サンフランシスコ条約のことは別にしまして、その後、昭和三十一年に鳩山総理がおいでになって共同宣言が出ましたのは御承知のとおりでございます。あのときに、九項でございましたが、平和条約が締結された後歯舞、色丹は引き渡すということがあの九項に書いてあります。そして、その直前に、松本・グロムイコ、向こうの当時の外務次官でございましたが、書簡で、今後未解決の問題の交渉を――これは平和条約の交渉でございますが、やるということの交換公文があるわけでございます。これは当然、あのとき択捉、国後がなかなか話し合いがつきませんで、九項には歯舞、色丹が書かれたが、その後の平和条約で懸案の問題の交渉をするということになったわけでございます。 ところが、そ
