ちょっと関連して一言……。山本さん、きょう津島から電話があったのですが、きのうから二寸ぐらい減ったそうです。だから上流地帯の方からポンプでやっているが、それで二十五日というのは、一番南の十四山や弥富、それから南の方の締め切りはどうなんですか。
ちょっと関連して一言……。山本さん、きょう津島から電話があったのですが、きのうから二寸ぐらい減ったそうです。だから上流地帯の方からポンプでやっているが、それで二十五日というのは、一番南の十四山や弥富、それから南の方の締め切りはどうなんですか。
日本社会党を代表して本決議案に賛成するものであります。 伊勢湾台風がいかにひどかったかということは、もう政府の諸君もよく御存じでございますが、私の郷里の津島市を初め、弥富町、佐屋町、蟹江町、十四山町、飛島町、十万人の人が今なお水中に没しております。しかもその苦しさは、水の上にこの寒空に住んでおりまして、まことに忍びがたいものがあります。政府は、今江崎代議士が言われるように、三週間で水をとめるといわれました。また岸総理大臣も、佐藤大蔵大臣も、建設大臣も、益谷さんも現地を見られて、あの惨状をごらんになりまして、一日も早く、災害のためにはどんなに金を使ってもやれ、そういうように申されたのであります。しかるに、現在は二メートルの水が、ま
私が、建設大臣が名古屋に来られたとき、宿屋においでになったときに、一番初めにおたずねしたら、何といっても水が引くことが第一だと言って、村上建設大臣は非常に深刻な顔で実は私に説明されました。しかし、現在私どもの蟹江町を中心として——蟹江町は大部分が水が引きましたけれども、まだ約二割が水が入っております。御承知のように、津島地区は海岸から約二十キロの奥にあります。しかも、ただいま江崎代議士からも話がありましたが、今なお水没しておりまして、政府の宣伝では、二十日くらいで水が引く、こういうようなことで、一般の罹災者は非常に安心をしておりましたが、いまだにその曙光が見えません。いろいろ政府の都合もあったと思うのでありますが、何がゆえにこんなに
村上さんは人情的にも非常に豊かな人でありまして、私はそれを追及しようとは思いません。ただ一点ここに山本河川局長にお願いしたいのでございますが、実はこの問題は、私が代議士に出ましてから十年来、山本さんが治水課長をしておられたとき以来、海部郡地帯あるいは木曽岬、長島等は、オランダと同じように、大曽川のデルタ地帯でできた土地でありまして、海水面よりも三メートル、四メートル低いところで農業をやっておる状態であります。そういう危険があったので、実は今まで十年間の間、絶えず海岸堤防の問題については陳情をし、こういう災害の起こらないように、たびたび陳情をいたしたわけであります。不幸にしてこういう結果になりましたけれども、それがために世間では、人災
実は先ほど建設大臣から、大体期日は十一月の十日、あとの方は言明がありませんでしたが、今の海部地区の作戦が終わりましても、なおかつ、長島とか鍋田の方がはっきりしないわけでございますが、先日赤城防衛庁長官に会いましたときにも、自衛隊は出すというような意見を言っておられました。自衛隊をこれ以上補強して、そうして実際にもう少し早くできないものかどうか。何といっても、暮れに迫っておりまして、冷たい水がどんどんきておりますし、同時に、家は、風の吹くたびに土台がゆれてきまして、下手すると、水が上がったときには全部使いものにならぬ家になるのじゃないか、こういう現状でございまして、土台の下が潮でございますから、水が通るたびに壁が落ちて、みじめな姿にな
同僚の議員もたくさん質問があるそうでありますから、最後に一点特にお願いしておきますが、岸総理も、その他、大臣がたくさん来られました。しかし、ヘリコプターの上から一時間、二時間見ただけでは、被災の現状はわからないわけです。村上さんは三日も四日もおられて現場を見ておりますけれども、上から見ては、それほど大したことはない。けれども、船に乗って現場を見ていただきますと、いかに悲惨であるかということは、大体御想像ができると思うのであります。私は関東大震災にあった経験がありますが、関東大震災以来の非常に大きな水害ではないか。私たちは地元のことでございますから、世間のことはさほど知らぬというようなそしりは受けるかもしれませんが、おそらく今度のこの
