ちょっと参考人の立場からはなかなか答えにくい、極めて価値観にかかわるところですから、私からお答えしたいと思いますが、特定の家族観について、これが正しいとか正しくないということを想定しているということは、私は適当なことじゃないと思います。 ただ、法治国家でありますから、現在日本の国会が国民の総意としてつくっている方向性のもとでの家族というものはこういうものであるということは教えなければならないと思います。
ちょっと参考人の立場からはなかなか答えにくい、極めて価値観にかかわるところですから、私からお答えしたいと思いますが、特定の家族観について、これが正しいとか正しくないということを想定しているということは、私は適当なことじゃないと思います。 ただ、法治国家でありますから、現在日本の国会が国民の総意としてつくっている方向性のもとでの家族というものはこういうものであるということは教えなければならないと思います。
いただきたいとは一言も申し上げておりません。 日本の民法が想定している家族というものはこういう方向性になっているという事実は教えなければならないと申し上げているんです。
全くそうならないと思いますよ。法律がそういうことを想定しているということは明確に申し上げなければ、だって、法律というのは国会が決めている日本のルールなんでしょう。それはこういうものであるということは言いましょう。しかし、それがいいとか悪いとか、それはおのおのの方々の判断なんじゃないんですか。おのおのの方々の判断について、どちらが正しいとか正しくないということを教えるということは想定していないということを申し上げているんです。
非常に本質的な、大切な、まずみんなで確認しておかなければならないところからの御質問だと思います。 どの国も、領土とそこにいる人間とで成り立っておりますので、その人間がしっかりしていなければ、今おっしゃった現象面での失敗はいろいろ出てきます。ですから、その現象面の失敗にモグラたたきのようなことをやっていくということも大切なんだけれども、主役が人間であり国民である限りは、国民のどこに欠陥があるんだということをはっきりとただしていかねばなりません。それは、随分と私は時間がかかることだと思いますが、とりあえず、学校現場をどう直していくのかということと、どのような人間を長い時間をかけてつくっていくのかという二つの観点が必要だろうと思います
教員の資質あるいは知識、技能という言葉をよく使いますけれども、まず、免許法を出した最大のポイントは、やはり、十年ごとに、刻々と変わる客観情勢の中で生徒に教えるべき最新の知識をきちっとマスターしていただく、これは知識ですね、同時に、生徒を把握して、そしてその生徒に教え込む技術、技能ですね、これが両々相まって教師の資質というものになりますから、これをしっかりと身につけていただく。 幾ら知識ばかりあっても、生徒を把握できない人はだめですし、生徒に人気があっても、教える内容がわかっていない先生じゃ困るわけですから、その辺のバランスがとれた教師像が理想だと思います。
今、筆頭理事から、前段の提案にもお答えしてという不規則発言がございましたが、確かにいい御提案だと思います。授業のスケジュールその他がありますから、それを見ながら人のやりくりはしなければならないと思いますが、しかし同時に、人間、随所に師があり、こうしてとかしき先生のお話を伺っている中にも私は足らざるものを教えていただいている、こういう気持ちを持ってやはりやるということだと思います。 そこで、本題についてお答えをいたしたいと思いますが、先般の教育基本法の改正の第一条では、人格の完成と国家社会の形成者としての心身ともに健康な国民の育成というのを教育の目的に置いております。この目的を受けて、第二条に目標として、幅広い知識と教養、豊かな情
まず、やはり、生徒を教えるわけですから、生徒を把握する力、そして生徒から信頼を受ける雰囲気というのでしょうか、こういうものが何より大切だと思います。その上で、刻々と変わってくる客観情勢の中で、最新の教える知識をやはり持っておられる。ですから、知識と技能、この両方が相まって資質ということになると思います。 職務に対する使命感、愛情、それから教職に対する強い情熱、言ってしまえば当たり前のことなんですけれども、当たり前のことをやるのが人間は一番難しいんですよね。ですから、それを常に持ち続けていただけるように、研修機会もつくりたいし、また、先生に対する社会的評価、あるいは、御努力なすっていることに対する我々のそれを理解しているということ
