総理の発言につきましては、私もこの予算委員会の場におりましたので聞いておりましたが、私は、総理の答弁がある前、後ろで私の答弁を変えたということはございません。
総理の発言につきましては、私もこの予算委員会の場におりましたので聞いておりましたが、私は、総理の答弁がある前、後ろで私の答弁を変えたということはございません。
私の答弁に影響しておりません。
人格とかそういうものについての自己評価というのは大変難しゅうございますので、その点については、やはり他人の評価ということだろうというふうに思っております。
この売却につきましては、先ほども申し述べましたが、まず最初に、大阪航空局が専門的な知見に基づいてごみの、廃棄物の撤去費用を算定して、その後で、不動産の鑑定にかけて更地の価格を出して、その結果としての一・三億ということでございましたので、それは不動産鑑定価格の結果として売却価格も決まるというふうに思っております。
理財局長でありました私の責任でございます。
決裁文書の書換えの問題の有無等にまさにかかわる話でございますので、その点も答弁を控えさせていただきたいと思います。
今の委員の御指摘は、複数の職員がかかわったとか、そういうお話でございましたので、この決裁文書の書換え問題のまさに経緯そのもの、誰がどういう経緯でどう行ったのかということでございますので、そういう意味で、私自身が今捜査を受けている身でございまして、刑事訴追のおそれもあるということでございますので、誰がどうかかわったかということにつきましての御答弁を差し控えさせていただきたいというふうに申し上げてございます。
書換え問題そのものについては、もうまさに理財局長としての責任でございますので、その点、理財局長として申しわけないと思っております。
今回の決裁文書の書換えにつきましては、それはもうまさに理財局の当時の責任者として本当に申しわけないというふうに思っております。
私が当時理財局長としてここで答弁をし、いろいろ答弁の資料を読み、現場の職員が一生懸命そういうことをしていたという中で、何か、その総理の御発言をもとに何かいろいろ協議をしたとか、そういうことはございませんでした。
三月の九日に退職をいたしまして、それ以来、そういう方々とは会っておりません。
大変申しわけありません。記憶がすごく遠いんですが、私が理財局長のときに、なってすぐぐらいだったと思いますが、経済対策で官邸に御説明に上がったことがございまして、そのときにお部屋にいらっしゃったということだと思います。
官邸から森友のこの決裁文書の話について私に話があったことはございません。 それから、もし仮に当の理財局内にそういう話があれば、私のところにその報告は上がるだろうというふうに思っておりますので、それもございませんでした。
貸付け、売却等が行われましたのは私が理財局長になる前の話でございまして、そこについて、私はおりませんでした。 昨年、理財局長になって半年以上たって、二月からこの問題になって、そういう中で局内でいろいろ聞く中では、そういうことはございませんでした。
今おっしゃるとおりで、日付をちょっと覚えていないんですけれども、この議論が国会で始まった割合早い段階だったと思いますが、官房長官のところに、私ども理財局とそれから国土交通省の航空局で経緯について御説明に上がって、こういう、いつごろ取得要望とか、いつまでの貸付契約とか、そういうような経緯を私どもからして、国土交通省はたしか工事の話だったような気がしますけれども、そんなお話をして、それを官房長官はお聞きになっていたということだったと思います、そのときは。
指示はございませんでした。
そういうことはございませんし、そういう意味では、今回、実は証人に出るのに、やや資料も、こういう状態でございますので、そういう意味では、今後ろにいらっしゃる補佐人の方といろいろお話をしてきております。
私がこの証人喚問に立って直接お話をしているのは、今後ろにいらっしゃる補佐人の方とは話をしておりますが、私が与党の方とその話をしたということはございません。
承知しておりません。
なぜと言われると、即座にはお答えできないんですけれども、私も、何か、昨年、二月の上旬の新聞の報道で初めて知ったわけでございまして、そういう意味では、その売却価格が非開示になっているというところからここは始まっているわけでございますが、その翌週からさまざまな御質問を国会でいただきまして、なぜと言われますと、もう本当にそういう国会での御議論がどんどん大きくなっていって、その中でも必死に走っていたというのが私の実感でございます。