方針として承りたいのでありますが、それらについて、基本的に、導入か開発かという議論が多過ぎたような気が私はいたします。 これは有澤先生にお伺いをいたしますが、たとえば、ことしか来年あたりから西ドイツの原型炉の建設に着工されることになっておることは御承知だと思います。この西ドイツで行なわれる原型炉は、西ドイツにとっては自主的な開発だとお考えになりますか、導入的な開発だとお考えになりますか。
方針として承りたいのでありますが、それらについて、基本的に、導入か開発かという議論が多過ぎたような気が私はいたします。 これは有澤先生にお伺いをいたしますが、たとえば、ことしか来年あたりから西ドイツの原型炉の建設に着工されることになっておることは御承知だと思います。この西ドイツで行なわれる原型炉は、西ドイツにとっては自主的な開発だとお考えになりますか、導入的な開発だとお考えになりますか。
私はほんとうはそのお答えがいただきたかったのであります。 実験炉を日本でつくらなくても——つくってもけっこうです。つくらなくてもけっこうです。国際的に力一ぱいいろいろな技術研究を総合して日本に合うような計画を立てて、その計画を最短距離に実施しようとする計画は自主的なものだ、私はこう考えるのです。ところが、ややもすると、導入ということが、在来炉のときにも申し上げましたように、電気会社ができ上がっているものをそのまま導入する、あれを導入だということに定義づけて、要するにターンキー・システムだと称するもの、キーだけ持ってきて、あとは全部つくってもらう、これだけが導入だ。これでは絶対にいかぬ、こういうことで、今度は自主だといわれる。自主
十二時になりましたけれども、委員長、もうちょっとお願いいたしたいのです。 高速増殖炉に時間をとってしまって恐縮でありますが、次に、新型転換炉の開発につきまして、私は似たような問題をもう一ぺんはっきりしておきたいと思うのです。 ただし、新型転換炉につきましては、ほんとうは新型転換炉の開発をしなければならないという目的に対しては、これは高速増殖炉と違って特別な意味がなければならない。特に、中間炉の性格を持っておるから特別な意味がなければならない。この特別な意味を十分踏まえて取り組もう、私はこういうふうにされておるものだと考えます。もし御意見がありましたなら承りたいと思いますけれども、端的に電力供給の面から、原子力技術の向上の面か
要するに四十年の後半でつくり上げよう、こういう計画であれば、もうあと一、二年すれば着工せねばならぬということだと思うのです。一、二年後に大体詳細設計もでき上がって着工するというタイムスケジュールに乗せようと思えば、これは相当に重大であって、このタイムスケジュールを非常に重要視するか、そうでなしに先ほどの自主開発の議論がありましたように、この新型転換炉を計画するのには、原子力発電計画、要するに、原子力産業、原子力技術、これに少しは間違っても何でもいいから力一ぱいどろんこになって取り組んでみなければ本物ができないのだ、こういう意味で、原子力人口をふやす意味からも、技術の一般的なレベルアップをする意味からも、なるべくどろんこになって大ぜい
長期計画の七三ページにその辺の具体的な方針が書いてあります。これはまさにこのとおりで、こんなにうまいこといくんならだれも心配しないわけですが、そのまん中どころから「まず、概念設計を行ない、また、臨界実験、熱除去実験、」等々ずっと入って「等の研究開発は」、また片カナに入って、この「試験等を実施し、これらの成果を反映させて原型炉の詳細設計を行なう。」そして、それから着工するということでしょう。私は、ここで重要な問題が二つあると思います。一つはこの前半の部分の相当の部分は、言うならば、軽水炉の製作技術といいますか、軽水炉の技術を卒業——と言ったら悪いが、卒業しておることが前提になると思うのです。それから二つ目は、これから日本でやるという話
いま私は国際協力という問題を非常に広範に、普通の意味の情報の入手だけではなくて、部分的には設計図を買うこともあるだろう、あるいはパテントその他の研究成果自身を金を出して買うこともあるだろう、あるいは部分品あるいは材料等そのもの自身を買うものもあるだろう、あるいは部分的には数名の人を出していって共同研究的なことを進めることもあるだろう、向こうから技術者を呼んできて共同研究することもあるだろう、こういう広範な国際協力が前提になって初めて私はこのタイムスケジュールにひょっとしたら間に合うかもしれない計画が立ち得るのではなかろうか、こういうふうに言うておるのですけれども、非常に拘泥されるんだな。ここに後段に書いてあるでしょう、わざわざ国際協
