PKOに関連いたしますところの日米協力ということで、確かに、輸送の面でアメリカがもしできることがあったら協力しましょうかという一般的な話があったことは、先生おっしゃるとおりです。 しかしながら、この点について具体的に事務的な話し合いがその後進められているということは、今日までのところではありません。
PKOに関連いたしますところの日米協力ということで、確かに、輸送の面でアメリカがもしできることがあったら協力しましょうかという一般的な話があったことは、先生おっしゃるとおりです。 しかしながら、この点について具体的に事務的な話し合いがその後進められているということは、今日までのところではありません。
先生御承知のとおり、アメリカと中国はそれぞれ安全保障理事会の常任のメンバーでございまして、PKOは基本的には安保理で大変な議論がされることは御承知のとおりで、そういう過程を通じて、一般論として、米中間でPKOの問題が話されるということは私たち承知しておりますけれども、具体的な事務的な交渉として、直接の米中のPKO協力関係というものが取り上げられているというふうには今の段階では承知していないということでございます。
お答え申し上げます。 まず、ポツダム宣言でございますけれども、この第十二項におきまして「全日本国軍隊ノ無条件降伏」ということが出てまいります。それからもう一つ、一九四五年の九月二日に署名されました日本の降伏文書の中にも「一切ノ日本国軍隊及日本国ノ支配下二在ル一切ノ軍隊ノ連合国二対スル無条件降伏ヲ布告ス」というふうにございます。 そういうことでございますので、文字どおり解しますと、日本国の軍隊に関する限りは無条件降伏をしたということが言えるのではないかというふうに考えられるわけでございますが、ただ一点だけつけ加えさせていただきますと、ポツダム宣言の第九項を見ますと「日本国軍隊ハ完全二武装ヲ解除セラレタル後各自ノ家庭二復帰シ平和
ただいまの先生の御見解に対しまして、私特に異論はございません。 先生が今引用されたのはポツダム宣言の第五項だと思いますけれども、「吾等ノ条件ハ左ノ如シ」ということで幾つかの条件が挙がっている、そういう意味では日本国軍隊を離れて日本国家として見た場合にはポツダム宣言には一定の条件があったではないかという御意見だと思いますが、それはそのとおりだと思います。 他方におきまして、この問題につきましてはいろんな説があることは先生御承知のとおりで、当時提示されたこれらの条件を日本国として修正、変更することができたような状況であっただろうかということになりますと、答えは恐らくノーであったという状況でございます。 そういう意味では、前段
東京裁判の評価につきましては、いろいろ国際法上の論点がございますことは、先生もこの点大変御専門でおられて十分御承知のことと思いますけれども、現実にはサンフランシスコ平和条約第十一条におきましてこの東京裁判というものを日本国としては受け入れているわけでございます。 これは先ほど申しましたように、そのことにつきましていろんな御意見、説がございますけれども、当時、日本国として独立を回復し、戦後の国際社会に復帰するためのサンフランシスコ平和条約としては、それはそれでやむを得なかった措置だった、こういうふうに考えざるを得ないというふうなことでございます。
先ほど私東京裁判をめぐりましてはいろんな御意見が存在しておるということを申し上げましたけれども、その中の御意見の一つとして次のような考え方があるわけでございます。 一つは、平和に対する罪により国際法上個人の刑事責任を問うという原則は、当時の国際法上の原則とはなっていなかった。したがって、かかる罪による個人の責任を問うたことは罪刑法定主義に反するのではないか。それからもう一つは、平和に対する罪がその後国際法上の犯罪として認められるようにたとえなったとしても、それによって当時戦争責任者を有罪としたことは事後法の禁止に反するのではないか。そういった非常に重要な問題点が指摘されておるということは十分承知しておる次第でございます。
平和に対する罪の問題につきまして、罪刑法定主義に反するという考え方は学者の先生方の本を読んでも多数説となっております。私たちもそういうものであったのではないかというふうに考えてもおかしくはないというふうに考えておる次第でございます。
先ほどこの東京裁判につきましていろいろな考え方があるということで御説明申し上げましたけれども、しかし先生御承知のとおり、先ほどからの繰り返しになりますけれども、平和条約第十一条の関係からして、日本政府といたしまして現在国と風との関係でこの問題を提起していくという立場にはない、東京裁判の結果につきましては日本国政府としては異議を唱える立場にはないということは、従来の政府を通じまして私たちずっと御説明申し上げてきた次第でございまして、例えば昭和六十三年四月十五日の参議院決算委員会の議事録で、板垣先生が当時の小渕官房長官に同趣旨の説明を求められ、小渕官房長官から同趣旨のお答えをしておる議事録がございますけれども、一貫して政府と政府との関係
先生御指摘のとおり、第二次大戦へのかかわり方、その終結の仕方等、ドイツと日本とは非常に違っておるところがございますので、今の論点に関連してドイツと日本を同列に論じるということは必ずしも適当ではないというふうに考えておる次第でございます。 いわゆる謝罪の問題につきましても、例えばよくワイツゼッカー大統領の一九八五年五月の発言が引用されます。これは戦後四十周年の機会にドイツの連邦議会で行った演説でございますけれども、ワイツゼッカー大統領はこの演説の中で、ヒトラーが行った行為に言及の上、過去の行為をドイツ史における誤りであると認め、過去に目を閉ざす者は現在にも盲目であるということを発言されたわけですが、主としてナチによりますところのユ
