お読みになりましたものは、正式な文書として私になってから配ったというようなことはございませんが、内容につきましては今総務長官からお答えになりましたことと私も全然同一でございます。
お読みになりましたものは、正式な文書として私になってから配ったというようなことはございませんが、内容につきましては今総務長官からお答えになりましたことと私も全然同一でございます。
はなはだ不勉強で恐縮なんですが、私、農地局長になりましてからそういう資料を配った記憶がないのでございますが、もしその前に配ったといたしますればその通りでございます。
同意見でございます。
かわりまして私からお答えを申し上げます。開拓営農振興臨時措置法の改正の問題、あるいはその関連しました振興計画の問題でございますが、今度御提案いたしまして御審議願います案には、実は災害資金が国の特別会計からも貸し得ることと、もう一つ、今大臣から御答弁がありました審議会を設けまして、そこで振興計画の問題、そのほか開拓の重要問題について御審議願うという内容の法律を御審議願うことにして、提案をいたしております。今、先生がおっしゃいました振興計画は法律を待たぬでもいいではないかということでございますが、この点につきましては実はいろいろ議論のあるところでございまして、私どもとしては今、三十二年の法律をやりまして立てました振興計画実績というものを
私からお答えいたします。今先生の御質問のありました開拓者の負債の償還の問題でございますが、まだ法案の方は提案をいたしておりません。不日提案をいたしまして御審議を願いたいと思うのでございますが、その中に一つ、開拓者の負債の条件を緩和します内容を盛った特別法を、実は提案いたす考えでおります。内容は振興農家——今先生は十五万と言われましたが、そのうち約三分の二の十万近くが振興農家になっております。そのうちある一定の条件に該当する、これはまだはっきりきめておりませんが、そのほかに振興農家以外でも三十四年、三十五年に災害を受けて、振興農家と同じような人になっておるというような人を対象にしまして、国の債権の条件緩和をしようではないかという内容が
今申し上げましたように、振興農家のうちの大部分のものになろうかと思います。それから振興農家以外でもこれから災害等のために振興農家並みになって入ってくるという人々がいるわけであります。まだこれらにつきましてどの程度という最終的な基準の詰めをいたしておりませんので、今幾らくらいということを申し上げかねますが、大体国の債権は三十四年度末になりますと、おそらく二百億くらいになると思います。振興農家は大体三分の二くらいと思います。二百億の三分の二でございますと、百三十億くらいになりますか、これは大ざっぱな計算でございますが、その中からある程度の人を選んでいこうということになっておりまして、まだその百三十億のうちのどのくらいということまではきめ
金利は過去に国が融資しました三分六厘五毛と五分五厘の両方でございます。これを一本にいたしまして三分六厘五毛口、五分五厘一口というように金利ごとに口をきめまして、そして五年据置、十五年というような償還延期をしたらどうかというように実は考えております。もう一つつけ加えますと、将来貸しますものも実は三分六厘五毛、三年間にわたって貸すようになっておりますが、これは償還期限は最後は一本にするように開拓者資金融通法の改正もお願いいたすことにしておりまして、なるべく手数がかかりませんように、同じ金利のものは一口にまとめたい、かように考えております。 それから算術計算をしたのでありますが、どのくらいか、七、八割かというお話でありましたが、農林省
償還金額でございますが、これは先生御指摘になりましたように最近落ちてきておりますが、その通りでございます。従来は七、八億あったのでございますが、六億に落ち、五億に落ちというような現状になっております。われわれ予定いたしましたのは、来年度は——今までは実は組合貸しというような形になっておりまして、個人が組合に返しましたものが金利であるか元金であるか、実は組合が都合のいいように——と言っては語弊がありますが、そういうような返し方をしておりますが、今後は借りかえをいたします際にははっきりと国が個人に貸しておる。転貸という形よりは直接貸しの形にして債権債務をはっきりしようというような形を考えております。 それからもう一つ組合一本でやりま
これから新規に貸して参りますものは、これははっきり個人貸しということになりまして、組合に貸して転貸という形はとりません。 それから過去のものにつきましては、今内部で法制局と相談をいたしておりますが、ほとんど転貸でありましたものを実質上個人貸しというように引き直す、直接貸しのような形に現実にはできるような形をとりたい。法律上まっすぐにいきますか、あるいは転貸の形で残しておきましても、それがはっきり個人に幾ら、そしてその人は幾ら返したということがはっきりするようにするか、法律技術的の問題として若干残っておりますが、過去のものにつきましては、はっきりと個人と国との間が直接につながるというような方法を考えたいと思っております。であります
