できないことを調子よく答えて人を喜ばすというのは、選挙の際には一番やってはいけないことでございますので、できる限りの努力をさせていただきます。
できないことを調子よく答えて人を喜ばすというのは、選挙の際には一番やってはいけないことでございますので、できる限りの努力をさせていただきます。
拝見いたしております。
御質問、先生、誠にありがとうございますというあいさつをまず申し上げます。 はいという返事というのは、つまりコミュニケーションのスタートなんですね。コミュニケーションのスタートというのは、自分も相手に伝えるし、相手の存在を受け止めるということですから、これはもう人間社会の原点で、実は人間じゃない霊長類の社会でもあいさつということはあるようです。鼻をなめるとか毛繕いをするとか、いろいろなことがあります。しかし、言語でもってこれがやれるのは多分、人間でございましょう。ですから、先生のおっしゃっていることは、教育の原点として大切なことだと認識しております。
これは、もう今御指摘のことは当然のことであって、家庭と地域社会と学校と、三つが一体になって人間をつくっていく。その中で、家庭が本来果たすべきことは、しつけ、規範意識、今の先生の言葉で言えば、人間として当然生きていく上のあいさつができるとか、はいという言葉を発せられるとか、これはもう本来家庭の役割でございますから、これをしっかりと教育のスタートとしてやっていくと。 今回、家庭教育というものを入れたのは、まあ、二十二年には当然のこととしてあったのが今なくなってきているから入れたという面もないことはないんですが、やはり教育の在り方というのはこの三つを合わせて成り立っていくものだということを基本法、理念法に書き込んだと。 その中で、
今回御提案申し上げております法案に、現行法案にはございません幼児教育という条項を新たに起こしたのは、先生がおっしゃっている趣旨に沿ったものと御理解をいただきたいと思います。 何を幼児期に教えるかというのは非常に興味深いことがありまして、実は私の、もう成人しておりますが、子供は英国で生まれました。英国社会で生活をしたときに最初に覚えた言葉がマインという言葉です、自分のものだと。その次はノーという言葉ですね。これはやっぱり権利の極めて確立した社会で最初に覚える言葉なんですね。日本人が覚えている言葉は大体うまうまかママですよね。人に依存するというか、人に頼る。 これはどちらがいいか分かりませんが、やはり幼児期の教育というのか、幼児
未履修の問題というのは、基本的に申せば、文部科学省が告示という形で通達をしている履修科目の原則を、カリキュラムの編成権を持っている各学校長がそのまま実施をしてくれなかったと、そして、実施をしてないにもかかわらず、卒業の認定権を持っている校長が卒業免状を過去においては出していたということが未履修問題の表面的な形の問題です。 これは、一義的に私はやはり校長先生に大きな責任があると思います。しかし、その背景としては、大学受験と必修科目との関係とか、いろいろなことがこの場でも論じられました。これは、そういう面があるということは私は否定いたしませんが、全国のやはり学校で、生徒数にすれば百三十万近くの高校生の九十数%がやはり我々の示した基準
若干補足をして申し上げたいと思いますが、教育再生会議というのは閣議決定をもって設置された組織でございまして、安倍総理大臣への言うならば提言をするというか、アドバイザリーなボードという位置付けだと思います。したがって、ここが本来提言をされるのは、安倍総理へ提言をされるんですね。ですから、今回のはわざわざ提言と書いてありますが、その下に、国民と教育関係者の皆様への提言だと断っているのはそういう意味だと思います。 それで、今回の提言だけではなくて、これから安倍総理への提言もいろいろ出てくると思います。その中で、それを総理が受け止められて、文部科学省の所管するものについては私と御相談があると思いますから当然それを御相談をして、そして法律
これはもう先生のおっしゃっているとおりでございますから、人を教える立場に立つ者の資質をいかに向上させるかということは一番大切なことで、いろいろなやり方があるわけですから。 まず、教職大学院ということを先生おっしゃいましたが、そこでやはり教職員を教えられる教職員をつくるということ、これがまず第一に大切。それから、教職員になった方を、今議論になっているのは、十年ごとに免許の更新をさせるかどうか、十年が適当かどうかという議論もございます。それから、当然、初任者の研修期間というのが今一年ございます。この一年をもう少し長く試験任用期間として、その間に今おっしゃったようないろいろな意味での人生に触れ合う経験を積み重ねさせるということも大切だ
生涯学習という概念を御提案している法案に取り入れておりますのは、もちろん、先生がおっしゃった地域社会における公民館あるいは児童館、学校その他を利用して地域の教育力の中で生涯教育を行っていくということはもちろんでございますが、あらゆる人生の場面で、もう一度大学に入っていただいてもよろしいわけですし、生きがいといいますか、真理を探究できるという喜びを持って人生を送っていただきたいし、その中で人間としての自己成長を果たしていく権利はいつの年代にも、人生のいつの間にもあるんだと。それをみんなでやはり確認できるような社会状況に今なってきたということですね、昭和二十二年の現行法の制定時と比べますと。 だから、これからは特に長寿社会になります
日本の学習指導要領上どういう位置付けになっているかというと、中学校で日本史を必修といたしております。高等学校で世界史を必修としているわけですが、これで十分かという御意見はいろいろなところにございます。先般も、全国の都道府県議長会の会長でお地元の山口さんが私のところへ来られまして、茨城県議会の総意として日本史を必修科目にしてほしいという御提言がございました。 ですから、どういう形で日本史を学ぶかということは、少し他の科目とのバランス、それから授業時間との関係がございますので、中教審にも諮らねばなりませんけれども、国際化が進めば進むほど、自分の国の歴史をまず理解して、自分のパスポートをしっかり持ちながら、他国の歴史を理解して他国の文
