次に、茂木外務副大臣。
次に、茂木外務副大臣。
次に、矢野外務副大臣。
次に、大村内閣府大臣政務官、新藤外務大臣政務官、土屋外務大臣政務官及び日出外務大臣政務官から、それぞれ発言を求められておりますので、順次これを許します。まず、大村内閣府大臣政務官。
次に、新藤外務大臣政務官。
次に、土屋外務大臣政務官。
次に、日出外務大臣政務官。
次回は、来る二十五日月曜日午後零時五十分理事会、午後一時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時十二分散会
この際、一言ごあいさつ申し上げます。 ただいま委員各位の御推挙によりまして、委員長の重責を担うことになりました。 沖縄問題に関しましては、沖縄が本土に復帰して三十年という節目を経過し、この間、各般の施策が推進されてきたところであります。さきの国会では沖縄振興特別措置法案が成立し、新たな沖縄振興計画が策定されましたが、なお解決を要する多くの課題を抱えております。中でも、米軍基地の問題は重要な課題の一つであります。 また、北方問題に関しましては、長年にわたる全国民の悲願である北方領土返還の実現という大きな問題があります。その解決のためには、これまで以上に国民世論を広げていくことが重要であります。 このような状況のもと、当
これより理事の互選を行います。
ただいまの荒井聰君の動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
御異議なしと認めます。よって、委員長は、理事に 金田 英行君 佐藤 静雄君 西野あきら君 吉川 貴盛君 荒井 聰君 武正 公一君 白保 台一君 山田 正彦君 以上八名の方々を指名いたします。 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。 午後零時二十二分散会
私、尾身大臣、ことし復帰三十年を迎えて、本当に感慨深いものを覚えております。私、昭和十九年四月に旧制中学に入学をいたしまして、一学期は勉強いたしました。しかし、二学期からは、飛行場の建設や高射砲陣地の作業、防空ごうを掘ったり、もう月曜日から土曜日まで毎日その作業ばかり。そして、二十年に米軍が上陸して六月の二十三日に沖縄戦が終わったわけです。 そして、私、復帰の昭和四十七年五月十四日、当時、那覇市会議員をしておりましたので、琉球政府、そして各市町村の条例を、昭和四十七年五月十四日の深夜から十五日の零時にかけて、日にちが変わると同時に条例改正をするということで、十四日の晩から十五日の朝までぶっ続けで議会をしたのであります。そういう状
今大臣がおっしゃったように、自然的な条件から来る特殊性というのも確かにあります。しかし、その大半は、やはり米軍が上陸をして地上戦が行われ、そして二十七年間の占領当時の中で米軍が勝手気ままに基地をつくり、そして今もその状態が続いている、沖縄の振興開発を阻害している大きな原因になっているというのがこの特殊性の最大なものではないか、私はこのように思っているところでございます。 今日まで三次にわたる施策で、戦中戦後あるいは米軍占領当時の中で発生した戦後処理問題、あるいは社会資本整備の問題は、非常に大きく進展をしてきたというふうに思っておりますが、いろいろと御議論を聞いておりますと、公共工事が余り意味をなしていないというような感じの議論も
私は、さっきお話ししましたように、全部一律に土地代を払っていないとは言っていません。例えば読谷あたりは、私は払われていると思います。そして、戦後、米国民政府が土地調査をやれと言ったときに、米軍が使う必要のない西原飛行場、豊見城飛行場、これは所有権を認めているのですよ、同じ時期に軍が接収して。そして、浦添、今浦添市ですけれども浦添村だった、そこにキャンプ・キンザーというところ、そこには仲西飛行場というのがあったんです。そこも絶対売っていないといって、アメリカ民政府と裁判をして勝ったんです。泣き寝入りした人たちの土地が今の状態になっているわけです。 だから、私は、昭和四十七年五月十五日に国有地として登録されたということは、これはもう
