そういう要請は来ておりません。
そういう要請は来ておりません。
この委員会においてお願いをいたしております現特別協定の期限が五年間ということになっておりますが、五年間の国際情勢の変化、またアメリカの財政状態、また日本の経済状態というものを踏まえまして、私どもは協定の期間内においてこの期限が切れた後にどのような新しい協定を結ぶかどうかということは、その時点で改めて政府としては考えなければならないと思っております。
掃海艇の派遣につきましては、米国政府から日本政府に対して要請が来ているということはございません。
先ほどからいろいろと平和協力の問題で先生からもお話がございましたが、先ほどお触れになりました掃海艇の問題、これはきょうの新聞でも大分にぎやかになっておりますが、この問題については、現在千から千二、三百個の機雷がペルシャ湾に浮いておる、敷設されておるというふうに言われているわけです。そこを航行している船舶、これはもう今戦争は終わっておりますから日本のオイルタンカー等もこれからそこをどんどん通るわけですけれども、この日本の船員と船舶の安全を一体どのようにして確保するかということにつきましては、これはほうっておくわけにはいかない。船員たちの生命の問題もありますから、これはいずれ船員組合とも一回よく相談をすることが必要ではないか。ここらが日
これは情報をよく収集しないと、船員も船舶も危険が伴うわけでありますから、政府としてはそれらの情報を船員組合にこれから提供していかなければならない、このように考えております。
日本としましては、もちろんアジアの国の中にあるわけですから、アジアの一国として、自由主義陣営の一国として、また国連を中心に外交を展開していく、こういうふうな基本的な考え方に変わりはございません。
今公取委員長からお答え申し上げましたように、これが新たな火種にならないように日米間で十分協議しながらやってまいりたい、このように考えております。
外務大臣といたしましては、日本に対する国際協力等についていろいろと要請が来ておりますけれども、今御指摘の点は絶えず私自身も重大な関心を持って見ております。
ペルシャ湾のイラクによる機雷の敷設あるいは海洋汚染等についての情報収集は、政府としては関係諸国とともに鋭意いたしておりまして、委員御存じのように、環境調査団は既に出発をいたし、現地で調査をほぼ完了するような状態になっていることは御承知いただいていると思います。 一方、ペルシャ湾でイラクによって敷設された機雷は幾つぐらいあるのかという情報につきましては、湾岸に千から千二百個ぐらいの機雷が放置されているという情報が政府に入っております。それから、クウェート沿岸にイラクが機雷を敷設したものとも考えられる。 それで、この湾岸の機雷の掃海作業というものは一体これから先どれぐらいかかるものかということになりますと、日本がやるということで
今お話しの点、いろいろと、何といいますか事務的な問題が多いものですから、先に局長からもう一度報告させまして、私から改めて御答弁をさせていただきたいと思います。
問題は、この四島の領有権、これがいわゆる日本に帰属するということを明確にしなければならないという立場にある政府といたしましては、ただいま行っております平和条約作業グループの中で、当然このようなことも議論されておるわけでございまして、私どもといたしましてはゴルバチョフ大統領の訪日を機に、この問題の解決の突破口が開かれて、このような事案につきましていろいろと協議が両国政府間で行われることを心から期待するものであります。
日本がかつて経験をしなかったような敗戦という事態の中で、この在外におられた日本人、また現在外国の国籍を有する方々、この方々が未曾有の苦しみをされた。特にこのソ連の参戦によって引き起こされた悲劇というものは、やはりこのゴルバチョフ大統領の訪日を機に将来の日ソの新しい時代をつくるためにも、歴史の検証をすることは極めて意義のあることだと考えております。
国連の行います平和維持活動への日本の参加と憲法との関係については、従来から御答弁を申し上げましたとおり、国連平和維持活動の具体的活動内容は個々の事例により異なり、一般には論じられませんが、一般論として言えば、その任務・目的が武力行使を伴うものへの我が国の参加について、憲法上許されないものと考えております。