とっさのことでちょっと思い出しません。恐縮でございます。
この第十一条の、裁判を受諾しとございますが、そこでの英語はジャッジメントという言葉になっておるわけでございますけれども、ちなみにサンフランシスコ平和条約におきましては、第十七条におきましてもやはりジャッジメントという言葉がございますが、その二つとも日本語では裁判という文言を当ててある次第でございます。 東京裁判の中身との関連で御説明申し上げさせていただきますと、裁判長はその判決のところで、これから自分は、ジャッジメントを読み上げるというところから始めておるわけでして、そのジャッジメントといいますのは三つから成っておりまして、裁判所の設立及び審理、それから法、侵略、太平洋戦争、起訴状の訴因についての認定、それから判定、それから刑の
外務省の事務当局からまず事実関係について御説明させていただきたいと存じますけれども、八月十日の記者会見とそれから国会におきます所信表明演説との点につきましては、先般のたしか予算委員会だったと思いますけれども、細川総理御自身が、さきの所信表明も八月十日の記者会見もいずれも同様にさきの戦争についての基本的な私の認識、同一の認識をお示ししたものと御理解いただきたいと存じますと答弁いたしておるところでございます。 次に、先生が質問しておられますところの、侵略戦争とあるいは侵略行為という言葉がそれぞれ使われておるけれども、それでは法的にどういう関係にあるかというお尋ねだと思いますけれども、侵略と申しますのは、一般に他国に対しまする違法な武
今の先生のお尋ねは、いわゆる国際法におきまして事情変更の原則というふうに言われておることについての御質問と理解いたしますけれども、国際法上、事情変更の原則という考え方は確かに存在いたしておりまして、それは、条約の締結に当たって予見できたならば、その条約を締結しなかったと思われるほど重大な事情の変化が条約の締結後に生じた場合には、この変化によって重大な不利益を受ける当事国は、条約を終了させまたは条約から脱退できるという原則でございまして、どちらかといえば広く国際法学者の間でもこの考え方は多数説として考えられておるわけでございます。 ただ、この原則に合致する重大な事情の変化というものを何を基準として認定するかというような問題をめぐり
私の方から御説明させていただきますと、ただいまの大臣の御答弁で尽きていると思いますけれども、法と正義というものの定義あるいは意味に関しましては国際法上確立された解釈というものはないわけでございますけれども、北方領土にこれを当てはめて考えますと、法といった場合には他国の領土の不法占拠というものは許されないといったような一般国際法、それから日ソあるいは日ロ間の種々の二国間の条約関係、具体的な例を挙げますと、申し上げるまでもない一九五六年の日ソ共同宣言、あるいはサンフランシスコ平和条約におきますところの千島列島の放棄には四島は入っていないという法的あるいは歴史的な事実、それからまさに先生御指摘の領土不拡大の原則、そういったものが全部私たち
この点につきましては、御承知のとおり、日本が北方四島は日本固有の領土であって返還されなければならないという主張をする場合に、主として次の二つの点を主張しておるわけですが、第一点は先生が今おっしゃっておられる領土不拡大の原則というものが基本であると。それから第二に、先ほど申し上げましたけれども、過去の領土の帰属の歴史からしてクリル諸島と言った場合にそれは四島というものは入っていないんだという点でございまして、これらの点につきましては、過去の日ソ平和条約作業グループあるいはその他の機会に何度も繰り返し日本側として主張しておりまして、この考え方は先生も御承知の日ロ両外務省の共同で編さんされた資料集の序文をごらんいただきますとにじみ出てきて
ちょっと一点だけ。
大臣からの御答弁があると思いますけれども、この点まさに私は先生の結論のねらいはその点だなと推測しておったわけでございますが、千島列島をなぜ放棄したかという点につきましては、私は議論としては全くわからないわけではございませんけれども、この点は従来政府側から何度も御説明しておりますとおり、講和条約の当時の状況としてあのような、何と申しますか、代償という言葉を使われる方もございますし代価という言葉を使われる方もございますけれども、あのような犠牲を払わなければ国際社会に復帰することができなかったという当時の状況から見て千島列島の放棄はやむを得なかったということを政府は従来から申し上げてきているとおりでございます。
国際約束の形には、今、田先生自身おっしゃったとおり、例えば名前が条約とか協定とかあるいは議定書とかいろんなものがございます。口上書もその一つでございますが、純粋に法的な観点からは、法的な拘束度の差が名前の違いから出てくるというものではございません。
二国間の法的な約束事としては現在も生きておるわけでございます。しかしながら、御承知のとおり、日本側におきましても捜査は継続中でございまして、新しいことが出てきたらこれはまた見直す契機にもなり得るということも政府が従来から申し上げてきておることは十分先生御承知のとおりだと思います。
先生の御意見を承りましたけれども、あくまでも国際法的に見まして、このA規約及びB規約ともにこの規約が発効した以降の事態というものを対象としておりますので、今の第二次大戦中の事柄というのは対象にはならないというのが私たちの解釈でございます。