今、こうして与野党の国民を代表する先生方から御質問を受け、御自分の御意見を承っております、その今の心を忘れずに頑張らせていただきたいと思います。
大変いいお話を伺いました。今日、ちょうどここへ出てまいります前に、体験教育をしていただいた中村吉右衛門丈がお見えになりまして、やはり子供の目が輝いているということをお話をくださいました。 御提案しております改正基本法の二条には豊かな情操を養うということがありますが、実は文化芸術だけではなくて、スポーツにおいても同じような生きる力が出てくるとか心の温かさが出てくるとかいろんなことがあると思いますし、大自然に触れるだけでもそうだと思います。私の思い出でも、小学校のときに授業外に先生と一緒に歌った歌というのは今でも覚えているとかですね。 だから、芸術文化やスポーツ、あるいは自然との触れ合い、そのようなものにはやっぱり人間の心を感動
その日を文化、文化の日というのは今もあるわけですが、芸術の日あるいは音楽の日として法律上位置付けるということは、やはりかなり広範な議論が必要だと思いますが、その日を先生がおっしゃったような特別の日として認定をしているということはかなり多くあるわけですね、歯の日とかですね。ですから、それは可能だと思います。 ただ、その日、ですから、それをまた盛り立てていくようなエベントのようなものを各地域でおやりになる場合です。これを国民の税でもって助成していくということも、これはやりようによっては可能だと思いますが、そこへ行かれる方の費用負担を実質的に軽減するということは、これはやはり国民の税金を使う限りはかなり公平の見地から難しい問題をはらん
余り私が情熱を込めて話して現場の先生がプレッシャーを感じてもいけませんし、みんなが各々の立場で将来の子供のことを考えて最善を尽くすという気持ちを持ち続けたいものだと思っております。
まず先生、通告していただいた質問を皆していただく必要もありませんし、通告外の御質問があれば、どうぞ御自由にしていただいて結構でございます。それから、できるだけ簡潔にはお答えしたいと思いますが、お答えが足らないというおしかりを受けてもいけませんので、その点はひとつお許しをいただきたいと思います。 まず、現行法は私は非常によくできた法律だと思っております。普遍的な理念は書かれております。特に、これは日本国においても、何度も申し上げますように、ヨーロッパにおいても、あるいはインドにおいてもロシアにおいても通用することはみんな書かれていると思います。 ただ、日本国の教育基本法として、少しやっぱり足りないところはあるんじゃないかなと。
これは内閣でいえば、小渕内閣のときから既に教育再生という問題意識を持って、広く有識者に集まっていただきながら議論をしている。もっとさかのぼれば、中曽根内閣のときにやはり岡本道雄先生を会長として同じような試みがなされて、そして議論が積み重ねて私は今日に至っていると思います。 一からもう一度という先生の御指摘はどういうことを具体的におっしゃっているのかはつまびらかじゃございませんが、この場で、この教育特の場で、あるいは国会の場でどうするかということは、これはもう私が口を出すことじゃなくて、与野党の協議で、現場のお話にゆだねられていることでございます。
これは先生、失礼でございますが、各院における審議について行政の者が発言をするということは、これは憲法に規定した三権分立の建前からはやはり控えるべきだと思いますし、これは各院において御協議をいただくことだと思います。 世論の把握の仕方というのはいろいろございます。先生がおっしゃった世論調査、その他ありますが、多くの世論調査は、この教育基本法は改正すべきだということについてはやはり多数を占めておるんですね。これはどの、今国会でやるかどうかについては、やはり御指摘のように意見は分かれております。しかし、前回の一番大きな民意の把握というのは、これは私たちがその下に生きている憲法の規定によらねばならないんですね。憲法の規定というのは、やは
教育現場の在り方としては、先生がおっしゃるとおりだと思います。 教育で、一番やはり受ける者の人格の完成を目指して知識の涵養その他に直面して指導するのはまあ教員ということだろうと思いますので、今回九条を設けて、今先生が御指摘になったようなことを書いております。 しかし同時に、六条の二項に、学校において、体系的な教育が組織的に行われねばならないということをお示しした法案には書いております。したがって、これを受けて、今後その他の法律の整備をすることによって先生の御指摘のような、例えば栄養職員だとか事務職員だとか、いろいろな方が体系的に働けるようにやっていく、これが私の責任だと思いますが、同時に、先生が属しておられる民主党がお出しに
教育に私は競争原理を持ち込むということは、ある意味では必要だと思っておりますし、また効率化原則は、国民の税金を使っている限りは、これはすべての者が最小限の税負担で仕事をするという意識はやっぱり持つべきだと。ただ、もうけ仕事の市場原理だけは持ち込ませたくないというふうに私は思っておるんです。 ですから、総人件費というのは結局、国民の税によって担保されるものですから、先ほど官房長官がお答えを申し上げましたように、行政改革の推進ということはやはり避けては通れない。その中で、この教職員の純減に見合う人件費をどう考えるかということは一つあります。しかし、それより、さらに今後の問題として、先生がおっしゃったような価値観を持って教育にもう少し
夕張市の現状については、私もいろいろお聞きをしてみますと、平成二十二年までに先生がおっしゃったような状況になるようでございます。本当に私はこれはひどい話だと思いますね。 やはり地方分権、地方自治と言う限りは、適切な理事者を選んでもらわなければならない。それと同時に、それをチェックする市議会の立派な議員さんを選んでもらって、それをチェックをするという機能が欠けているとこういうことになるということなんですね。 ですから、私たちがやれることは、できるだけ地方自治体の格差が生じないようにということは、もう人件費のことは先生別だとおっしゃったからここでは触れませんが、例えば文部科学省が持っておる予算だと、学校が一つになっちゃったらやっ