日ソ間において、残念ながら平和条約がございませんが、先生もよく御存じのように、日ソの貿易は六十億ドルに達しているわけでございまして、私どもといたしましては、この平和条約が将来締結されるようなことがあれば、日ソ間の経済交流というものは飛躍的に増大するものだというふうに考えております。
日ソ間において、残念ながら平和条約がございませんが、先生もよく御存じのように、日ソの貿易は六十億ドルに達しているわけでございまして、私どもといたしましては、この平和条約が将来締結されるようなことがあれば、日ソ間の経済交流というものは飛躍的に増大するものだというふうに考えております。
先生のお言葉を返すようでございますが、私は決して突然ヨーロッパにデタントが起こったとは申しておらないつもりでございます。 ヨーロッパは、御案内のように前の戦争で不幸にも東西ブロックに分割された。そういう中でドイツは国土を分割された。しかも、同じ民族が同じ言葉で語り合う、そういうことはできなくなる。こういう状況の中で、先生御指摘のように、ブラントの東方外交とかいろいろなものが積極的に行われて、ヨーロッパの共通の平和の家というヘルシンキ会議が持たれる過程がございましたけれども、現実に私が昨年の九月に国連総会におりましたときに、ゲンシャー西ドイツ外務大臣との会談の予定が実は四十分おくれました。そのときに、私はゲンシャー氏と会ったときに
私がモンゴル問題に触れましたその背景には、当然ゴルバチョフの演説以外に基本的にソビエトロシアの外交政策の転換があったという事実を否定するわけにはいかないと思います。ただ、モンゴルにおきましても、東ヨーロッパの動きあるいはソ連の動きを見ながら、自分の国をどのような形でこれから興していくのがいいのか、日本側とは極めて悪い関係に実はあったわけでございますけれども、先般首相が訪問され、先日は議長が訪問されて日本との間の友好関係を深めるとともに、日本からの経済協力をお願いしたいということで、ただいま医療に関する調査団をモンゴルに派遣しているというようなことで、一歩一歩日本政府としては民主化を進める国々に対しての協力を行っている途中でございます
昨年、私、八月の二十四日にパリで開かれましたカンボジア和平会議に出席をいたしまして、約五日間各国の外務大臣とカンボジア和平についていろいろ話し合いをいたしました。しかし、結局その節には、フランスの外務大臣の努力にもかかわらず、話し合いがまとまりませんでした。 その後、オーストラリアのエバンス外務大臣が提唱したカンボジア和平の構想、それからまた、インドネシアのアリ・アラタス外相の提案しているインドネシアにおける四派を含めたカンボジア和平会議、こういうものの経過をずっと見ておりまして、私がどういうふうな話がその結果であったかということを率直に申し上げると、日本は、この四派がお互いに話し合いをして暫定的に選挙管理内閣をつくる、そうして
このチャチャイ首相の申し出に対して政府としては、この問題は、どのようなこれからの交渉によってそういうものが持ち得るかということについて、ただいま検討しております。
このことが即ソ連の脅威ということにはつながらないではないかと先生御指摘のようでございますが、御案内のように、ソ連とベトナムとの関係は極めて強い関係にございました。ベトナム戦争以降、アメリカにかわってソ連の影響力、経済協力、援助、こういうものがベトナムに相当量行われたことは現実でございます。そういう中で、ベトナム軍がカンボジアに侵攻しておった。さらに、カンボジアとベトナムの国境にはベトナム人が約百万人入植をいたしております。そしてここで、国連監視のもとでベトナム軍がカンボジアから撤退するという考え方がございましたが、これはベトナムの軍隊は国連監視のもとで引き揚げずに独自で引き揚げたという報道がなされておりますけれども、第三者による確認
委員のお考えはお考えとして拝聴させていただきましたが、カンボジア和平構築のためのASEANの国々の外相たちの考え方、またアメリカ、ソ連、フランス、あるいはオーストラリア、中国、いろいろな国のそれぞれの話し合いの場でこの問題が議論が進みつつあるわけですが、まだなかなか進んでいかない。それは即アジアの大国たち、また太平洋に面する国々の、大国たちの関与もあり、これらの国々の協議というものがどのような形で調っていくのか、私どもは結論としては、カンボジアの四派の合意ができればまさか周辺国がとやかく言うべき問題ではないと思っておりますけれども、この四派の話し合いがつかない、さらに四派にはそれぞれの支援者がいる、こういうところにも一つのアジアの複
日本政府として、朝鮮半島の分断による二つの国が対立をしているということは、アジアでやはり不安定要素の大きな一つではないか、このように認識をし、この地域の安定化が進むことを日本政府としては心から期待をいたしております。
外務大臣といたしましては、絶えず境界線をめぐる南北の対立の現状、あるいはいろいろなルートを通じての情報の収集に当たっておりますけれども、現在のところ南北が急速に和解に向けて動きを起こすという環境にはまだ至っていないと認識をいたしております。