これからの日本外交というものがどういうふうな考え方で対応すべきかというお尋ねでございますけれども、今も委員から御指摘のように、米ソが対立していたという時代が、一応マルタの首脳会談によって冷戦が終わるという一つの区切りができて、米ソの間には話し合いが行われる、協力が行われる、国連の安全保障理事会では拒否権を使わない時代がやってきた、これから先どうなるか、まだわかりませんけれども、一応現状は拒否権は使われないという常任理事国の協力体制というものができてきた。 私は、日米安保条約が最初に締結されたときには、あの条約を見てみますと、結局十年間で廃止、十年間を一応期限としていたと思います。その日米安保条約の項目の中には国連憲章というものが
アジア・太平洋におきましては、おっしゃるとおり、私はかつてのような緊張状態は相当緩和してきた。例えば朝鮮半島における緊張も、現実には南北の首脳の交流、あるいはまた日朝間の話し合いが現在行われておりますし、韓ソの国交も再開される、あるいは韓中の貿易も非常に活発化してくる、こういう一つのアジアの新しい時代の姿というものが出始めてきたと私は思います。 しかし一方においては、カンボジアでは日本政府もいろいろと苦労してやっておりますけれども、まだ和平の一つの確たる見通しは立っておらない。こういう状況の中で、私はアジア・太平洋における安全保障というものが、どういう形でこれから関係国の間でいろいろと構図が立てられていくのか、こういうことは日本
ヨーロッパでCSCEが一つの形を整えた。パリ宣言が行われて、ヨーロッパに新しい時代が構築されたことは御存じのとおりでありますが、ヨーロッパと同じようにこのアジア・太平洋で安全保障の取り組みができるかという問題で、今まで当委員会でもいろいろ御議論がございました。私も外務大臣として、ヨーロッパと地政的にも違うし、あるいは民族的にも違うし、宗教的にも違うし、いろいろと一つの地政的な、あるいは文化的な、宗教的ないろんな民族的な違いが、ヨーロッパと違うということを下敷きにしながら、アジアには巨大な太陽があるということで、この地域の安全保障をヨーロッパと同一視するわけにはいかないけれども、この地域での平和をどのように構築していくかということは、
中国を訪問するということは、かねて中国側からも何遍かお招きをいただいておりましたし、私も中国の国際社会における孤立を何としても防ぐことが重要だということで、第三次円借款の開始に欧米諸国の理解を求めてまいった、日本政府の立場としては理解を得られたということで、円借款の再開に踏み切ったわけでありますけれども、昨年の六月に行われました東京のカンボジア和平会議におきましても、在京の中国大使館は大使以下大変苦労をしてキュー・サムファン氏の協力を求めたわけでございますし、タイ国政府も大変努力をしてくれたわけであります。先般東京を訪れましたベトナムのグエン・コ・タク外務大臣といろいろ話をいたしましたが、このグエン・コ・タク外相にいたしましても、や
私は、今回の湾岸の紛争を見まして、これを収拾する一つのリーダーはアメリカ合衆国の存在というものが大きいということで評価をいたしておりますけれども、アメリカ合衆国といえども、アメリカ一国ですべてができるわけではない。やはり自由と民主主義を基盤とする国々が協力しながら国連という舞台で国際の平和と安全を維持していく。その中でやはりアメリカの力というものはこれを無視、否定してかかるわけにはいかない、私はそういうふうな考え方で申しておるわけであります。
湾岸のこの戦争が終わりました後の中長期の平和と安定のための構想に日本がどのようなかかわり方をやっていくのかというお尋ねであろうかと思います。 私は、この地域と日本との関係というものは、やはりイギリスとかあるいはアメリカとアラブ地域との関係の歴史と比較すると、日本は極めて浅い。第二次世界大戦後は、初めて日本の石炭から石油へかわったエネルギーサイクルの変わり方の中での関係がこの地域との連帯を強化していった、こういう歴史がございますが、我々の国はこの地域に植民地を持ったこともございません、侵略をしたこともない、こういうことで、この地域から見ると日本は手の汚れていない国の一つになると思います。 しかし、この地域と日本との関係において
御案内のように、この地域には私は昨年ジョルダンを訪問した当時の金額で約千七百億ドルぐらいの国際債務があるというお話でございました。これをどういうふうに石油のコストを調整することによって産油国はその国際的な債務を返済することができるか、こういう問題が一つ下敷きにあるのだろうと思います。もう一つは、油の出ないアラブの国をどうするのか。 こういうことを考えますときに、私は、この地域の経済の再建、それから軍事力を中心にした安全保障の問題、この問題はやはりこの当事国のイニシアチブによってまずこの原図が引かれるということから、これらの国にかかわる国々の中での日本の役割は、資金的な協力の問題もありましょうし、技術的な協力の問題もあるでございま