私は、大阪の外国語大学に大学院がつくられますので、ひとつそのことにつきましても御質問を申し上げたいと思っておったのですが、時間がまいりましたので、あとの質問を一応保留いたしまして、私の質問を終わります。
私は、大阪の外国語大学に大学院がつくられますので、ひとつそのことにつきましても御質問を申し上げたいと思っておったのですが、時間がまいりましたので、あとの質問を一応保留いたしまして、私の質問を終わります。
大臣も、会計検査院からも来られておるようでございまして、最初私は委託研究の、特に東大の都市工学科の四十七にのぼる委託研究が大学院生の手によってともかく明らかにせられた事実、それに対して文部省はわずか三件しか知らなかったということですね。これについては、何と申しますか、私どもは会計上にこれはあらわすべきである、こう思うのでありますが、大臣並びに会計検査院の御所見を承りたい。同時に、文部省がお知りになっておるその三つのテーマと金額をひとつお示し願いたいのです。
大臣ははっきりさせたいとおっしゃっておられるし、たちまちの問題として、会計検査院、こういうものが四十七テーマ出ているわけですね。あなた方は形の上にあらわれるとおっしゃいますけれども、これの受託をさした主体というものはお持ちじゃありませんか、ほとんどこれは公共事業体でしょう。いまおっしゃられた仙台と山形が出てきましたけれども、国土計画協会も出ておるし、東京都の水道局も出ておる、千葉県も出ておる、それから建設省からも杉本研究所に出ております。荒川水系の汚濁予測とかいうものが出ておるのです。あるいは首都圏整備委員会から首都圏についてというテーマで出しておるのです。そうすると、あなた方は、これはもう四十一年、四十二年にやられたものですから、
会計検査院としても、ともかくいままで怠慢だったと言わざるを得ないと思うのです。たとえば、こちらの建設省とか首都圏整備委員会が委託しているのですよ。しかも、決算を拝見いたしますと、委託研究費といって決算の中に載っておるのがありますね。東大の医学部でございますと六千万円ある。これは私は経理の上ではっきりすればいいと思うのです。うやむやに済ませておるから、会計法上に疑義があるのではないか。もちろんいま、会計検査院のお立場にすれば、なかなか調べがつきにくいということもありましょうけれども、しかし、こういうような公の機関が出したものは、少なくとも会計検査院というのはわからなければならぬでしょう。まあ個人が出したのも、企業が出した委託研究にいた
最後に、文部大臣、たまたまあなたに言ったこの四十七のテーマについて、文部省として報告を求め、そして明らかにしていただきたいと思うのです。と同時に、私ももう少し勉強さしていただいて、この委託研究の関係につきましては、後日もう一度質問したいと思いますが、文部大臣の、私がいま要求いたしましたことについて御答弁をお願いしたいと思います。
私は、ただいま関連質問を承っておりまして、局長の御発言に実は重大なる誤りがあると思うのです。大学病院の中において研究のために治療をすることもあり得るというお話があった。これはゆゆしき事柄なんです。と申しますのは、医者が治療をする場合、診療に当たる場合は、まず人間の、人体の尊厳ということに目ざめて、人間の尊重、生命尊重ということが中心になってものごとは、あらゆる治療は行なわれなければならないのです。そうしてその上に立って、自分自身の最高の医学知識というものを治療に及ぼさなければならぬ。その間に性別により、あるいは思想により、あるいは人種等々の差別があってはならないのです。経済的な理由によっても差別すべきじゃないのです。これが医者のモラ
私が申しますのは、大学病院内においては患者を研究の対象にしてはいかぬということです。これは絶対にあり得ないことなんです。医のモラルからいいますと、これはあってはならない事柄です。局長のお話によれば、それはやってもかまわぬがごとき指導、助言をする、大学学術局長が言うから、これは重大な問題になる。あくまでも、先ほども申しましたように、医の倫理からいって人間を相手にしての、人間の生命というものを対象にするのが医学でございます。あくまでも生命の尊厳ということを中心に置いて、そして診療に当たらなければならない。これが研究の具に供せられるということになったら、たまったもんじゃありません。局長の言は、ひとつその点……。
大臣、研究というのは新しい独創的なものがなければいかぬと思うのです。あなたは心臓手術を例にとられましたから、私も心臓手術で申しましょう。南アフリカで初めて心臓の移植が行なわれた際に、新しい独創的なものは何かといいましたならば、死の判定を脳波でするというだけの判断です。あとのことは全部解決済みのことなんです、専門的になると。そこで問題になるのは、一体脳波によって死の判定ができるかできないかというところにいま論議があるわけです。ここの点については、もう臓器移植のほうで学者、先生方が一生懸命勉強されておりますから言いませんけれども、実例としては、脳波は一時停止はしてもまだ生き返ることがあるんだというデータも出ているんです。心臓移植などとい
これは私、一般の大学のことでやろうとは思っておりましたけれども、たまたま研究のために、大学が多少研究の意味合いを持った治療をやってよろしいがごとき局長の御発言があったように私は承る。その点はひとつ取り消していただきたいと思います。
ちょっと横道にそれましたが、ただいま明らかになったところによりますと、会計検査院にもお聞きいただきたいと思うのですが、受託研究ということを私が出したのは、たまたま東大のあの膨大な機構の中のしかも工学部の中の一学科にしかすぎない都市工学科という一つのところで起こったのがすでに四十七件ある。大臣、あなたは大学問題では国会議員中一番よく勉強しておられる方だということで週刊誌にも書かれておったのですが、あなたは東大のパンフをお読みになりましたか、どうでございます。去年の四月九日にこのパンフレットを出して、おるのですよ。会計検査院も去年の十月にやられたといいますが、去年の四月の九日に出したパンフです。こういうパンフレットは文部省なり会計検査院
