田委員にお尋ねをしたいのですが、田法案の中に盛られている「政府が外国に対して行う資金協力及び技術協力」とは、いま政府委員が答弁されました中のどの部分までをカバーするのかということをひとつ明らかにしていただきたい。
田委員にお尋ねをしたいのですが、田法案の中に盛られている「政府が外国に対して行う資金協力及び技術協力」とは、いま政府委員が答弁されました中のどの部分までをカバーするのかということをひとつ明らかにしていただきたい。
それでは、民間と輸銀との協力したものも国会の承認がなければできないということですか。
いまの政府側の答弁の中で、輸銀と民間とジョイントしたものがありますね、それはどういうことになりますか。政府委員から。
いまの田法案の趣旨から言うと、民間のものも国会の一応承認がなければならないという結果にならないですか、どうですか。いまの田先生の御答弁によれば、全部国会の審議の対象になるんだということになると、日本と海外との技術援助あるいは経済援助、もう全部国会の承認がなければできないということになると、国会がいわゆる経済活動というか、民間の一つの経済機能に大きな干渉を行うということにならないでしょうか。
政府側のこの点に関する御意見、どうですか。
いま田委員がお話しになったことに関して、もう一回お尋ねを政府側にしたいのですが、田委員のお話では、工場は民間でいくのだ、これは輸銀を使いますね、民間の場合も。そこへ道路をつける、あるいは港湾設備を政府側が援助する、そういうパッケージで、結果的には一つのプロジェクトになって出ていくのじゃないか。その場合に、やはり民間もチェックするのだというふうな御意見のようにも私承ったのですが、これを切り離してやるということが、実際の経済協力を相手国と日本国の間でやる場合に、相手国がそういうやり方について、そんなにめんどうなことならもうこのプロジェクトはおれのところは要らないと言うようなことが起こる可能性があるのじゃないですか。
私どもいろんな国を歩いておりますけれども、経済援助を受ける相手国というのは、日本から比べると非常に生活水準の低い国、ただしこれからの経済発展を見込まれる国ではないかと思うのです。そういう国はおしなべて、全体主義であれ、軍国主義であれ、民主主義であれ、非常に政府の力の強い国がほとんどじゃないかと私はそういうふうに判断しています。これは人民民主主義の国でも政府の権力が非常に強大だ。あるいは新しい新興国家でも、政府、民族主義の指導者が非常に強い権限を持っている。そこへ経済が伸びていくというときには、民間ベースで先に工場を持ってこいということになっても、政府との結びつきが非常に強いわけですね。そこで、民間ベースでの海外における経済発展の中で
私も、自分の体験から申し上げるのではないですが、いろいろな国へ行ってみて各国の政府の指導者と会ってみると、先ほど申し上げたように、経済援助を受ける国はレベルが低い、日本と比べて。そこで、権力者というものが絶えずいるわけです。権力者が自分の国の発展のために日本からの経済援助を受ける、あるいはまた民間の企業の進出を認めるという場合は、もう権力者の独裁的な判断に近いことで決定されると、私はいろいろ歩いてみて感じているわけですね。それから後の手続が起こってくる。 こういう中で、相手国は、おれの国はこれだけスピードを出して決定をしてやっていくのだ、ところが日本の場合に、いまはいままでの法律の枠内で政府がそういうふうな経済協力をやる。これが
時間がないというお話でございますので、まだ突っ込んだ質問もさせていただきたいと考えておったんですが、一応調整上私の質問も大体終わらしていただきたいと思いますが、最後に一つお伺いをしておきたいことは、やはり田先生のおっしゃるように、政府資金というものは国民の血税である。それを一銭たりともむだ遣いをしてはならない。そのために国会での慎重な審議を経てそういうものは行うべきだ、この御意見は私も全く同感です。ただし、私の考えは、余りにもスクリーニングを厳しくすることによって、国全体が受けるであろう相手国からの好意、そういうものを目的にするわけじゃありませんけれども、実際は友好関係を増進させたい、そこでの悪影響がどの程度の歩どまりでとまるかとい
関連して。 現地の大使館、在外公館で働いている外交官の諸君の給与の支払いは、どの国の通貨で原則としていまやっていられますか。
いまその問題で在外公館でずっといろいろ意見を聞いてみると、インフレが非常に激しくて通貨の価値の変化が大きい。そういうときの現地の給与の支払い方法が少し改善してもらわないと現実の生活に合わないという意見が、私ども歩いてみた在外公館の意見として相当出ている、こういう問題、外務省は耳に入っておられるのかどうか。この問題についてどういうふうに、現実に生活しておる在外公館の官員に対する処遇を妥当なものにする御意見かどうか、この点はいかがですか。
どうもありがとうございました。
