それなら何に対して国連憲章五十一条を発動したのですか。国連憲章第五十一条には外部からの武力攻撃に対してというように限定されてありますけれども、どういう侵略行為があったのですか。
それなら何に対して国連憲章五十一条を発動したのですか。国連憲章第五十一条には外部からの武力攻撃に対してというように限定されてありますけれども、どういう侵略行為があったのですか。
大平外相がそういう理解だとすると、あまりにもお粗末だと思うのです。アメリカが軍事介入をしてトンキン湾にいたから事件が起きたので、トンキン湾事件が起きたからアメリカの軍隊が派遣されたのじゃないのです。事態そのものがそういうことでしょう。介入してそこにいなければ事件は起きませんから。だから、いまのお話は二重に違っているのですけれども、アメリカの軍事介入が始まったずっと以前なんです。大体米軍援助司令部が設けられたのがトンキン湾事件の二年前ですから。 それから、トンキン湾事件そのものについても、確かに国会であなた方は、これはアメリカの自衛行動だ、やむを得ないものだと言いました。そのアメリカの軍艦が——機雷じゃなくて魚雷艇ですよ。いま機雷
大平さんは慎重に、評価をしないというように言いますけれども、いままでの日本政府の代表は決してその点慎重ではないので、たとえばトンキン湾事件が起きたときには、椎名外相は外務委員会で、アメリカ側がとった行為は自衛権の範囲内である、やむを得ないものであるというようにはっきりこれを支持する評価をしております。それから六五年の二月に北爆が始まったときにも、これについて、これは正当なものだということをやっぱり国会ではっきり答弁をしている。正当な自衛の措置であるというように評価をしている。あるいは六六年に爆撃をハノイ、ハイフォンに拡大したときにも、これは戦争を拡大するものではなくて紛争を終結させるための措置だということを国会で答弁している。つまり
自衛権の問題からいきますと、総理もそこに国連憲章をごらんのようですが、国連憲章第五十一条にはこういうように明確に書いてあるわけですね。ともかく武力攻撃が発生したときに、これに対して各国が固有の、個別的及び集団的自衛の権利を持つ、つまり武力攻撃に対して自衛の行動があるわけですね。どんな行動でも自衛という名前さえつければ何でもやっていいということじゃないわけです。ですから、あなた方が、アメリカの軍事介入が国連憲章に基づく自衛行動だというならば、どのような武力攻撃に対しての行動であったのか、そこを理解しないと理解したことにならぬわけですね。そこをどう理解されたのかいま理解されているのか、それを伺いたいと思うのです。
それはいつ行なわれたんですか。
だから私は言うんですよ。日本の外交をあずかっている外務大臣が、ベトナム戦争に関して子供でも知っていることを知らないというまま答弁されているのでは、私はかなわないと思うのです。アメリカの軍事介入が行なわれたのははるかに昔ですけれども、公然とアメリカが軍事司令部を設けたのは六二年なんですよ。六二年に介入し始めたことを六四年の行動で説明するというのでは、これは歴史家だって泣くと思うのです。後世の歴史家だって書きようがないですよ。一体、いつ北からの武力攻撃が行なわれてアメリカが大軍を派遣して軍事介入をやるようになったのか。すでに、ケネディが暗殺されてケネディ政権が終わるときに、アメリカは、万をもって数える軍隊を送り込んでいたんですから。その
では、六四年のトンキン湾事件で攻撃されたのは軍事顧問団なんですか。
このような状況では、もしそれで日本の政府がアメリカのベトナム戦争に対する態度を説明して理解しているんだとしたら、これはもう実に論外だと思うのですよ。総理は一体いかがお考えですか。何の武力攻撃に対する自衛行動だとお考えですか。
一つ伺いますが、じゃ、その武力攻撃というのはどこからどこに対してあったんですか。
田中さんの答弁は、アメリカ側の説明よりももっとだいぶ先へ進んでいますよ。アメリカが六二年に司令部を設けたときに、アメリカ以外の外国の軍隊が北に入っている、だからその武力攻撃だというような説明をした文章はただの一つもありませんよ。だから、あなた方はみんな何でもあとのことで前のことを説明しようとするから歴史がおかしくなるのですよ。 あなた方が言わないから私言いますけれども、あのときに北からの侵略の証拠だといってアメリカや南ベトナム側が出したのは、いまの解放戦線に連なる国内の運動なんですよ。これがもう北からの侵略の証拠なんだということを言って、これに対する自衛行動だということを言って、司令部の設置や軍隊の派遣を合法化しようとしたのです
