観念的に、観念的にと言われますけれども、そう言われると、六〇年以来の事前協議論争はほとんど全部観念的な議論で、何にもやってこなくてよかったということになるわけです。やはり事前協議という規定で日本のアメリカ軍基地の使用の問題についてあれだけ議論をしておるのは、そういう極限状態についてはっきり把握しておかないとぐあいが悪いから討論しておるわけです。しかも、あの包括的な許諾の問題は、何も私が机上で考え出したことでなくて、国会でもすでにその文書の存在が明らかになっている。例の三矢作戦書ですね、あすこでは、事態が起こるとともに、包括的に事前協議の許諾を与えるということが想定されて文書化されておるわけですね。ですから、私は、単なる観念的な問題で
