし、それだけでほうってお
秘密条約等は、日本政府の合意なくて、絶対に締結されないこととわれわれは承わっておりますが、かりに秘密の合意がどこかの国とできたと仮定いたしまして、その場合に、その合意を実施するについて、政府が現行法令の範囲内で持っております権限の範囲内なら、これは理論的には、できると申し上げなければなりません。先日問題になりましたココムの申し合せに基く規制でございます。これも別に文書による合意でもなんでもないので、事実上の打ち合せの場できまったことを各国の政府が実施するわけでございますが、これも輸出入統制等、現行法令の範囲内で、通産当局が持っておられるところの法律で実際に行われておる。そうでございまするから、その合意を実施するについて、新たに立法を
国際間に、実は日常無数の合意と申しますか、申し合せなり、アレンジメントができつつあるわけでございます。これは憲法上、外交の常務の処理として、内閣の権限にまかされておるわけでございます。そこで無数の合意ができましたうちで、立法を必要とする内容の合意というものは、これは当然憲法第七十三条に申します条約として国会の御承認を求めておるわけでございますが、日常無数の申し合せが外国と政府との間にできておりまするが、けれども、その大部分は立法を必要としない外交の常務の処理でございまして、これはわが憲法上の政府の行政権内にまかされた事項である、そういうふうに了解しております。
国際法委員会で作成いたしました公海漁業に関する法典案は、ただいま仰せの通り、国連の委員会にかかっております。この法典案の内容を検討いたしたのでございますが、しかし、仰せのように、日本の公海漁業に関する基本的な立場に反するものでも何でもございません。むしろ、日本が主張しておりました趣旨に非常によく合致しておる、かように考えておるわけでございます。