今の後の方の御心配でございますが、これは第二条の2の終りの方に遺族がない場合はこの限りにあらずという条項が入っておりますので、この点は御心配は要らないと思いますが、先生の前段の方は私どももよく承わっておきます。
今の後の方の御心配でございますが、これは第二条の2の終りの方に遺族がない場合はこの限りにあらずという条項が入っておりますので、この点は御心配は要らないと思いますが、先生の前段の方は私どももよく承わっておきます。
第七条に「前条の規定に違反した者は、五千円以下の罰金に処する。」罰則をここに置いております。
今おっしゃいました点は、私は全部ひっくるめて「違反した者」と考えておったのでございますが、これは「前条」とございますから、この六条において、摘出した眼球から角膜をとりまして、そうしてその残りのものが粗末にならないように——ですからこれを粗末にすればこの罰則に該当するものであるということになっておりますが、先生の御心配は角膜が混濁して使えなくなった場合にはどうするんだとおっしゃることも、これで処理できるのではないかと私は考えます。眼球を摘出したのですから、眼球の一部が角膜なんですから、それが役に立たなかったらやはり厚生省の省令によりまして、これが全部一緒に粗末に扱われなないように、尊い人体の一部であり、そうしてまた結局好意によって与え
先日この国会の初めの委員会であったと記憶いたしますが、堀木厚生大臣は、この委員会におきまして、厚生行政の末端が弱い、これを是正しなければならぬということを御発言になったのでございますが、どういう面でそういうふうにお考えになっているか私は存じませんけれども、厚生行政と申しましても非常に幅が広いのでございますからどの点でそうお考えか知りませんが、私といたしましては大臣のおっしゃったことはまことに適切である部面を見出しておるのでございます。社会福祉事業と申しますが、結局気の毒な人たちに福祉をもたらすというのがその考え方であることは当りまえの話でありますが、それが逆にそういう面において災いをもたらしておる部面を私は見て参りましたものでござい
いろいろ承わりまして、やや明るいきざしがさしてきたように思うのでございますが、考えてみますると、敗戦というどさくさまぎれで宗教というものを全面的に否定するような空気があったものでございますから、神社仏閣ということの切りかえの一つの方途としてこういうふうに宗教関係のお方々がこういうものをなさったように個人的に思うのであります。今の渓声養護園は親子三代にわたって、しかも園長さんは八十歳というような高齢の人で、その娘婿がといってもいいかげんな年ですが、そういう人が大体やっておる。そういうわけですから一向に内部がわからない。これが労働組合だとかあるいはほかの組合というような組織であるならばそこから声が上ってくるのですけれども、小さい子供たち
動議を提出いたします。この際、理事はその数を七人とし、委員長において御指名あらんことを望みます。
私がいろいろな応答を聞いていて考えますことは、いつも里帰りがあるたびに問題が出て、そしてラジオなどを聞いておりますと、お帰りになった方々の政府及び与党の攻撃がラジオを通じて非常に流れておるのでございまして、これは一体何をしているのやら、里帰りされて喜んでおられるのやら、ほんとうに自分たちの母国はもうちょっとましなところであろうと思って帰ってきたと今松永参考人がおっしゃったのでございますが、負けた国がさほどいいところと思ってお帰りになったところに、少しお考えの狂いがあるのではなかろうか。今お帰りになってみえた方は——ここらも戦後十二年たちましてどうにか見られる格好になって参っております。この本館のまわりには、私が当選して参りました十年
内山参考人はつつ一ぱいというお話をなさっていたのでございますが、約束ということでおっしゃれば、いわゆる廣瀬案は、政府といたしましてはお約束が違うのだから、御自弁でお帰りなさいと言うてしまってもいいような話なんですね。約束なんということを突っ張るんじゃない、政府といたしましては、これがつつ一ぱいだとおっしゃっている。午後から大臣もお見えになることですから、ほんとうにこれが政府としてつつ一ぱいなのかどうか私もお尋ねしたいと思いまするが、委員長といたしましては、政府の言っていることにも無理がない、政府としてはこれはつつ一ぱいであろう。おくれた、おくれたと山下委員からおっしゃいましたように、言われても、それは六カ月という期間を切ってきている
私は少し方面を変えまして、ソ連の方の問題、樺太の問題をお尋ねいたしたいと思うのでありますが、今次のソ連引き揚げは、門脇モスクワ大使に引き揚げの名簿を渡されましたのは二百五十八名ということになっておりますが、実際に引き揚げてきた人は二百十九名ということになっております。この食い違いは、先方といたしましてはどういうふうに説明をしておるのでございましょうか。私一時半に汽車に乗らなければなりませんので、一時には出なければなりませんから、どうぞ一つスピード・アップでお願いいたします。
わかりました。簡単に……。
その次の問題は、樺太からの引き揚げですが、これは第一次だということを聞かされておるように思いまするが、第一次があれば第二次、それに続くものがあるのではなかろうかと思うのでございますが、この点はどういうふうにお聞き込みになっていらっしゃいますか。