教員の資質あるいは先生方の情熱等については、むしろ、先生御自身が教育現場の指導者でおられますから、一番実感をしておられると思いますけれども、今は、我々を取り巻いている環境が変わっていくスピードが昔と比べてとても速いですよ。ですから、そういう環境の中でこれから育っていく児童生徒に教える最新の知識を持ってもらう、そして同時に、先ほど申し上げたように、教師としての指導力というか人間力というものにもう一度磨きをかけていただく、いろいろな成功事例を参考にしていただく、これが三十時間の研修の内容になると思います。 研修を受けることも大切なんですけれども、同時に、研修を受けることによって、新たに教師自身の心の中にわいてくる自信ですね、これをも
まず先生、この制度は、私が大臣になりまして、総理も御出席になりまして表彰いたしましたけれども、それまではこういう制度はなかったんです。この制度をやるべきだと発案されたのは、実は、私じゃなくて、こちらにおられる小坂大臣なんですよ。私はもう、小坂大臣の決めていただいたことは非常にいいことだと思いまして、それでやったわけです。 知事部局と全国の教育委員会に優秀な方をお願いしたんですが、結果的に、出てきた数字がそういうことだということなんです。ですから、やはり私は、知事部局には、単に私学助成を配分するだけではなくて、教育の内容についてかなり深く見る人を、総理の御指示があったように、地方自治体にも配置をしていただいて、私学からも積極的に推
先生が今おっしゃったとおりだと思います。 民主党案にもありますように、養成段階でどうするかということももちろん大切ですし、採用した後、一年間の試験任用期間というもので足りるのかどうなのか、これをまた長くすると身分が不安定だという批判が一方にあります。常に長所と短所を見ながらやっていかねばなりませんし、もっと、漠然としたことを言って申しわけないんですが、やはり社会の中のエリートと言われる人が教師の職を求めるというぐらいの社会的な評価と報酬ができれば一番これはいいわけでして、そういうことを少しずつ行政面で補っていこうというのが今回の研修制度で、必ずしもそれだけで十分だということは考えておりませんし、先生のおっしゃったような、資質を持
最終的に各学校にどのような形でこれを配置していくかというのは、各教育委員会の、先ほど来先生がおっしゃった、まさに地方教育自治の中でなされるべきことだと思いますが、御承知のように、今、校長、教頭というのは確立した職としてあるわけですが、それ以外の先生は、職員室へ入るとみんな一緒だという雰囲気ですよね。ところが、一般社会、会社なんかだと、同じ平でも先輩後輩というのがあって、先輩は、いろいろ教えてくれる、そのかわり、飲みに行くと金を払わなくちゃいけないとか、いろいろなことがあるわけですね。そういう中で、まず若い先生方にいろいろなことを指導いただける立場を学校教育法上明確にしておきたいということが一つですね。 それから同時に、教科をお持
おのおのの職の想定しております内容については今参考人がお話をしたとおりでございますけれども、一応、この法律が国会で議了をいただけますれば、今参考人が申しましたことも含めて、ガイドラインのようなものをお示ししたいと思っております。 同時に、この職について給与をどういうふうにするかということは、これは非常にやはり大切なポイントなので、予算編成が伴いますから、そのことも念頭に置いて、そして、我々だけではこれは決められませんので、我々は三分の一のお金しか持っておりませんから、総務大臣とも御協議しなければなりません。 そういうことを考えて、各教育委員会に我々の考えをお示しして、あとは教育委員会の自主的判断にまちたいと思っております。
学校評価を公表した結果、その公表された評価を見て、学校に対して何を期待し、そして学校がどのように動いていくかというところが機能しないと、結果的に、公表を促しても意味がないわけですから、地域の方々の、公明党さんがよくおっしゃる地域との連携ということを考えて、去年の三月ですか、学校評価ガイドラインというものを策定して、学校便りやホームページの活用などによる自己評価結果の公表を促すということをやってきたわけですが、今回の改正案では、御承知のように、四十二条で、実施をする、四十三条では、保護者等に積極的に提供するということを、これは促し規定ですが、書いております。 すべての学校が自己評価を実施することによって、学校自身がまたその批判ある
どこまで含むかについては、これは予算上の問題もありますし、ともかくまず自己評価、それから地域の皆さん、保護者を入れた評価、これはまず最小限やっていただきたいと私は思っております。 第三者評価につきましては、昨年は試行的に文部科学省がああいうことをやりましたが、これはやはり評価の内容をどうするかということをよほど慎重に考えないと、不当な支配という言葉もありますし、教育の国家管理ということも言われております。ですから、将来的には、できれば、政府がもちろん評価をしなければならないんですが、文部科学省から独立をした第三者的な八条機関のようなものができて評価が行われるということが私は一番望ましいんじゃないかなという気はします。 しかし
