それじゃ、総理に聞きますが、そんなにごっちゃな答弁をしてもらっては困る。(笑声)それでは、価格差補給金というものは税金と違うのですか。税金でしょう。理屈はどうあろうと、これは税金でしょう。
それじゃ、総理に聞きますが、そんなにごっちゃな答弁をしてもらっては困る。(笑声)それでは、価格差補給金というものは税金と違うのですか。税金でしょう。理屈はどうあろうと、これは税金でしょう。
安く売ったということは私も認めます。しかし、あなたが言われたように、百円のものを八十円で売った。売ったために日本の農民は石当り千円当時は安く供出させられたのですよ。それは認められると思う。 それでは、大蔵当局にお伺いしますが、昭和二十四年度の国民の租税負担率は幾らでしたか。
国民ですから、国税、地方税合わせてお聞きいたします。
わからないなら、そこに資料がありますよ。
何といっても総理が一番詳しいんだ。だから、おっしゃって下さい。二八%となっておりますか。今日の二二%でも高過ぎると言っておる。もちろんあのときは困難な時期であったけれども、二八%になっておるはずです。どうですか、違いますか。
世界に例のないようなむちゃなことをなさろうとするから聞いているのですよ。二八%はとんでもない負担率ですよ。あなたがやめられようとしたのか、なさったのか知りませんけれども、カヤの木三本に所得税をかけたのは当時ですよ。あなたはいつか、私がやめようとしたとおっしゃったけれども、それはあなたが課税されようとしたかどうかわかりません。所得税の納税人員も二十四年度には一挙に二千百万人にふえているのですよ。倍になっているのですよ。それほど国民に重税をかけて安く売った。だから、国民の立場に立てば二重払いですよ。それには国民の税金が入っているのです。しかも、その四百億円というものまで入っておる。だから、私が申し上げておるのも、——総理も今お忙しいよう
高い税金の上に、さらに二十四年度は二八%もの国民の負担が高まったということ、それほど高い税金を払って価格差補給金で安く売ったということですから、何としてもこれは国民の税金が入っている。これは間違いございません。しかし、総理は今非常に忙しいようですから、暫時お出になってよろしゅうございます。私、お待ちしておりますから。
続いてお伺いをいたしますが、大蔵省の事務当局でけっこうです。終戦処理費は全部で幾らになりまましたか。何ドルで、当時の換算では何千億円になっておりましたか。
重ねて当局にお伺いしますが、昭和二十七年度の安全保障諸費は幾らあってどういうものに使われましたか。
何に使いましたか。
調達庁長官にお尋ねしますが、その二十七年、条約の発効した当時のアメリカ軍の基地は何カ所でございましたか。 〔委員長退席、福田(篤)委員長代理着席〕
これはどこの当局に伺うのが正しいのかわかりませんが、終戦直後に、占領軍総司令部の指令によっていわゆる二万戸住宅建設の際に、二万戸建設というものすごい日本の負担があって問題になったときに、二万戸のうち千五百七十八戸かの分は日本の資材を朝鮮に持っていって建設しておるのであります。これは調達庁で編さんされた占領軍調達史の中にはっきり書いてあるのですが、その金はどこに入りましたか。どうなりましたか。詳しく申しましょう。千五百八十二戸の分が一九四六年五月から一九四七年二月までに建てられておる。この資材は日本から持ち出されておるのですよ。その代金はどうなっておりますか。
そういう答弁でようございますか。どうですか、委員長は。私の役所は昭和二十二年から発足しましたからその前のものは知りません、それでいいのですか。外務大臣、お願いします。
アメリカ局長、それは間違いございませんか。
あなたは昭和二十四年、二十五年の二千戸建設の分と間違った答弁じゃございませんか。私が聞いておるのは二万戸建設の一部ですよ。
それでは、それはどこに引いてありますか、その引いた分は資料を出して下さい。
こんなことに長くかかりたくないのですが、何ページですか。
珍しい明快な答弁でございました。 次に、調達庁にお伺いをいたします。あなたは先刻飛行場六十を含んで占領軍末期のアメリカの基地は二千何百カ所とかお答えになりました。その多くの部分を、今度は五百六十億円の日本の費用で、安全保障諸費で、移転その他の費用に出さねばならなかった。そうしますと、その二千何百の基地というものは、占領が済んでも移転しなくてはならぬほどの必要なもの、占領が済んでも、平和条約が結ばれてもなお移転しなければならない必要な基地ということは、これは占領の目的とは違うんですね。その点をはっきりおっしゃっていただきたい。
そこで、私がお伺いしておるのは、占領目的が終わって平和条約が結ばれてからでも、なおそういう基地が日本国内に必要であるという、そういう基地は日本の占領目的、ポツダム宣言による占領目的と違いはせぬかと私は聞いている。いま一ぺん念を押しますよ。日本が昭和二十七年に五百六十億円という莫大な安全保障諸費を出して、アメリカの基地を都会周辺からほかの方に移転させるための費用その他に充てた。そういう基地は、大体ならもう占領目的が済んだのですから必要でないものが、なお必要であるというのは、それはポツダム宣言に言う占領目的とは違うんじゃないかと聞いておるんですよ。調達庁長官に私ははっきり言うておきますよ。私は質問を流して聞いておりますから、お答えができ
それでは、引き続きアメリカ軍が必要であるものは、これは占領目的とは違うわけですね。違うわけですよ。これはもうはっきりするわけです。 そこで、お伺いするのは、二十五年ころ、日本にある占領軍の基地というものの工事建設その他は大体済んだのですよ。それが二十五年の朝鮮動乱から一躍またふえた。ふえた数量その他は全部この記録に書いてある。あなたの方の占領軍調達史に書いてある。その朝鮮動乱に要したものを、アメリカ軍がいろいろな批判があって百八十三億円を戻されたことは私は承知しております。しかし、朝鮮動乱前後からどんどん拡張された飛行場・軍事基地の拡張費というものは戻っていないのですよ。もう占領目的ではない。アメリカの別の目的によって飛行場その