これは再三申し上げておりますように、私、貝沼先生にむしろお伺いしたいのですが、二百五十、二百五十とされたということは、五百を半分ずつ分けたということに結果的になります。これも新聞で拝見をしている限りですが、連立与党の中には三百と二百という有力な御意見を主張された政党がたくさんあったと思います。その政党は、多分貝沼先生の所属しておられる政党もそれに属しているのではないかと思うのですが、結果的にどうして二百五十、二百五十にされたのか、そして三百を御主張になった経緯は何なのか、それを二百五十にされて今どういうお気持ちでおられるのか、これを国民の皆さんに貝沼先生の方からお話をしていただければ、我々がなぜそれを三百で提案しているかということが
