外務事務官でございます。いまの先生のお尋ねに答えるためには、おそらく試験出であるとかそういうふうなお尋ねであろうと思いますが、いわゆる雇いという形から入りました事務官でございます。省内で任官いたしまして、事務官になったものでございます。
外務事務官でございます。いまの先生のお尋ねに答えるためには、おそらく試験出であるとかそういうふうなお尋ねであろうと思いますが、いわゆる雇いという形から入りました事務官でございます。省内で任官いたしまして、事務官になったものでございます。
初級公務員試験も通っておりません。
縁故でございます。
秘書というか外務事務官としてよばれてどうかというふうにお尋ねになっても、これは全くプライバシーの問題なものでございますから、何とも申し上げようがございませんが、重要な仕事をしている人間といたしましては、そういうふうな危険のあるところではなるべくしないほうがいいということは、一般的にいえるのではないかと思います。
特にはっきりした、何年たったらかわるというような内規というものはございません。ただ秘書とかいうようなものは、そこに長くおりますと、どうしてもいろいろ問題が起こる可能性がございますから、なるべく、少なくとも同じポストと申しますか、秘書役は秘書役でも同じポストにはしないようにするとかいうことは考えて人事異動をやっておると思います。
これは実は、私のほうで蓮見君から告白を聞きましたときには、その三点についてのみ話を聞きまして、その段階で警察のほうに捜査依頼をいたしまして、それと同時に蓮見君が自発的に出頭したという形になっておりまして、その後にいまの十数点という話が出ておるわけでございます。私は、その十数点が何であるということはまだ聞いておりません。
まあ一年に、公信、電信の数が大体三十五万から四十万ぐらいございます。その中に秘扱い——秘及び極秘でございますが、扱いいたしますのが十万近いだろうと思います。
調書類でそのほかにもございますが、大宗は電信及び公信でございます。
調書類はその一割ぐらいだと存じております。
先ほど御答弁いたしましたとおり、公信、電信類が十万、それの一割ぐらい一万ぐらいのものの調書類があると思います。
これは歴史的な文書がございます。と申しますか、戦前からの交渉の文書、この分は外交文書の中に入っておりますが、これは極秘の扱いの分がございます。その分をみんな足しますと百五十万件ぐらいになると思います。
お答えいたします。 往電の二本は、衆議院のときに吉野アメリカ局長が横路先生と照合いたしまして、それでまた、ある新聞にも発表されておりましたので、公開されましたということで解除いたしました。来電につきましては、いまだ照合を終えておりませんし、公開もされておりませんので、まだ解除の手続をとっておりません。
公開になりましたので、もう極秘に置いておく必要がなくなりましたので、解除いたしました。
百十数通という電報と申しますのは、私、どの電報かわかりませんが、解除するつもりはございません。
公開されておりませんし、解除するつもりはございません。
新聞にも発表いたしましたとおり、三十日の日に蓮見事務官から告白がございまして、それ以来ずっと蓮見君自体の話も聞きました。それからそれ以外の関係者の話をずっと詰めておりました。で、順々に呼びまして、方法と申しますれば、呼びまして聞きました。
その蓮見君自体は、当然どういうふうに流したと申しますか、とったかとか、流したかとかいうような話を聞きましたが、非常にわかりにくうございました、話としては。女でございまして混乱しておりましたと思います。それからほかの人間につきましては、この書類にどこでどうさわったと申しますか、どこでどういうふうにこれを持ち回ったとか、どこで受けとってそこの帳簿につけたとか、そういうふうな点をその接近し得る人間に全部に聞きました。
お答えいたします。いろいろお騒がせいたしましたが、けさ九時半に外務省で詳細発表いたしました。その発表いたしましたことをまたここで御報告いたします。 去る三月二十七日の衆議院予算委員会で問題となりました文書は、外務省の極秘の電信の複写であることが判明いたしました。その後、外務省部内で鋭意調査を行なっておりました。このほどこの文書の取り扱いに関係した一省員、蓮見という事務官でございますが、それから複写を部外の者に手渡したということの告白がございました。その後も事実関係がわかりにくうございまして、これを調査を続行してまいったのでありますが、その結果、本人の陳述にほぼ誤りがないというふうなことが明らかになりましたので、昨晩警察のほうに捜
最初のお話の外国におりますという点は、実は大使館以外におりますのもおりますわけでございます。大学に行っておるような者もおります。それから、それだけではございません。最初に申しましたとおり、事実関係がわかりにくかったということが一番重要な問題だと思います。 それから、その次にお聞きになりましただれに手渡したかということでございますが、これは当時外務省におりました新聞記者でございます。毎日の新聞記者でございます。 それから、私及び事務次官の処分につきましては、大臣におまかせしております。
人事の問題、それからいまいろいろ枢軸派、反枢軸派というようなお話もございましたが、私自身は、そういうところに入らない、そういう問題が起こったあとに入った人間だものですから、どうも何とも申し上げようもないのでございますけれども、私自身そういうものはないようにしたいと思っておりますし、ないと思っておりますが、そういう御批判を受けますのは、われわれのほうにも非常に欠点があると思いますから、大いに反省いたしたいと思います。