五年分の総額はしっかり把握してきたわけですけれども、各年、ちょっとデータを持ってこなかった、今日は八月五日の問題が焦点かと思って。済みません、ありました。申し上げます。平成三十年百二万円、そして令和元年六百四万円、令和二年三百六十万円、令和三年四百七十六万円、令和四年ゼロ円ということでございます。
五年分の総額はしっかり把握してきたわけですけれども、各年、ちょっとデータを持ってこなかった、今日は八月五日の問題が焦点かと思って。済みません、ありました。申し上げます。平成三十年百二万円、そして令和元年六百四万円、令和二年三百六十万円、令和三年四百七十六万円、令和四年ゼロ円ということでございます。
私自身に派閥の方から、例えば会長とか事務総長とか事務局長から不記載にしなさい、してくれというような指示はあったことはありません、ありませんでした。
そういう認識で結構だと思います。
今の改選期全部ノルマなしだったかどうかは、申し訳ありません、今の、幾ら記録をたどっても明言することはできませんが、少なくとも令和元年、二〇一九年の私の改選期の際は全額が還付になっていたという結果であります。 これもですね、恥ずかしながら私自身分からなかった。事務所もよく認識をしていなくて、最初、ノルマオーバー分、五年分ということでチェックをしたら、一千四十二万円とうちの事務所からは出てきました。で、派閥と合わない。その合わない分がまさにノルマそのものが返ってきていたという部分でありました。これはもうチェックをしていなかった自分のことを恥じるしかないというふうに思っております。
今回の事態が明らかになるまでは、恥ずかしながら、私自身、参議院改選期ノルマなしということは知っておりませんでした。
ほかの事務所の対応は分かりませんけれども、私の事務所はきちっとパーティー券を派閥の方から受領をして、そしてその振込用紙で振り込んでいただいて、そしてその金額をしっかり派閥に納めているという形でありますから、派閥が何も知らないでうちの事務所だけで何かお金を扱うというようなことはやっておりません、派閥のパーティー券に関しては。
どうやって戻すかではなくて、議論の始まりは、そもそも安倍会長の御指示があって、還付はやめろとおっしゃっているんだから、まずやめる、これ私は冒頭その主張をしました。しかし、それに対して、とはいってももう売ってしまっている人がいる、これに対しては、政治活動資金としてもう織り込んでいる人がいるので、これに対しては何らかの対応が必要じゃないか、その対応方法として各自のパーティー券のパーティーを派閥が買うという方法があるんじゃないかというのがこのときの議論だったというふうに記憶しております。
これは私、ここで推理や臆測を披露するわけにはいきませんので、申し上げるのは控えたいと思います。
令和四年についてはゼロ円でございます。受け取っておりません。
これは、先ほど申し上げた事務局長とのメールにも出てきます。世耕弘成対応不要と書いています。私は、四月七日に尊敬する安倍会長から還付金はなしにすると言われた以上、私もこの年はオーバーあったようですけれども、これは受け取るべきではないと考えたので、事務局長に対して、私に関してはパーティー券で買って戻すことも含めて対応は不要だというメッセージを送らせていただいています。そして、その結果、令和四年ゼロ円となっているわけであります。私は、四月七日の安倍会長の指示は絶対守らなきゃいけないという立場でありました。
逆に、付け替えというのが私は用語としていかがなものかと思います。 パーティー券を派閥は政治団体として購入することはできるわけであります。当然、パーティー券というのは一枚二万円ですから、一万円以上の支出は全部派閥の収支報告にも出るわけでありますから、いわゆる何かお金だけ動かす、で、パーティーの売上げだけ膨らますという発想ではありません。しかも、もし今おっしゃるような付け替えでお金の処理をすればいいんであれば、私、パーティーの日取り慌てて確認しません。年末にそこを合わせればいいだけの話になりますから。 私は、このパーティーの日取りを松本事務局長にメールを、メッセージを送っているのは、きちっとこのパーティー券を買ってくださいよ、派
私は、去年の四月四日に自民党の方から離党勧告という一番重い処分を受けました。私は、もうこれはやっぱり政治責任は取らなきゃいけない、それまできちっとチェックできるチャンスが何回かあったのに、そこを見逃してしまっていることについて、やはり政治家として責任を取らなければいけないという思いで、離党勧告に関しては、何の、弁明等の手段はあったわけですけれども、一切弁明をしないで離党をさせていただきました。 その上で、あえて厳しい選挙にもチャレンジをさせていただいて、選挙戦中はひたすら、いかなる場所で演説をする際も、政治と金で大変な政治不信を引き起こしてしまった、派閥の幹部として取り返しの付かないミスをしたということをしっかりお話をして、その