大臣のお考え方、私はある程度わかります。しかしあなたは、大学の自治は学部自治におちいっておる、これもそのとおりです。しかし学部自治、これも身動きならないのは講座自治なんです。しかも講座の主任が天皇制をしいておる、びしっと縦の階級制の線をしいておるところに、今度の紛争の大きい原因があるのです。あなたもそこまでは——学部自治まではあなたは批判されるが、その下のところを掘り下げることを怠っておると思うのです。むしろ私は下のほうが、講座制度あるいは学科制度の中における矛盾というものをあなたはお気づきになってもっとお調べになっていただく、むしろここが戦いの原点でございます。これは大学一般でまた次の機会に質問してみたいと思っていたところでござい
それは修士課程ですか、博士課程ですか。
大学院の設置基準というのを拝見しますと、非常におもしろいんですね。私も自然科学に少し頭を突っ込んだ者でございますけれども、これを見てみますと、「大学院の目的」は「大学院は、学術の理論及び応用を教授研究し、その深奥を究めて文化の進展に寄与することを目的とする。」文化の深奥をどうやって教授するのですか。大臣、どうです。そして、教える人がいま一体日本におるか。研究することはできるけれども、これは教えることができますか、どうです。
それはそれにしましても、「大学院の構成」の三番目の項ですが、「博士課程は、独創的研究によって、従来の学術水準に新しい知見を加え、」る。新しい独創的研究が五年やそこらでできるかということです。実際問題としてオリジナリティのあるものが——私は人に言うのだけれども、ノミにはきんたまがあるというのはこれは新しい研究知見かもしれませんが、独創的な研究を教授し、しかも単位を五十単位とった上で「独創的研究に基づく学位論文」、これはまさにナンセンスに近いようなことを書いているじゃありませんか。
大臣、これはずっとお読みになりましたか。大学院設置基準というのは、これは頭の老化現象を来たした人が書いたような基準ですよ。大学設置審議会というのはどんなメンバーがなっているのですか。
私はこれを見まして、この大学院設置基準というのを拝見いたしまして、昔の明治の生まれの方々が書いたような文章だなという感を深くしたのです。これは民間の大学基準協会というのがあって、それから半数と、学識経験者が半数でございますか。 実は文部大臣、こういうことがあったのです。徳島大学は兒玉さんといいまして、これは世界的な生化学者が学長をやっておりました。それで栄養学科というのをつくりまして、その教授に実は三十二、三の若い優秀な方と思いますが、国際基督教大学を出てカリフォルニア大学を出て、そしてフィリピンに学会から派遣せられるような方だった。そうしますというと、ここに大学院をつくろうというときにひっかかりました。というのは既成の栄養学科
それはひとつ名簿を出していただきたいと思うのです。といいますのは、お話聞いてみますと、大学の学長クラスといいますと、これは文化財のような方々ですね。まあ中教審も文化財みたいな人ばかりがおりますけれども、江田さんじゃないですが、それよりまだこれは古そうですな。 それで先ほどもお話があったのですが、大阪大学で人間科学科というのをつくろうとしたときに、これはおかしいということで、この大学基準協会から、名前をかえられたそうですね。しかし人間工学ということはもう世界に一つの新しい学問分野の中に入っておりますから、そういうことが認められぬような古い頭の方々は御遠慮願ったほうがいいじゃないですか、大臣どうです。
人間科学という学科が社会学部に直されたのでしょう。そうでしょう。そこらあたりまで、ともかく坂田さん、あなたならわかるのだけれども、専門家がわからないのですな。動脈硬化を起こし、脳細胞硬化症を起こしておる連中にこういうようなことをやらしておったのでは、日本の学術水準というのは落ちますよ。それで、片一方どうかといいますと、裁縫学校に毛のはえたようなものを短大に認め、また四年制大学に認めていっている。私立の場合、そういうようなのがたくさんあります。ここらはひとつもう少し新しい感覚をもってこれに対処していただきたいと思います。もう私はあまり質問いたすつもりありませんけれども、ともかく大臣も盛んにおっしゃられた世界進歩のスピードというものは非
先ほど医の、医者としての倫理観が問題になったのです。特に大学病院において患者を研究の対象にしていいかどうかということが問題になりました。私は医のモラルからいって絶対やるべきじゃない、そういうものをやっておる病院があるとするならば、それは間違ったモラルのもとに行なわれておる。特に医学教育において医の倫理というのを教えるところがないのですね、大臣。私は医局の中において幸い恵まれた教授に頭からたたき込まれましたから、この点は利ら持っておりますけれども、教授におかしいのがおれば、ずっと下まで縦の系列にずぼっと入れば、網を張ったようになりますから、人命の尊厳ということに対する認識が非常に薄くなって、疾病というものを中心にものごとを見がちになる
そこで問題になりますのは、あくまでもこの治療に当たっておる自己が持つ、医者が持つ最高の医学知識を患者の治療に施す。その間に差別があってはならないし、経済的な差別もあってはならないと私は思うのです。あなたのおっしゃるように、安全性が十分に確かめられたというならば、これはもはや何と申しますか、それは治療効果というものは十分出ておるのでございます。確認されたわけでございますから、研究という名に値しないと思うが、どうでございますか。