衆議院におきましては既に各地で公聴会を開催いたし、幅広く賛成される方の御意見、反対される方の御意見を聞いてまいりました。当院におかれましてもやがて公聴会も開会されることと考えております。また、それを望んでおります。
衆議院におきましては既に各地で公聴会を開催いたし、幅広く賛成される方の御意見、反対される方の御意見を聞いてまいりました。当院におかれましてもやがて公聴会も開会されることと考えております。また、それを望んでおります。
ただいま議題となりました臓器の移植に関する法律案について、提出者を代表いたしまして、その趣旨を御説明申し上げます。 欧米諸国では、既に脳死をもって人の死とすることが認められ、脳死体からの臓器移植は日常的な医療として完全に定着しており、年間九千件を超える心臓や肝臓の移植が行われております。その移植成績も、新しい免疫抑制剤の開発などにより年々向上しており、多くの患者がこの医療の恩恵を受けております。 アジア地域におきましても、一九八九年から一九九五年までの間に、心臓移植につきましては、韓国で四十八例、シンガポールで十四例、タイで七十七例、台湾で九十四例が行われたところであります。 一方、我が国におきましては、脳死は人の死か、
関根議員のお尋ねにお答えをさせていただきたいと思います。 まず第一問、脳死と臓器移植の問題についてこの五年間の国民世論の動向がどのように変化し、現在いかなる状況になっていると認識されているかという御質問でございました。 現在、脳死、臓器移植の問題につきましては、これまでの世論の動向の変化と現状は、当初と比べて脳死と臓器移植に対する国民の理解が相当進んできていると認識をいたしております。いろんな世論調査を見ましても、国民の約過半数を超える方々がこの問題についての認識を深められていると思います。 第二のお尋ねでありますが、脳死を人の死と受け入れることに疑問を感じている人たちに対する配慮として、個人が死の判定の方法を選択するこ
衆議院の法制局の答弁と同様の趣旨でございます。
私は、先生御指摘のように、憲法改正をするための三分の二以上の発議及び国民投票の結果によらなければこの問題を扱えないという種類の問題ではないと考えております。
この国会におきまして法案が二つ出されて、しかも、幾つかの部門で基本的なところに相違があるということを、私の立場から、提案者十三名を代表して申し上げておきたいと思います。 脳死が人の死であると社会的には容認されて、合意されているといったようなことは脳死臨調で も明らかになっておりますし、また、日本のメディカルプロフェッショナルの日本医師会の、元東大総長の加藤一郎先生を座長とする生命倫理懇談会でも、脳死は人の死であるという考え方でおおむね答申が出され、日本医師会がこれを発表した。 死の診断権を持っているという者は、法治国家である日本では、医師に与えられた職業的な権限、こういうことでございますので、人間の死に関する診断というもの
先生のお尋ねにつきましては、脳死の概念についての歴史がございます。 アメリカにおきましては、一九〇〇年初頭から、脳死状態があることがわかっておりましたが、その後、一九五〇年代に入りまして、人工呼吸器が普及されるようになり、脳死状態があることが明確にわかるようになり、一九六八年に、ハーバード大学において、これら脳死状態を明確に判定するため、世界初の脳死判定基準が作成されました。この基準は、脳死を正確に判定するものであり、脳死は人の死としたものではないと承知しております。その後、一九八一年に大統領委員会において死の判定に関する統一法案が作成され、このモデル法案の中で、脳死は人の死であると公に定義されたという経緯がございます。 以
先生の動議につきましては、私は前向きに検討することが必要であろうと思いますが、特に、移植をする法律ができたとしても、その場所をある程度、国立移植センターといったようなものにするということについては、私は、現実的に少し無理が生じてくる可能性がある。 と申しますのは、御案内のように、心臓の場合でございましたら、摘出後、血流を始めるまでに四時間というタイムリミットがございますから、この日本列島の中で受けられる方と受け得られない方の不公平性というものが出てくるであろう、だから、この国の中に住む人たちが安心して受けられるような施設というものはどこに置くべきか、どの程度のものでなければならないかということについては十分検討をしていかなければ
脳死を人の死とすることに社会的合意ができているかどうかというお尋ねだと思います。 私は、従来の社会的ないわゆる死の認知、死というものをみとるという場合には、死の三徴候という一つの長い医学上の知見が、それで医師によって診断される、こういうことで、家族も親族 もそれに承認を与えた、私はそう思います。 しかし、この脳死というものが新しくいわゆる死の範疇に、死のプロセスの中に入ってくるという医学の進歩の中で、この問題を国民が全部理解できる、国民全部、生と死の中に生きているわけですから全部理解できるということは大変難しいと思います。 そこで、この民主主義の日本では、議会制民主主義で、この国会が、脳死及び臓器移植に関する臨時調査会
脳死の診断というのは、先生も十分御承知だと思いますけれども、普通の状態での死の診断ではない。しかも、竹内基準で診断をする以外に、聴性脳幹反応というもので出てきた脳波の状態を確認するということでございますから、これは、こういう委員会での審議を通じて広く国民が議論を聞きながら、やはり新しい医学の進歩の中で考え出された脳死の判定、その手順、それに対する判断、こういったものがいわゆる医学を専門としない方々にも次第と御理解がいただいてきている、このように思っております。
