まず、私、この還付金の存在、そしてメカニズムを明確に知っていなかったこと、このことについては、何度か知るチャンスがあったにもかかわらずそれを見逃していたということは改めて幹部として大変重く受け止めております。 責任取れるのは私しかいないと思ったから、あのとき、自民党が離党勧告を発表されたときの茂木幹事長の会見を見ていてですね、八月五日の参加者としてこの還付を止められる立場にあったのに止めなかった、私はその一言が非常に深く突き刺さって、もうそのまま離党届を出しに行ったんですけれども、その反省に立っていかなければいけないと思っています。 で、いつから誰が始めたかというのはですね、これは私は、はっきり言って、何となく若い頃にこうい
