この問題は、今後も問題になる点だと思うのですけれども、もう質問はこれでやめますから、ともかく条約を批准したときの解釈というのは、普通の常識ですと、一番法的な解釈として国会の中でも、国内でも、それから国際的にも通用するわけですね。それが択捉、国後を含んだ放棄という解釈でやられた。あの当時の国会では、いま外相が言われた幕末の条約、このことも出されて議論をされたわけですけれども、それとは明確に違うのだということがやはり政府側から答弁されて、南北千島を含むということが確定されたいきさつだというふうに議事録を調べて了解しておるのですけれども、その点だけ新しい解釈を出されたのが五年後だったということを伺いましたので、それで質問を終わりたいと思い