昨年の二月に山田さん、その話を私はこの委員会でして、ぐずぐず日本で理屈ばかり言っておらずに、西ドイツは外国とくっついて、一番強敵であるところのGEだのウエスチングハウスだのとけんかをするために、アメリカまで人間も銭も持っていってその共同研究をやっておるではないか。日本でやらなければ何か自主的でないような感覚は違うんだぞと、その話をしたんです。ですから私はいま有澤先生にお聞きしたように、これからドイツでやろうとする原型炉も、ドイツにとって完全に自主的なものだと私は思うのですよ。ところが、日本の、皆さんみたいなりっぱな方はそうじゃないかもしれないけれども、われわれ級の低俗なやつに話をされる場合に、自主開発か導入かなんて言われると、それは
技術的なことは私よくわかりませんけれども、それは全然同じものでないことは間違いないだろうと思うのです。しかしながら、大体似た系統のものであり、しかも、この開発技術は私はむしろ一番たくさん日本に取り入れられて、基礎になるべき、土台になるべきものだと思うのです。したがいまして、この辺に対しましては、技術者でないわれわれが口出しすべきものではございませんけれども、その辺を十分踏まえてひとつ今後検討されるようにお願い申し上げたいと思います。 時間がございませんが、最後にあと一、二、新事業団の性格について承りたいと思いますが、まず第一に、原研の業務との関係について承りたいと思います。 先ほど大体内容は承りましたけれども、この条文上から
時間がないから先に急がしてもらいますが、しかしこの過程では、私は、御承知のように、この結論に至るのに必ずしもそうスムーズではなかったと思います。私どもがおか目八目で聞いておる場合でも、たとえば原研自身の仕事を二分して、一部分は事業団自身にいってしまう。設備も人間も事業団自身にいってしまう。そして残ったものは原研だけでこうやる、こういうふうな考え方が一部にあったこともあったと思います。それが、やはり原研は一つのチームワークを持った研究機関であるから、これを一〇〇%能力を発揮しようと思えば、分割をせずに一つにして、そして運営をしたほうがよかろう、こういう結論になったのではないかと私は思います。したがいまして、そのこと自身を十分に行なわし
その考え方はわかるのですよ。その考え方を実現しようと思えば、それは、悪いけれども、いまの大蔵省でもそうは考えておりませんよ。そこのところをよっぽど覚悟をきめていかなければいけない。原研法というものが直接なければまだいいですよ。原研法があって、原研は独自で原子力の研究を総合的にやるという任務が原研法上明記してある。したがって、原子力の研究をやるための費用は、本来であるならば直接予算を原研に組むべきなんですよ、理屈を言うと。それを事業団に回さなければならぬというのは、私に言わせると、インチキだ。法上で言うと、直接に原研がやる任務としてあるのでありますから、それをやる予算は当然に直接組まるべきだ。それを新しい事業団ということでかまえて、包
私がこの前の委員会で燃料問題で質疑応答を行ないました際に、問題を申し上げたような気もいたしますが、民有化というのはウラン自身を民間で開発してもよい、それから所有してもよいということであって、しかしながら原子力政策のもととして、大体何年ころにウランはどの程度は民間でもいいし、国でもいいし、燃料公社でもいいから、ともかく確保しておかねばならないぞというのは、これは国の責任でなければならない、したがって、民有化方針というのは、燃料については民間で適当にかってにやれ、こういうことではないはずだと思うのです。したがって、むしろ逆に言うならば、燃料に対する民有化方針が浸透すればするほど、逆に国の責任はむしろ強くなるのであって、あの辺は民間ではそ
特に私は最後に要望申し上げて質問を終わりたいと思います。 御承知のように、原子力というのは非常に危険なものであります。同時に、ウランも戦略物資であります。したがって、平和利用に懸命になっておられる方々から見れば、思いも染めぬような疑いを外国やその他からはかけられ得る危険性のあるものだと思います。これまでの日本の原子力行政といいますか原子力政策、原子力部門の発展の過程において一番最初に取り組まれたのがコールダーホール一号炉であった。これは偶然でありますけれども、プルトニウムの製造炉であることは御承知のとおりであります。それからいま懸命に燃料公社でやっておられる再処理工場の計画は同様な意味でこれは幾ら言われても目下そう簡単にそろばん