松本事務局長は私の会社の先輩でもありまして、こういう事件に巻き込んでしまったことについては、私は本当に申し訳ないなという思いで今もいっぱいでございます。 その上で、松本さんの記憶は記憶であるんだろうと思いますが、今日私はエビデンスを述べさせていただきました。八月五日にこの四人の幹部で現金還付を合意したことはない。なぜならば、八月九日に各人のパーティーの日取りを確認するメッセージを送らせていただいて、事務局長からは、世耕様、了解です、いろいろとありがとうございますという返信が五時間後に来ているわけであります。これ、八月五日にもし現金還付が決まっていたら、こういうやり取りは発生し得ないわけであります。 ただ、松本さんがなぜそうい
まず一つは、まあ私自身始めていますけれども、やはり会計処理に関しては事務所任せに絶対しないと。自分が少なくとも月に一回はお金の出入りとそして残高のチェックというのをきちっと行う、これを一人一人が徹底をしていくということがまず非常に重要だと思っています。 あと、もう本当に私の反省点は、こういうみんなの資金の問題が絡むような話合いというのは、きちっと議事録を残したり、結果を紙にしたりとかですね、そういうことをもうこの政治の世界でも習慣付けていかなくてはいけない。 私自身、どちらかというとそういうことはきちっとやる性格なんですけれども、残念ながら、あのときは清和会というのが会長不在で、その後任が決まっていなくて、そんな中で、余り参
それは、ある意味自民党がお決めになることでもあります。 基本的に、思想、信条、その辺は基本的には共通で、私は二十六年自民党の国会議員として過ごしてきましたので、私自身は戻ることに違和感はございませんが、これは最終的に自民党の方でお決めになることだというふうに思っております。
まず一つは、先ほども申し上げているように、やはり会計のチェックを自分自身でしっかり行うということです。 もう一つは、これはもう私、無所属の立場なので自由に申し上げさせていただきますが、私自身は、献金は個人献金、ほぼ個人献金だけで運営をしていく。あと、パーティー収入はありますが、このパーティーも、私はこだわっているのは、絶対夜の乾杯をするようなパーティーで私はやっていません。昼間、きちっと着席で、そしてお弁当を出して、一時間にわたって、ゲストは呼ばないで、私一人で、今起こっていること、あるいは自分の政治的考えをしっかり、大体毎回五百人ぐらい参加いただきますけれども、お話をさせていただいて、その対価としてパーティー券を収入として計上
事務局長が会計責任者になっていたということで刑事責任を問われることになった、このことについては本当に申し訳ないことだなというふうに思っております。 確かに、お金は議員が直接触らないで、なるべく事務レベルでとどめようという文化は永田町にはあったと思いますが、今回、それはもう通用しないということが私ははっきりしたと思いますので、私自身、自分の資金管理団体については二度と事務所任せでしたというような答えをすることがないように、自分自身がきちっと責任を持ってこれからの収支報告をチェックしていくふうに、していきたいというふうに思っております。
これは既に、これから、法改正がもう行われたと思いますけれども、やはり会計責任者だけの責任にするのではなくて、やはり政治家がしっかり責任が問われると、もし間違いがあったり、それこそ還付金不記載のような問題があれば、政治家本人が責任を問われるんだというその仕組みをしっかり運用をしていくことが重要ではないかというふうに思っております。
私は、企業献金がそのものダイレクトに弊害があるとは思っていませんが、私が個人献金にこだわっているのは、もう私が当選したときに法律がそうなっていたからです。二十七年前、初当選したときにはそうなっていたから、その趣旨を守るべきだという気持ちで個人献金重視でやらせていただいています。 あえて後輩の皆さんに申し上げさせていただくとすると、個人献金集めるのはしんどいですけれども、やはりその分、有権者一人一人との接点とかコミュニケーション非常に深くなって、そういう意味で、私は、単なるお金集めではなくて、応援しているよという個人の気持ちをしっかり受け止めて政治活動に生かしていけるという意味では、私、個人献金の方が企業献金よりも意義が深いという
政倫審で弁明をした多くの議員には、私は本当に元幹部として申し訳ないことをしたと思っています。彼らはほとんど言われたとおりにやってきた。それでも政治家としての責任免れないという指摘はあるとは思いますが、やはりずっと昔から続いてきた習慣を彼らはそのまま引き継いだ、あるいはその秘書の先輩、後輩から、別の事務所の秘書からアドバイスを受けてそうしたと、あるいは派閥の事務局の方からそういう指示があったと、そういう立場ですから、彼らが幾ら弁明をしてもその範囲しか言えない。で、その経緯とか発生の原因について責任があるとしたら、それは私であります。 ですから、今回、今日はこうやって予算委員会の参考人として、議事録に残る形でできる限りのことをお話を