この問題につきまして、外務大臣にお尋ねをしたいと思うのでございます。樺太から帰って参りました吉田参考人の話を聞きますと、引き揚げに関しては、引き揚げて帰れるということ自体すらも山の奥の方にいる人には通じていない、こういうことではなかなか引き揚げも迅速にいかないんだというお話でございます。幸いにして、ソ連とは国際的にもおつき合いができるような立場になっておるのでございます。モスクワに大使館というものがおありになりまするが、ほかの国との交際の行き方を見ておりますると、大使館あるいは公使館があれば、領事館の設置も可能であるように思います。しかし向うの事情が私にははっきりわかりませんので、外務大臣にお尋ねをしたいのでございますが、樺太にそう
新聞紙上で見ますると、留守民族から非常なる、要望が政府に対して出ておる。私も国連へオブザーバーとしてこの問題をひっさげて参りました体験者といたしまして、その時分からいたしますと、だいぶ引き揚げができて参りました。引き揚げが促進され、留守民族の数が減って参りますと、逆に留守家族というものの心配は深刻になって参るのでございます。政府におきまして、あるいは自分たちは少数団体になったから、もう大して自分たちのことを考えていないのではないかというような気持を起す、悪い言葉で申しますと、ひがみが出るということも言い得られるのではないかと思って、私も非常にこの問題については心配をいたしております。どうぞ一つ迅速にこういうことを御要請賜わりまして、
もっとお尋ねしたいのでございますが、時間がございませんので……。こういうふうにいたしまして、ピーター大帝湾のああいうふうな向うの処置とか、あるいは李ラインだとか、国際法の慣例にないところのいろいろなる問題がひんぴんとして起きて参りまして、わが国の業界も非常に困難をきわめておるようでございます。こういうふうにわが漁船を拿捕しておる国、そうしてその拿捕された漁夫の数、おわかりでございましたら——私はこれで終らしていただきたいと思います。
私はただいまの吉田實参考人のお話を伺いまして、戸叶委員と同じ質問が私の頭の中に浮んで参りました。ソ連地区にもまだ相当数の韓国人がいらっしゃる。その方の夫人となっていらっしゃる方が日本の婦人たちである。これは望郷の念にかられるととは、私はその国籍のいかんを問わず、非常なものがあろうと思います。しかし籍が向うにおありになる以上は、これは韓国人とすでになっていらっしゃる方であるか、まず吉田参考人にお尋ねしたいと思います。前の中共からの里帰りのように、入籍しないでいる御婦人たちであるか、それをまず吉田参考人にお尋ねをいたしまして、そのお答えの次第によりまして、欧亜局長にお尋ねをしたいと思います。今いろいろ韓国と日本との間に漁業関係の人で向う
吉田實参考人のお話から伺いますと、この豊原事件で騒いだ人たちは、北鮮系ではなかったというようなお話でございましたね。お帰りになって間もないことでございますから、国内の事情もまだつぶさに御聴取願えていない点が多いので、こういうことを申し上げてもいかがかと思いますけれども、日本という国は思想的にもいろいろな不安定なところに立っているわけでございます。このみじめな戦争のためにドイツも西と東とに分れて、非常な苦痛を見ているように、朝鮮も南北に分れて非常に同胞相はむというような状態になっております。日本の内地におきましても、いろいろな国籍の人がございまして、政府当局としては非常な不安を感じているようなところもあるのでございます。特に北鮮系のお
今度朝鮮籍の方々が引き揚げてこられる前に、韓国から何かこの問題に関して申し入れが外務省の方にありましたでしょうか。
この自然公園法の中の第一章の総則の目的というところの最後に「教化に資することを目的とする。」と書いてございます。この「教化」というのはどういうふうにお考えになってこれをお書きになったのか。
インスピレーションと教化は私は全然違うと思います。インスピレーションというのは、霊界の、何と申しますか、一つの精神に受ける霊感という言葉でありまして、教化でしたらエデュケーション、エ・ジュコと申しますか、これはラテン語かグリーク語から始まっておりまして、工というのはフロムということであって、ジュコというのは導くということであって、導き出す、すなわち教化であって、エデュケーションとインスピレーションというのは全然ものが違います。インスピレーションというのは少し宗教的のにおいを持っているのでありまして、これはだいぶ違うと思います。そういう意味で、この「教化」ということをお書きになりましたならば、国民にどういうインスピレーションをお与えに
それならば、公園部長さんいらっしゃいますが、インスピレーションという言葉はやめていただきたいと思うのであります。これはその自然との接触によって受ける、人間というものが大言然の中でいかに小さいものであるかという考え、それで大自然の影響を受けさせるという意味でしたら、私はいいと思います。 公衆衛生局長もいらっしゃいますから、お尋ねしておきたいと思うのでございますが、私はこの間栃木県に参りました。はるか向うに日光の山も見えておるところに参ったのでございますが、そこばりっぱなある意味では公園ともいわれるところであります。あれはゴールデン・ウイークの間でございましたが、人間はいわゆるインスピレーションあるいはエデュケーションを受けて帰った