パリにおけるカンボジア和平会議には、ソ連からもアメリカからもそれぞれ代表が来ておられまして、私もお目にかかっております。この問題、この地域で、先生がお尋ねのように、カンボジアと日本との関係がおくれるんじゃないか、私はそういうことはあり得ないと思います。カンボジアの和平が合意ができて、国連監視下の民主的な選挙が行われた後の経済復興については、日本政府は既に全面的な協力を申し出ておりますし、それがまた大きな効果を発揮するものだ、その時点では、日本政府は、カンボジアとの友好協力関係というものがそこで確立されていく、このように認識をいたしております。
御案内のように、まことに残念なことながら、北朝鮮と日本との間には国交はございません。そういうことから、抑留をされて既に六年経過する二人の漁船員の釈放もままならず、日本政府としては大変苦慮をいたしておりますけれども、あらゆるルートを通じてこの問題の解決に努力をいたしておりますが、今日のところいい結果はまだ知らされておりません。しかし、現在北京に駐在しております日本国の橋本大使も中国政府には絶えず接触の機会を持っておりまして、中国政府とも北朝鮮の問題についていろいろと話をしているという報告を受けております。
今先生御指摘のように、PECCは、これはあくまでも民間の主宰する団体でございまして、私どもはソ連が今オブザーバーとして参加しておることはよく存じております。その正式メンバーとして入っていく問題につきましては、この理事会なり委員会において議論されて結論が出るものだと考えております。
総理からお答えするのが当然でございますけれども、私、外交を預かっている立場から、日本の外交に関する基本的な考え方をかねて国連等の総会において申し上げておりますので、その点改めて申し上げさせていただきたいと思います。 それは、日本はまず第一に世界の平和のために貢献をする、平和の環境をつくるために日本は努力をするという国家目標を明確に国際社会にいたしております。御案内のように、例えばナミビアにおける独立のための選挙に協力をするとか、あるいはニカラグアの選挙に協力をするとか、あるいはカンボジアの和平構築のために協力をするとかといったようなことが、具体的にはその事象の一つとして考えられておりますけれども、基本的には日本は平和のために貢献
内閣としての考え方は今総理が申し上げたとおりでございますが、日本といたしましては、国連に対し拠出金は九千万ドルを支出しておりまして、全体の一一・三八%に当たるわけでございます。 また、国連本体の職員は、日本は九十一名、アメリカが三百八十八名、ソ連百六十二名、フランス百十三名、西独百七名、そういう中で日本からの職員は九十一名ということに相なっております。
委員の御指摘のUNEPを格上げをして地球環境保全機構的な新機関を創設せよ、そのために日本外交としては努力せよという御趣旨は大変貴重な御意見だと思いまして、外交の一つの柱として日本は環境保全に努力しておりますから、国連の場においてそのような機構ができるために努力をしてまいるようにしたいと思います。
委員御指摘のこの児童の権利に関する条約は、大変意義のあるものだというふうに積極的に評価をいたしておりまして、これの採択に参加をした経過がございます。この条約の締結に向けて全力を挙げてやってまいりたい、このように考えております。
委員も御指摘のように、この隣国中国との関係は、天安門事件発生までは非常な進み方をしておったと思います。しかし、残念ながら天安門事件が発生をし、さらにこのアルシュ・サミットでの各国首脳との話し合いの結果、この中国に対して、改革・開放路線を進めてもらいたい、西側諸国との話し合いももっと進めてもらいたいという要望を続けてまいっております。 そういう中で、さきに西欧を訪問された海部総理は、この中国に対する日本の考え方を、会われた各国の首脳に主張をされてこられました。すなわち、世界の平和のためには中国を孤立さすべきではないというのが日本の意見であるということを各国の首脳にお話をされたことを、私は同席をして伺っておりましたけれども、今日も同
今先生から御確認のお話がございましたが、北米局長が御答弁申し上げましたとおり、鋭意適当な時期に中間報告をさせていただきたいと考えております。
委員お尋ねの全欧における安保への努力、安全保障への努力というものは、長い歴史の中でNATO加盟諸国及びワルシャワ条約機構の国々、現在のようにソ連の新思考外交というものが当時ございませんでしたけれども、努力は積み重ねてきた。米ソそれぞれの努力の結果、今日のようなヨーロッパの平和への方向が出てきたのじゃなかろうかと思います。アジアにおいてこのような変化が起こることを私どもはもちろん期待をいたしております。 なお、既にモンゴルでは変化が起こりました。そして、この間からモンゴルの首相も来られておりますし、また議長もこの間日本にお越しになって、日モの友好関係を強化したい、しかも日本からは経済協力もぜひお願いをしたい、このような形が整ってき
先生御指摘の問題、これからの日ソ関係、私は歴史の流れを見ておりまして、やはりレーガン政権時代には猛烈な軍備の拡張をやった。そしてソビエトも軍備の拡張をやった。双方がぎりぎりまで行ったわけです。その行った中で両者の話し合いの場が出てきたんではないか、私はそのような認識を外務大臣としては持っております。 そういう中で、かつての日中も、日米安保条約は日中共同の敵であるということを社会党の浅沼委員長は言われたことがあります。しかし、日中の平和条約はできた。また歴史は変わったわけであります。日ソの関係も、かつての鳩山首相が行かれたときと今日とでは、もうソビエトの体制自身に大きな変化が出てきておりまして、私どもは昨年結ばれました日ソの平和条