教科書検定というのは当然審議会を持ってやっておりますので、その点はひとつ御理解をいただきたいと思いますが、私は安倍内閣の一員でございますから、内閣の一員としては当然安倍総理の考えておられるとおりの態度を取らなければいけないと思っております。
教科書検定というのは当然審議会を持ってやっておりますので、その点はひとつ御理解をいただきたいと思いますが、私は安倍内閣の一員でございますから、内閣の一員としては当然安倍総理の考えておられるとおりの態度を取らなければいけないと思っております。
日本は法治国家でございますから、当然教科書検定についてもきちっとした法体系の中で行われていて、河野官房長官談話を受けて御承知の近隣への配慮条項というのが新たに加わっております。これは変わっておりませんから、当然のことだと思います。
御質問の趣旨は、下村副長官の発言についてどう思うかということですか。それは、私は、先ほど申し上げたように、安倍内閣の一員でございますから、閣僚としては当然内閣の方針に従うということを申し上げましたので、副長官ですから、個人の立場と内閣の一員という立場を使い分けられるという立場には私はないと思いますがね。
何度も申し上げていますように、日本は独裁国家ではございませんので、法治国家でございますから、官邸が教科書検定をできるという法体系にはなっておりません。
それは下村さんが自分の個人的見解として御発言になったと伺っておりますが、それがあっていいことかどうかというのは、安倍内閣の一員として下村さんに聞いていただきたいと思います。
今おっしゃったのは安倍総理が自民党の総裁選に出る前に出版した本に書いてあることをおっしゃったわけですね。ですから、安倍さんが内閣総理大臣として行政権の中で実施しようとすることは、これは施政方針演説の中にある以上のことはありません。
学力調査というのは何のためにやるかというと、やはり最低限の学力が全国的に付いているかどうかということを調べるというわけですからね。今政府参考人が申しましたように、文部科学省としては一つ一つの学校の成績を公表するというようなことは考えないと、こう言っているわけですから、それで私はいいんだと思います。 ただし、安倍さんが美しい国という本の中でいろいろ言っているような、つまり学校が本当に納税者の税金をもって効率的に納税者が期待されている役割を果たしているかどうかということは、みんなが責任を持って受け止めなければならない現実だと思います。
井上先生、我々はふるさとを同じゅうしておりますから、率直に言って京都というのは非常に恵まれた都市でして、戦災を受けませんでしたし、定着している人も非常に多いですから、学区ごとの地域コミュニティーというのがかなり定着している例外的な私は政令都市だと思います。ですから、これがすべての大都会に当てはまるかどうかということは少し、ちょっと簡単に判断してはいけないと思うんですが、確かに先生がおっしゃるようなメリットが壊される危険があるんですよ。しかし、先ほど佐藤先生の御質問に私がお答えしたように、そのメリットが、今先生が御指摘になったようなメリットを壊しても、なおかつ使っている税金で効率的な学校運営、人材育成ができるメリットの方が多ければ、壊
先生のようなことを重視されて、学校現場にほぼ納税者を満足させるだけの教育力があるという前提に立てば、先生のおっしゃるとおりでしょう。
これは、井上先生、何度も私は御答弁申し上げていますとおり、うまく、現場がすべてうまくいっていれば先生がおっしゃるとおりなんですよ。だけど、現場がうまくいかない場合には、痛い手術だけれども、やらなければいけない手術もあると。だから、そういう手術をしなくてもいい現場をつくっていくようにみんなで頑張ろうじゃないかということを私は申し上げているわけです。
教育基本法案につきましては、第百六十四回国会に政府から提出し、御審議をいただいておりましたが、継続審議のお取り扱いとなりました。第百六十五回国会において引き続き御審議をいただくに際し、再度提案理由説明をさせていただきます。 現行の教育基本法については、昭和二十二年の制定以来、半世紀以上が経過しております。この間、科学技術の進歩、情報化、国際化、少子高齢化など、我が国の教育をめぐる状況は大きく変化するとともに、さまざまな課題が生じており、教育の根本にさかのぼった改革が求められております。 この法案は、このような状況にかんがみ、国民一人一人が豊かな人生を実現し、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の平和と発展に貢献できるよう、教育
第百六十五回国会におきまして各般の課題を当委員会で御審議いただくに当たり、一言ごあいさつを申し上げます。 私は、このたびの安倍内閣の発足で文部科学大臣を務めることになりました。内閣の最重要課題の一つである教育改革を始め、科学技術・学術、スポーツ、文化芸術の振興のための施策の推進に力を尽くしてまいりますので、よろしくお願いを申し上げます。 人材こそが国家発展の基礎であり、日本が豊かで、未来に向かって成長する活力を持ち続ける国であるためには、豊かな個性と創造性を備え、心温かくたくましい人材が必要となります。これまでも、累代の内閣の下で人間力向上を目指した教育の努力が続けられ、我々は、戦後の豊かな経済社会、安心な生活の実現など、一