今の御質問の趣旨は、教師に対する評価というか、一般的な、社会的な雰囲気のようなものについてどう考えるかということだと御理解して、お答えをしたいと思います。 再三申し上げておりますように、社会状況が非常に変わったので、今の先生は、かつての先生に比べて期待されていることが多くなり過ぎていると私は思います。 それは、まず、家庭でなすべきことが、御承知のように核家族化と共働きということで、現実的にはほとんど機能ができなくなってきている部分があって、その部分を実は学校に期待をしておられる御父兄がかなり多い。それから同時に、そのことから必然的に起こってくる地域社会の崩壊のような問題の中で、地域がかつて果たしていた役割もまた果たせなくなり
参考人招致をしていただいた後、各参考人の意見陳述を私もずっと読ませていただきましたけれども、各参考人のおっしゃっているのは、やはり、生徒に向き合える時間をとるためには、この職を置くということに反対の意見はなかったんじゃないかというふうに、参考人の御意見は私は読ませていただきました。 しかし同時に、全体として人をふやした方がいいことは、それは確かです。その前提として、やはり納税者の理解をとらねばなりませんので、学校現場でしっかりとした授業が行われ、御父兄が満足をしておられる教師が存在している、その先生方においてすら多忙で大変だという状況をまず納税者に示さないといけないでしょう、それは。 ですから、そのために教員免許の法案だとか
これは先生、質問する立場によっていろいろな質問の角度があると思うんですよ。それは学校によって、学校の大きさ、規模、いろいろあります。ですから、今度はこういうふうにするんだと政府参考人が決めますと、学校の規模等によって違うじゃないか、地方の教育の自主権はどうなるんだという攻め方もまたできるんですよ。 ですから、今非常に苦労しながら答えているのは、学校の大きさ、地方の特殊性、いろいろありますから、余りこちらが画一的な方向性を出すというのはやはりどうかなという気持ちが一方にはあるんです。しかし、大体この程度の規模の学校であればこういう形が望ましい、こういうふうにすることが理想であるというようなことは、きちっと指示というか、指示という言
私も地元の学校や教育委員会と時々話をしたりしますが、やはり教育長のやり方、あるいは校長先生の資質によって随分と違うと思います。これはもう政党の総裁や党首によって政党の評価が違ってくるのとよく似たことですからね。ですから、校長先生、教頭先生の研修あるいは資質の向上についてはいろいろな自主的な取り組みがあって、また文部科学省もそれをバックアップしております、必要であれば参考人から詳細を御報告させますが。 いずれにしろ、その校長先生が職員室の中で孤立をしないように守ってあげないといけないわけでして、やはり校長先生の意思、校長先生の経営力に従って学校が動いていくんだという組織体でなければなりませんから、そこのところはやはり教育委員会がし
先ほど、御党の提案者である藤村先生は、政府が考えている理想の教師像などというものは本来あってはならない、だけれども一般論として言えばというお答えをされましたね。だから、一般論として私もお答えをしたいと思いますけれども、それは、端的に言えば、親が、保護者が安心して児童生徒を預けられる学校である、そして地域の社会教育についても信頼を受けて中心になるべき学校である、それが本来の学校の理想像だと思います。 それを実現するためには、校長先生の指導力の必要性もあるでしょう、それから、もちろん地域がどのように協力するかということもあると思います。御父兄も、参観に行ったときは、やはり子供に恥ずかしくない態度をとっていただかなければならないという
であるからこそ、今回の法律を国会の御審議にゆだねているわけで、先生がおっしゃったような状況ができるために職をつくっているわけで、先生がおっしゃっているような人事ができるために、市町村教育委員会の要望に従って都道府県は人事異動をしてもらわねばならないという条項をわざわざ入れているわけなんですよ。 仕組みができましても、結果的には評定者がきっちりした評定ができているのかどうなのか、それから適正な人事配置ができるのかどうなのか、これはもう、何というんでしょうか、どの会社でもどの政党でも、あいつがなぜあんなところにいるのかなということはよくあるんじゃないですか。だから、そういうことをやっていたんじゃ、やはり組織体としてうまくいかない。だ