今度新法をつくるということが閣議決定されて、いよいよその審議が始まったことについて、稲嶺沖縄県知事はこのような期待を述べられております、二十一世紀初頭の沖縄像はこうあるべきだと。 まず第一に、これからの沖縄県は、世界の人々が集い、世界の平和と繁栄のために会議や交流が行われるコンベンションアイランドにすべきだ。そして、二点目には、沖縄に世界の人々が集まるために、多様な交通や通信のネットワークで世界と沖縄がつながる国際的観光やビジネスが集積する拠点のメディアアイランドにしたい。三点目は、沖縄の温暖な気候やすぐれた歴史文化遺産や自然環境の中で、沖縄県が長寿日本一という健康長寿の島の条件を生かして、人々が健康で快適に生きるために沖縄に集
情報通信分野におけるこれからの取り組みについてでありますけれども、今私が申し上げましたように、いろいろな条件からいたしまして、非常に可能性の高い、希望の持てる産業であるということでございますので、この点についてはぜひ積極的にひとつ取り組んでいただきたい、こういうことを申し上げたいと思います。 先ほどもこういう資料を申し上げましたけれども、この四、五年間で、相当な電気通信関係の企業が沖縄に来て、非常に活発に営業活動をしているという状況でございます。その中で、地元に携帯電話会社があるんですが、これは平成三年にできて、ざっと十年ということでございます。 沖縄は全国面積の比率では〇・六%、人口比率では一%という、非常にシェアの狭い地
今、鍋倉さんの御説明を聞いて、皆さんもそのような方向で検討していらっしゃるということでございますので、ぜひその指定を受けるようなことのないように、ひとつ配慮していただきたいと思います。 そこで、尾身大臣もいろいろと知事などから陳情を受けられたと思いますけれども、その点についての御所見を承りたいと思います。
どうもありがとうございました。大変力強い御答弁をいただいて、心強く思っているところでございます。今からこの情報通信産業を育てていこうという状況の中で、こういうことがあってはならないという立場で私は御質問をしたわけでございますので、どうぞひとつよろしくお願いをいたしたいと思います。 時間がありませんので最後になりますけれども、沖縄の米軍提供施設の借料についてどうも誤解するような感じでありますので、その点について私はぜひわかっていただきたいということをお話し申し上げたいと思います。 沖縄の米軍基地は、何も安保条約に基づいて貸したものじゃないんです。米軍が上陸して、もうとにかく勝手気ままに土地を取り上げて、基地をつくった。それは、
私は、自由民主党の仲村正治でございます。 参考人の先生方には、大変御多忙の中、本日は、沖縄及び北方問題に関する特別委員会に御出席をいただき、現在審議中の沖縄振興特別措置法に関する貴重な御意見をお述べいただきまして、私たち議員が今後の審議に当たって大変参考になるところが極めて大でございました。皆様方の御意見に対して心から厚く御礼を申し上げたい、このように思っております。 これから若干の質問をさせていただきますが、私に与えられた時間はわずか十分でございますので、私は眞榮城守定参考人に質問をさせていただきたいと思います。 沖縄県からの要請に基づいて、平成十一年十二月二十八日に、現行の沖縄振興開発特別措置法の後に沖縄振興新法を制
今、私が稲嶺知事の考え方として申し上げましたコンベンションアイランド、いわゆる国際交流の拠点形成、次に情報通信特区にするためのメディアアイランド構想、あるいはまた健康保養基地としてのウエルネスアイランド、これはまさに本法案の中核をなすものである、私はこのように考えているわけであります。 その中で一つ、五、六年来、沖縄に情報通信の産業が非常に急激に発達をしてまいりました。これはTAOなどが中心になって進めてきた仕事でありますけれども、地理的な位置からしても非常に有望な仕事だと思っております。そういう状況の中で、沖縄県がアジア太平洋地域の中心に位置する優位点を生かして、二十一世紀における情報通信産業の集積地としての特区構想が挙げられ