おはようございます。 いじめというのは、どの時代にも、どの子供にも、どの場所にも、私たち、子供のときを思い出すと、あったものなんですが、それを大きな事故にならないように、見つけ出して、そして指導して、みんなが共生できるような子供にしていかなければならない。これはもう原点だろうと思います。 先生御指摘のように、北海道、福岡に調査に入らせまして、その結果をもって昨日、都道府県、市町村の責任者を招致いたしまして、初等中等教育局長が皆さんにお願いをしたことは、私が最初文部科学大臣に就任をして文部科学省で職員の諸君に話したとおりのことを言ってくれと言いました。 それは、人間は一生懸命やっても間違うことはあるんですね。善意でやっても
私が書きましたものを読んでいただいて本当にありがとうございます。「シナリオ 日本経済と財政の再生」に私は副題をつけておりまして、「いま、改革する保守の時」という副題をつけております。 できるだけ短くお答えしたいと思いますが、小泉さんのやった改革というのは、言うならば、他人依存、あなたの努力で助けてもらいたいという社会システムと国民意識を、長寿社会の中でもう一度見直そうじゃないかということであったと思います。 自由競争、市場原理というのは、効率的に資源の配分をするという意味ではやはりこれしかない制度なんだと思いますが、一番いい制度にもやはり欠点、副作用があるんですね。その副作用をどう直していくかというときに、自由競争というのは
先生の御指摘は、政治家として最も心しなければならない大切なお話だと思います。 教育とかあるいは社会保障、福祉という分野は、実は、市場経済で決まってくる効率とかあるいは利潤とかというものを超えた価値を扱っているわけですね。みんなが優しく共生をしていくとか、あるいは教育の分野でいえば、先ほど来お話があるように、公のためにみんなが尽くしていけるような一体感とか、これはビジネスでは処理できないものなんですね。ですから、義務教育というのは、基本的に国家が関与している。 ですから、やはり教育は二つに分けて考えるべきだと思いますが、義務教育の部分は、親がどんな地位にあろうと、どんなに金持ちであろうと貧しかろうと、日本人として生きていく最低
今先生おっしゃった、全くそのとおりでして、幾ら報告を求めて制度を整備しましても、少なくとも今の法制では、地方の学校にまでは直接国家の調査権限は及びませんので、靴の上からやや足をかいているようなことなんですけれども。 昨日の会議でも、こういう事例についてはこういうことをやって、うまく物がおさまったよという、成功のシステムをかなりの教育委員会が積極的に開陳したようでございますので、単に報告を求めるとかどうだとかという通達をするだけじゃなくて、今おっしゃったように、ソフトですね、どういう仕組みでそれをやればうまくいったんだというようなことは、それはもちろん徹底させたいと思っております。
先生がおっしゃることでいえば、牟田さんなんかがやっておられる、いのちの電話というのがあるんですね。いろいろ伺ってみると、これは、立ち上がりのときは、少し文科省を通じて国民の税金を入れていたようなんですが、今はもう全く自分たちの努力でやっておられる。私は、寄附を免税にしてもらえるNPOの資格をぜひ取りなさい、それは私がバックアップしますからと、この前来られたときに申し上げたんです。こういうことも必要です。 しかし、昔はやはり母親が家庭にいて、そして子供を胸に抱きしめていたわけですが、今は共働きですよね。これは、共働きをしていただかなかったら日本の社会と日本経済は動かないほどの規模になっちゃっているわけで、女性に家庭へ帰れということ
先生がおっしゃいましたように、言葉だけがひとり歩きをすることは注意しなければなりません。教育再生会議の第一回会合の際に私がごあいさつの中で申し上げたことをもう一度お話ししたいと思うんですが、いろいろ居酒屋談義をしておりまして、政治が悪い、教育が悪いと言うと、話はもうそこで閉ざされちゃうんですね。 つまり、民主党の議員の先生方もこれだけいらっしゃいますけれども、理想の人間像はどういう人間像だ、共産党の先生、公明党の先生、自民党の先生方、これはやはりその人の人生観と価値観によって大いに違います。理想の国の形というものはどうなのかというと、その政党あるいは政治家の持っている政治理念によってかなり違ってきますね。それだけに、最後は集団と
今先生がおっしゃったことの一番根底にあることが、私が申し上げたことだと思うんですね。これは、教育の仕方、その他いろいろ、御指摘のようにあると思います。 総じて言いますと、物質的にこれだけ豊かになった中で、志を持って、上昇志向を持っていくということは、生物学的にいえば非常に難しいですよね。それから、競争至上主義的なことをやると、金をもうけたいとかいう、いろいろな志が出てきますが、それがライブドアや村上ファンドであっては困るわけで、過去のいろいろな人間社会に貢献した方々の事例を教えていくとか、表に出てはいないけれども、実は地域社会でこんなに敬愛されていた人が自分たちのふるさとの中にいるとか、そういうことをやはり事例として教え込まない
私は、いわゆる族議員的にこの分野の専門家ではございませんが、文部科学省へ行ってみまして、今先生が御質問になったことを私も同じように痛感いたしております。 法律によりますと、やはり文部科学省というのは、基本方針を決めて都道府県及び政令市の教育委員会に助言、指導を行う。そして、都道府県の教育委員会は、それを受けて政令市を除く市町村の教育委員会に同じような指導、助言、援助等を行う。そして市町村の教育委員会は、小中学校の設置と管理を行う。それでもって、設置された学校において、校長が管理権を持ちながら、教諭は児童の教育をつかさどる。これは、法律的なそっけない説明になっちゃうわけですね。 実際はそれがどう動いているかということになります