私は、自由民主党を代表いたしまして、ただいま議題となりました昭和五十年度一般会計予算外二件に対し賛成、修正案に反対の討論を行うものであります。 今日のわが国経済に求められる最大の課題は、申すまでもなく経済の異常事態を一日も早く収束させることであります。一昨年秋の石油危機を発端として、世界的規模の中での物価の高騰、不況、国際収支の悪化は、ついに二けたの物価上昇下で、経済がマイナス成長という戦後経済史にない厳しい局面を迎えたのであります。資源有限時代の到来は、高度成長から総需要抑制、さらに低成長への移行と省資源、省エネルギーの経済構造への軌道修正を余儀なくされ、いまこそわれわれは新しい環境に適応した長期的な安定路線を確立してインフレ
関連。 先般の国会でもこの問題でいろいろと政府にお尋ねをしたのですが、いまの総理の御答弁で、国民の心の中には日の丸は国の旗である、君が代は国の歌であるということがおよそ定着しているという御答弁があったと思います。 ただ、私がここでお尋ねをしたいと思うのは、この連日の国会の審議を通じて伺っておっても、やはり国というものの基本に関する問題、たとえば自衛隊の違憲の問題、この問題につきましても、裁判所で裁判官が自衛隊の存在が憲法の違反であるという判決をおろす。それに対して官房長官が、これは裁判所が行き過ぎている、こういうふうな批評を国民に与える。こういうことで、いわゆる日本が戦争に負けてからちょうど三十年たつわけでありますが、三十年
私は自由民主党を代表して、総理並びに関係閣僚にお尋ねをいたしたいと思います。 最近の日本の国情、政情というもの、こういうものを考えてまいりますときに、いまも野党の方方の御質問の中にあった政治家の金脈の問題、あるいは政治不信の問題、こういう問題は最近の雑誌によって一挙に噴出した。しかし、その前にも、ここ一両年、日本の国民感情というものを見てまいりますと、私はやはりいろいろな問題が潜在をしていたと思います。たとえば、物価高騰の問題、あるいはまた精神病者の激増の問題、あるいは核家族化の問題、あるいは自分の生んだ赤ん坊を捨てる事件が激増している、あるいはまたいわゆるエロ雑誌というものがどんどんと市販をされておる、あるいは爆弾事件、あるい
どうぞ、厚生省の人口問題研究所から……。
いま厚生省の人口問題研究所長からの御報告がありましたが、大体私どもの推測と同じであります。このままでさらに三千万人の人間をこの列島に上積みしていくと、しかも、いま三木内閣が国民の期待にこたえて社会的公正、富の分配、豊かな福祉、そういうものを国民に公約していくと、この増大する日本人に対する公正な分配とは一体どうなっていくのか、ここいらの問題は、今日石油の問題とかあるいは農産物の問題とかとは関係なく、一応数学的に計算をし、そうしていまの政府としては、将来の確実な予測ができるわけでありますから、この日本列島の人口をどの程度で制限するんだ、そういうふうなことをしないでこれからの行政もあらゆる配慮も机上の空論に終わるだろうというのが私の考え方
わが党の総裁に対してこういうことを申し上げるとはなはだ失礼かもわかりませんが、いま私どもの計算でやっていくと、夫婦二人が子供を一人にもし制限をしたとすると、昭和百年には六千六百二十九万人の日本の人口になるわけであります。二人にした場合に一億一千二百八十万人、三人にした場合には一億三千百十一万人、こういう数字が計算上はっきり厚生省、しかも日本の行政機関で出ておるわけであります。いまのままで野放しにすると一億四千万人になる。 私は自分の考え方から言うと、資源がだんだんと枯渇してきている、エネルギーの問題もたいへんな問題になってくる、農産物もたいへんだ、そういうこれからの未来の日本人のためには、ある程度現在の政府の責任者がやはりその人
農林大臣のお話で、食糧問題についてもまだ五十年先の見通しは全くつかない。ただはっきりしておることは、開発途上国、ことに南半球の国家における人口が爆発的に増大をしてくることは間違いない。これは世界的に認められている事実であります。その人たちが、いまですら一千万の人間が飢えているわけです。これがさらにふえてくるということになってきたときに、私どもだんだんと食生活が向上をして動物性たん白の摂取量がふえてくる。そういう中にあって食糧の確保、飼料の確保ということは容易なことでは果たされない時代がくる。こういう点について、きょうは総理から野放しで一億四千万までいってもそれはいいんだというお考えをお示しいただいたのですが、私はこの中で世界共通の課
それでは経済企画庁長官にお尋ねをしたいと思うのですが、こういうふうな人口の増加というものが、政府のほうからはっきりと昭和百年には一億四千三百万だと、もう三千三百万上のせするんだということがここではっきりと国民に向かって明示された以上は、これからのいわゆる社会公平を期するとか、あるいはいろんな住宅の問題、教育の問題等については、大きなやはりそれなりの考え方に立ってものを考えていかなくちゃならないだろうと思います。いままでの考え方は全部これが変わるのじゃなかろうか。そこらでひとつ、新しい考え方はまだ計算がされていないかもわかりませんけれども、物価の上昇を押えるような数値というようなこまかいことではなしに、マスな話でけっこうでありますから