報告は一方的にできるのですよ。だから、報告したからといって、その行動が認知されたことにならないのです。だから、報告したから国際連合が国連憲章に基づく行動として合法化したと、これはまた非常な理屈にならないことでありまして、私は、その点でもいまの国連憲章を云々する議論というのは成り立たない。いまの議論でもわかりますように、日本の政府がアメリカ側の行動を正当化する理由というのは非常に薄弱だ。 それからまた、問題をいえば、大体南からの要請といわれますけれども、ジュネーブ協定というものそのものが一九五四年、これは五四年なんです、トンキン湾事件じゃなくて。ジュネーブ協定が五四年に結ばれて、これで実はいまのようなベトナム問題解決の道が定められ
それから、これに関連する次の問題ですが、あなた方は、ベトナム戦争についてはコメントする立場にないということを盛んに言われますけれども、ところが日本の場合には、これはコメントしないと困る立場に置かれているのです。世界のほかのどこの国よりも日本は、このベトナム戦争に関連してアメリカがとる行動、それが正義のものであるのか、平和のものであるのか、これを判断しなければいけない立場に一番置かれている国なんです。なぜかといいますと、先ほどから外相や総理が言われますが、安保条約をアメリ功と結んでいる、基地を提供している、だから安保条約のワク内でアメリカは日本の基地を使うのだと言われますね。しかし、安保条約、われわれは反対ですけれども、あなた方が結ば
やはり質問したことに答えていただかないと困るのですよ。安保条約のもとで提供したと言われるが、日本を基地としてやったアメリカのベトナムでの軍事行動が、極東の平和を維持するに役立ってきたといまでも考えておられるかどうか、端的に伺いたいのです。
協定論を聞いているんじゃないのですよ。日本の政府がアメリカの北爆その他に基地を提供してきた。それがいまでも極東の平和のための行動であったと考えるかというのです。
和平というのは、アメリカがああやって軍事介入をやめさせたから成り立ったわけですね。それが今度の協定の中身なんですよ。その、いまあなたが言われたアメリカの軍事行動をどうやってやめさせるかというのが、和平の中身だったわけですね。その軍事行動が極東の平和のために役立っていたのかということを伺っているんですよ。それは役立っていたと考えられるわけですね。イエスかノーか、はっきり聞いておきたいのです。
この問題、もう一ぺんあとで、安保条約に関連して伺いましょう。 ベトナムの最後に一言伺いたいのは、田中総理がインドシナの和平会議について施政方針演説で述べられました。これは和平協定に述べられている国際会議とは別のことを考えているのですか。
アメリカがベトナムで侵略をやったことも認めない。アメリカが結局手を引かざるを得なくなって協定を結んだ現在でも、これは集団的自衛の行動であったといってそれを正当化する。それからまたそれに日本が基地を貸して——実際には日本の基地がなければベトナム戦争できなかったわけですから、その点では一番深い共同——悪いことばで言えば共犯の役割りをしているのに、それについても反省しない。それからまた、外交関係でも、全ベトナムを代表する政府としてサイゴン政権と関係を結んだのを、事態が狂ってきても根本から転回しようとしない。そういうような態度のままで日本が一体これからのインドシナ問題に積極的な役割りを果たし得るとお考えですか。
私は、日本がインドシナ問題で積極的な発言をしようと思うなら、やはりいままでのその態度を根本から反省する必要があるということを、共産党は代表質問でも指摘したのでありますが、そういう態度では、平和会議を提唱されても、これは全く役に立たないと考えざるを得ないのです。 ただ私、この議論をやっていまして、どうも田中総理や大平外相と私どもあるいは国民の間では、侵略とか干渉とかい与問題についてずいぶん考え方が違うようだということを非常に感じました。ですから、この点についていわば総理が言われる複雑な問題ではなしに、もっと単純な例でもう一ぺん伺いたいと思うのです。 総理は、去年の予算委員会で、わが党の松本議員の質問に答えて、過去の中国に対する
中国との間でどういうやりとりがあったか、これは一つの問題であります。しかし、日本自身が今後侵略戦争をしない、あるいは今後侵略戦争に加担しない、こういう立場をとる日本の国民の立場、あるいは日本の国の政治の立場を考えるならば、日本自身が過去に犯した戦争がどういう性格のものであったか、これについて明確な判断を持つことは当然のことであります。ですから、そういうことをまあまあまあ、やあやあやあということで済ますようでは、日本の政治をになう政治家の資格がないと私は思うのです。ですからあえて聞くのです。あの問題は、総理がベトナム戦争複雑だと言われましたが、もっとそれよりも単純なはずであります。日本が中国の国民の意思に反して中国に軍隊を派遣して、中
しかし、日本は戦争が終わったときに、ポツダム宣言というものを受諾して、それで一定の決着をつけたはずであります。あの宣言の中には、過去の戦争が侵略戦争であったことについて明確に指摘をしておりますが、それを否定されるわけですか。