たびたび申し上げましたけれども、五とか六で割ったのではございませんで、四四年の算術平均と四五年の算術平均をとったのでありますから、その点は関係ございません。
たびたび申し上げましたけれども、五とか六で割ったのではございませんで、四四年の算術平均と四五年の算術平均をとったのでありますから、その点は関係ございません。
金額は貿易のみについて出ておりまして、その他は数字だけであります。この生産等の数字は、金額は出ておりません。生産につきましては数字だけ出ておりまして、金額は私の方で、最近の金額でもってこの一年分を出したわけであります、
これは私の方で最近計算したものでございますが、私がなぜこの席でこういう説明を申し上げたかと申しますと、申し上げたところが出せとおっしゃったわけですが、損害額が少ない、少ないとおっしゃいますから、一年分を計算してみてもこれだけあるという御説明をいたしまして、そこでこれを出せというお話があったわけであります。
ベトナム側が出しましたものは最初に差し上げたものでございます。それで、これはわれわれが最後の一年を出したものでありますが、全然意味がないというわけではございませんで、これを見ると、損害額はわかってくるという一つの資料になるわけでございます。 〔堤(ツ)委員「それでは……」と呼び、その他発言する者あり〕
非常に資料は不足いたしておりますけれども、向こうがあげました数品目とか貿易の額だけをとってみましても、ある程度の損害があるので、資料が十分そろいましたならば、当然これよりもふえるわけでありますから、そういう意味におきまして、不完全ではありますけれども、こういうものしか資料がないわけでございます。戦争で日本軍のものは全部なくなっておりますし、向こうもないのでございますから、あるものから判断していただきたいという意味でございます。
これはおそらく大使が間違っておったのだろうと思います。これは当時のフランスの総督府が作った統計でございます。大体私の方でもそのインドシナ統計年鑑というものがこれの基礎になっておるわけです。そのインドシナ統計年鑑は私の方にはございませんが、古い資料を探してみますと、私の方で持っております南方年鑑というものに出てきます数字が、向こうの引用しております数字とほとんど違っておりませんから、私はこのインドシナ統計年鑑は信憑性があると思っております。大使が言うときに一けたか何か間違えたのだろうと思います。
ベトナム側から出したものと同じ数字を引用しております。ただたくさんありますので、あまり御参考にならぬところを省いてあるだけでありまして、出ておりますものは一つも変わってはおりません。
この生産統計に出ておりますものは、マッチにつきまして、サイゴンにマッチの工場が一つございますほかは、全部北でございます。
ホンゲイ炭が主だと思いますが、そこにいろいろございますが、私もそれほど詳しくは存じませんが、二地区から出ておりますが、大体ホンゲイ炭ということで間違いないと思います。
幾つの会社に分かれておりましたか、そこまでは私は存じません。
クワンエン炭田、ホンゲイ炭田、トンキン無煙炭会社、この三つになっております。
シャルボナージュ・デュ・トンカンという会社がおもな会社でございます。
ただいま松本委員の御説明の中に、損害の九九%は北だというお話がございましたので、誤解がございませんように、ここにあがっております生産、この石炭とか、亜鉛とか錫、鉄鉱、セメント、こういうものはそうでありますが、ベトナムの一番大きな産物は米とゴムでありまして、これは主として南部でございますから、南部の方が大きいわけでございます。
ただいまお出しいただきました資料が間違いとは、絶対に私は申しておりません。私の方は北と連絡がございませんので、そういう資料をいだたくと非常に参考になるわけでございます。 〔「北と連絡がないとは何だ、北と現に貿易しているじゃないか」「間違いだと言ってないと言うのだよ」「不謹慎な話だ、取り消せ、審議できない」と呼び、その他発言する者多し〕
私が申し上げましたのは、外交関係がないという意味でございます。もし私の言葉が不穏当でごさいましたならば取り消します。
これは二百万というふうな数字もパンフレットに出ております。それからベトナム側は百万と申しております。われわれは累次申し上げましたように、いろいろな人から話を聞きまして、まず妥当なところは二十万か三十万じゃないか、これは判断でございますから、資料と申しましてもこれはちょっと資料があるというふうなものではございません。
このビルマから始まりまして、フィリピン、インドネシアを通じまして賠償交渉の過程におきまして、先方が損害の数字を出し、こちらがその損害の根拠について一々議論をしたというふうなことはないのでありまして、賠償の交渉におきましては、そういうふうな損害の数字につきまして、一々両方でもって、多いとか少ないとか、そういうふうな交渉はいたさないのであります。午前中申し上げましたようないろいろな観点から、賠償というものはきまるわけでございます。
私も、どの点を政府側で調査して御報告するということになっておりましたか、久保田大使の発言が問題になりましたが、あの点でございますれば、あれは久保田大使の誤解でございます。 そのほか、工業センターの実態につきましてはまだはっきりいたしておりませんが、今まで私が承知しております範囲におきましてはベトナムでいろいろと工業建設も行なわれる、そこで機械の修繕をしなければならない、それからトラック等の車両の修理をしたい、また小さい部品ぐらいは作りたいというのが、この計画であります。それからこれをどこに作るかという問題がございまして、海軍工廠がこわれたままで、そのあき家がたくさんあったので、このあき家の一つを使ってやれば安上がりに済むのじゃな
五三年の九月に沈船中間賠償の仮調印ができたのでありますが、その後わが方は何度か本調印をするようにということを迫ったのでありますが、どうも先方は理由をはっきり申しませんが、五五年の暮れになりましてこれをたな上げにして、そして賠償そのものの交渉をしたいということを申し出たわけであります。そこでわれわれとしましては、これに応じまして五六年から賠償そのものの交渉に入ったわけであります。賠償そのものの交渉に入りましてからも、沈船という問題はたびたび出ております。しかし最終的にきまりましたときには、やはり向こうが最も希望いたします、向こうの優先順位の高いものということになりまして、このダニムとか機械工業センターというものがまっ先に予想される事業
すぐ調べますけれども、今こちらでもある程度のことは調べておりますが、ところが、名前がはっきり……。どういうのか。ただ密使とかおっしゃった。今の、来たのは……。(松本(七)委員「バオダイのおい」と呼ぶ)何というフル・ネームで、どういうんですか。ただバオダイのおいというんですか。ちょっと今のところまだよくわかりません。