私に対する個人的な意見になるかもわかりません。 脳死を死としないでその者から臓器を摘出するかどうか、それの私の倫理観、医師としての考え方はどうかという先生のお尋ねですが、私は、いたしません。 法律ができない間に私自身がそのような立場に立っても、私は古い医学の教育を受けてきた人間でございますから、私どもの大学時代とか病院におったころには、こういう新しい技術の進歩はございませんでした。しかし、最近こういうものに関心を持ち出しまして十数年になりますけれども、その間、救命救急センターとか、いろいろなところへ参りまして、医学を学んだ人間として、新しい医学がどのように転換しているか、進歩しているかというものを見ながら、そこで起こってくる
御案内のように、人間の体というのは、脳幹を中心とする大脳部、それから心臓と肺という、この三つがリンクして総合的な機能を発揮している。肺循環、心臓の循環、拍動、こういうものが動いているわけでありますが、脳死状態に入った場合に、人工呼吸器をつけますと、結局、脳の機能はつぶれておっても、心臓と肺は機械によって動かすことができる、それほど進歩してきた。こういった状況が多くの救命救急センターで見られる姿だろうと思います。 こういったことを踏まえて、私はやはり、脳幹の不可逆的な機能の喪失というものが人間の生命 に決定的な意味を持つもの、こういうふうな認識を持っております。
人間の生命に優劣はございません。だから、今先生の御指摘のような考え方は、私は持っておりません。
前回廃案になりました法案と比較して二つの点が違っているという御指摘でございます。 一つは、家族のそんたくを外しているということ。家族のそんたくということについて、私ども、いろいろと御意見を聞く中で、そんたくというのは、どうも本人の意思と家族の同意ということから比べると、本人の生存中の意思というものが明確でないという場合のことも考えて、これはやはり修正すべきものと考えました。 なお、五年から三年に見直しの期間を縮めたことにつきまして、もしこの法案が成立をいたしましても、どのような経過をたどって日本の国内における移植医療が定着てきるか、それについては、できるだけ早い時期に、法案自身をどうこれから進めるか、改正すべきは改正すべきと
法律を制定せずに移植医療が日本でできるような状況、環境ではないという観点から、国民の間にいろいろと法案の内容について疑問があるというような点はある程度思い切って削除をして、そして、だれが聞いても非常に明確である、御本人の生存中の意思が文書によって確認された場合、しかも遺族が反対されない場合、この二つに限るということを明示することによって法律の審議というものが国会で進むことが可能になるという判断のもとに修正をさせていただいたということでございます。 ドナーの点につきましては、実際にドナーがたくさん出るかどうかということは、これは全く想像することは私は難しいと思っています。 と申しますのは、この臓器移植法というものが日本で定着す
御案内のように、単に脳死体から臓器を摘出するという場合に限らず、一般の疾病によって死に至った方、その方のいわゆる病理解剖といったようなケースのときに、遠いところから来られた親族の方が、そんなかわいそうなことはやめてくれと言われて、本人の御家族の中で、近親者が病理解剖してもいいと言っても、なかなかその反対でできないケースが全国の大学病院ではございます。 そういう意味も含めまして、私は、御本人の生存中の意思と御家族の同意ということがこの問題のスタートには必要な条件であろうと判断したわけでございます。
国会に議席を持って、国民に対 する一つの責任を持っている立場の私どもとしては、法律なしで行う場合、問題は、日本の社会というものは、法律というものを勉強しておられる方々の中で、第三者告発というものが今までも随分行われてまいりました。この第三者告発をとめる手だてというものは、現実にはございません。だから、法律できちっと枠を決めれば、その範囲で行われる正しい医療行為については、私は、いわゆる第三者告発というものは起こり得る可能性はほとんどないという認識を持っております。 現に、医師の中には、告発されてまでこの人たちを助けるということについて、大変困るという気持ちの方が非常に多いです。それで、検察庁へ呼び出されて、殺人罪の疑いで一応取
先生のお尋ねの点につきましては、この法案を提案させていただいた現在、私は、この今のあり方というものは正しいと信じております。三年後の見直しのときも、御本人の生存中の意思というものが最優先されるべきである、このように存じております。
自民党の中山太郎でございますが、きょうは質問の機会を与えていただいて大変感謝を申し上げます。 今、当委員会に付託されております中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法の一部を改正する法律案、この法律案が成立した後、これからどういう形で現在の不況に悩む都市の中小企業者にこれが適用されていくか。 私は大阪出身でございまして、大阪の景気の状況というのは肌で感じていますけれども、まず税金面で見てみると、大阪府の法人住民税と法人事業税、これは平成元年では八千三百五十一億円、税収があったわけです。それが平成九年度の当初では五千四百十五億円になっているわけです。つまり三千億円弱下がってきているということで、大阪府は赤字団体に転落す
残り時間がもうございませんので締めくくりをさせていただきますけれども、今、大阪府の総合技術研究所、通産省が力を入れた繊維リソースセンター、去年パソコン三十台を予算で組んで入れられておりますね。それでネットワークを張るようにしている。 そういう中で、アジアのいわゆる部品情報というのを受け入れるシステムがないのです。これが大阪市内のワールドトレードセンターまで行かないとだれもわからない。大阪南部、それから東北部、北部とそれぞれありますけれども、そういうものが産地で情報がとれるように、そういうシステムをひとつぜひ通産省としては考えていただくことが、仏つくって魂入れずといいますか、建屋はできても中身が十分機能しない。中小企業の方々という