六月一日の本委員会におきまして、私は原子力政策の進め方の根本にさかのぼって、第一に原子力政策に取り組む姿勢について私の所信を明らかにしながら、政府のお考えをただしたわけでありまして、特に技術政策が欠けておることを指摘いたしたわけであります。そして、その具体的な問題の一つといたしまして、政府の方針としては在来炉の国産化という、言うならば、き然とした方針を掲げておられる。しかしながら、その在来炉の国産化という国の方針を実現しようとする裏づけになる、言うならばポリシーが欠けておる。このポリシーが欠けておったのでは、やろうと思ったってできないのじゃないか、こういうことを申し上げたわけであります。 これは私は昨年の二月から同様な話をしてい
重ねてお伺いいたしますが、その核燃料の安定供給ということばの今日的な意義は、具体的には何になるのだろうか。私が答えを言ってしまって恐縮のようでありますけれども、今日、いまの日本にとっての安定供給の意味というのは、一つは天然ウランをどうして確保するかということ、一つはいまそろそろ始まっておる軽水炉を中心としての核燃料のための濃縮ウランをどりして確保するか、こういう二つのことではなかろうかと思うのです。この二つの措置を遂行するために、いま具体的な措置としてどのような政策がとられつつありますか。
これは長官か局長か知りませんが、その辺にまず事務的に伺ってみたいと思いますが、今度の事業団法によりますと、この業務のところの二十三条によりますと、前の原子燃料公社の関係を規定しておった原燃法で、業務の中に入っておりましたところの核原料物質の輸入、買い取り、それから売り渡し、それから燃料の同じような輸入、輸出、買い取り、売り渡し、貸し付け、さらに三つ目には副産物の売り渡しというのがありましたが、これは今度そのまま削除されておりますけれども、こういう仕事は、今度の引き継がれる事業団ではやらないということを意味するのですか。
そうすると、いま特別どうということではなくて、もしそのようなことをやらなければならない場合には、新法による付帯事業の中に入れることができる、こういうことで、どうということはないということですか。いま公社では何かこの種類の仕事をしておるのですか。
そうすると、従来もたいしたことはやっておらなかったし、したがって、これをはずしてもたいしたことはないし、民有化方針がだんだん進んでくるから、何ということなく削った、必要があれば付帯事業で、こういう感じでよろしいか。そうすると、いまの民有化の原則に戻るわけでありますが、公社は何も、たとえばウラン鉱の輸入について直接の義務なり、義務というか、国の政策を背景にして事を運ぶという手段ではなくなってくるわけですね。公社というのは国の政策を背景にしてそれを遂行する手段ではなくなってくる。それを民有化方針にまかされることになる。ということは、簡単にいえば、その問題は民間で適当にやってくれ、こういうふうに解してよろしいか。
長官にお伺いいたしたいのですけれども、長官いまお聞きのように、民有化方針が進められておるので、言うならば、海外のウラン資源を確保するのは民間企業にまかせてやらせよう、民間企業に期待しようという手段らしいと私は思うのです。ところが、この長期計画には、いまの局長のお話のような、いいかげんに入ってくるのを規制すればいいというような消極的なことではなくて、先ほど有澤先生からのお話にあったように、ウラン資源を確保しなければならぬ、海外のウラン資源を積極的に確保していかなければならぬという方針が掲げてある。これは八〇ページから八一ページをごらんになっていただきたい。「ウラン資源の相当程度を開発輸入方法によって確保していくことが望ましい。」政府の
長官の意図は私どもも十分わかるのだし、私は長官の熱意を疑っておるわけでもないのです。ところが実際は民間にまかせるということになっておって、たいした助成措置もないのです。だから、このままにしておくと、これは早急に世界の大勢におくれないようにしようというこの作文とは全然違ったことになるのではないか、早急に世界の大勢におくれないようにするためには、民間がやるのであるならば、民間がやりよい状態を国の政策としてつくって前進させるのでないとできないじゃないか、こう私は言っているのです。そこのところが私は足りないと思うのですが、どうですか、長官。
傍観するかしないかは別として、現に意欲を燃やしてやれるような政策の裏づけがないではないかということを心配しておるわけです。 有澤先生にちょっとお伺いいたしたいのですが、昨年三月の私のこの問題の質問に対しまして、有澤先生は、海外のウラン資源の確保についてはいろいろな話があるし、そしていま実際に何とかしなければならぬと思って切歯扼腕しておる状態だ。しかしながら、実際にはジョイントベンチャーであるとかなんとかいっても、やるとしてもすぐ山を掘らなければならぬ。掘った鉱石の始末をしなければならぬ。鉱石を貯蔵しておけば金がかかる。その辺の、鉱石の処理等も含めて考えると、何ともいまそれを、言うならば具体的に推進する方法がない。燃料公社でこれを