条件緩和は三十五年度、三十六年度二カ年にわたりましてやりたいというふうに考えております。 それから二十九年度以降のいわゆる谷間の人々の問題ですが、振興法を三十二年度に作りましたときの目的が、終戦直後の緊急開拓で入った人々——計画もあまり立たぬ時代に入った人、あるいは融資もわずかであったというような人を対象にいたしまして振興計画を作って考えていこうというような建前をとっておりますので、現在の考え方につきましても、今度の振興法の改正その他では、振興計画を立てた人について考えていこうというような考え方を持っております。ただ今申しましたように、条件緩和その他の場合につきまして、災害で非常に痛手をこうむったような人をどうするかということは
御質問でございますが、三十五年度の予算折衝いたします場合には、そういう人々につきましても振興資金的なものを部融資したらどうかというような考えを持ったことはございますが、最終的にはそういう予算は計上してございません。このいわゆる谷間の人の問題、それから振興計画を立てられた人の計画の内容の問題、そういう問題につきましては、大臣からも答弁がありましたように、審議会その他で一つ議論していただきまして、三十五年度以降どうするかということを考えたいと思っております。
開拓地改良は四億が計上されております。
開拓地改良のこれは全部工事費として使うつもりでございます。
調査費は四億と別でございまして、五百万円調査費をとっております。開拓地改良につきましては、実は入植者は非常に希望が多うございまして、飲料水とか道路を一応工事が終わった地区についてやるわけでございますが、実は八十数億という希望が出ております。この八十数億につきまして、その内容をわれわれとしましてはまだ全部検討しておりませんので、県その他と一緒になりまして、五百万円という調査費をもちまして、内容の検討をしてみたいということで別にとっております。
これは開拓地改良だけでございませんで、たとえば振興資金でありますと百二十七億というようなのが最初出ておりますが、現在は百四十二億というような数字にふえております。その計画内容が若干そのつど変わってきておるものもございます。われわれの八十数億という数字につきましては、これは地区の調査をしまして、どういう地区からまずやったらいいかという緊急の順序も当然あろうと思います。それから三十四年が二億、三十五年が四億と倍ふえていったのでありますが、八十億というものを考えてみますと、まだ相当残事業がございますので、調査をいたしました上に、緊急順位といいますか、順位を考えて、どういうところから先にやるかということを当然調査をしていきたいという考えであ
これは八十数億、それから建設工事その他もだいぶございます。これは実は何年でやるかということがまた一つの問題でございます。われわれとしましては五カ年計画で一応振興計画をやろうということで進んできたのでございますが、建設工事の面でいきますと、かなりその点には難点が出ております。それで先ほど申し上げましたように緊急順位というものを主体に考えまして調査をしていくというつもりでおります。
建設工事の残事業量も実はだいぶございます。それで三十五年度の予算要求いたします際には、大体内地が今後五カ年くらいで残った事業を完成したいというようなことで、予算要求を実はいたしました。開拓地改良につきましても調査の結果出て参りますれば、建設工事と大体同じような歩調をもって完成したいというつもりでおります。
建設工事は、たしか三百四、五十億内地だけでまだ残っております。
先生のおっしゃいました二十一年、二十二年、二十三年に入りました緊急開拓者は、大部分不振開拓者ということになっております。約二十万入りまして、五万くらいは離農したのでありますが、十五、六万残っておりまして、大部分はそのころ入った人々であります。今度の予算でそういう人々にどういうことを考えておるかというお話でございますが、まず私ども、不振対策の一番大きいものといたしましては、午前中にも御質問ありましたように、建設工事のおくれを取り戻すことが一つではないかということで、開拓の予算がふえました中でも、特に不振地区にはそういう建設工事を重くやりたいというようなことを一つ考えております。それには午前中に御質問ありましたように、開拓地改良というよ
これは農地法で支払い期間三十年、年五分五厘ということになっております。そのほか一時払いの方法とか、そういう規定もございますが、その辺のところは先生と若干意見を異にしておるのであります。そう地代自身の重圧はないのではなかろうかというふうに、考えております。