実は、年末金融の問題について、かねて大蔵委員会で質問するはずでございましたが、御承知のように伊勢湾台風が突如起きまして、史上空前の大きな災害があったということは、これは、新聞をごらんになれば、大体わかるわけです。特に、今度の災害は、あとで同僚議員の春日君からも質問があると思いますが、非常にえらい災害でありまして、政府も、対策に非常に力を入れて、現在名古屋の方へ本部を置いてやっております。きょうは大臣が午後出席されることになっておりますから、その問題はそのときに譲りまして、とりあえず一番民衆と関係の深い国民金融公庫のことに関しまして、私から四、五点について質疑をしたいと思います。 そこで、きょうは総裁が来ておられないそうであります
現にまだ愛知県の海部郡とか、あるいは三重県の方も水につかっておる。それから名古屋の一部が残っております。名古屋はだいぶ水が引いて、やっと復興の形が出ておりますが、非常にひどい災害で、現に私どもの方の五万人くらいがまだ水に浸っております。けれども、現実的には商売をやらなければなりませんが、実際、家はこわれ、災害地は非常に悲惨でありますから、ほとんど無一文だというような状態でありますので、どうしても今度は相当の資金を融通をしてもらわなければ、再起までの間の生活もできないくらい悲惨な状態であります。そこで、大体今までの国民公庫の利用率は、愛知県の場合は資金申し込みの大体五五%くらいまで要求に応じているようでありますけれども、それにしてもま
どうも東京のああいうビルディングにおられますと、そういうような簡単な計算がつくのでありますが、今度の災害はそんななまやさしいものではないので、おそらく、あなたが想像されているような、そんなわずかなものではないと思う。私たちの方も、これは現に選挙区になっておりますから、努めて今まで押えてきたのでございますが、もう押え切れないような状態にあるということは、いずれあとで春日君からも質問があると思いますが、何もない中小企業者がたくさんある。そこで、たよれるものは、おそらく国民公庫のような資金でないとなかなか簡単にいかない点がある。現に、今まで私たちも、自分の関係で、国民公庫の利用率がだんだんふえて、しかも調査率もよくなって、大体一カ月か一カ
大蔵省は一体どのように考えておられるか。石野さんにお伺いいたします。
国民金融公庫が発足しましてから十年近くなりますが、だんだん民衆の方に浸透しまして、三十万、四十万という零細な金が借りられるということで、中小企業者は非常に助かっておるわけです。私たちの意見では、あんな中小企業金融公庫のような大きなものはむしろ不要であって、やはり末端に組織を持っておる国民金融公庫がもっと利用さるべきだということを考えております関係上、こういう事件が起きると、一番たよりになって、一番簡単に借りられる国民金融公庫のあり方が、非常に民衆にありがたがられるということを痛切に感じておるわけです。 そういう点に関連しまして私たちがお願いしたいのは、今の資金量の増加に対しては、同時に人員がふえなければ仕事ができない。特に、名古
松田理事からいろいろお話を聞きましたが、よそのところも問題でございますが、愛知県だけが特にひどいということは認めていただきたいと思うのです。そこで、石野銀行局長にお願いするのでございますが、金融公庫の方では最小限度の資金の需要だそうでございます。おそらくこれ以上になると思いますが、銀行局長はどういうような態度でやっていただけるか、一言お願いします。
村上建設大臣がおられませんから、大沢政務次官に質疑をいたします。 大沢政務次官は、愛知県や名古屋においでになっておられますか。
大臣から何か報告を受けておられますか。
大沢さんは埼玉県知事もやっておられた方でありますから、そういう具体的なことをいろいろ御存じだろうと思いますが、実は村上建設大臣に名古屋市で会いまして、現地を二日間ごらんになっておりますが、私たちが非常に心配いたしておりますのは、今なお名古屋市、私どもの津島市、それから八カ町村その他長島等に、まだ水につかっておる人が二十万以上もおるのじゃないかと思うのです。最初は、二週間くらいで何とかなる、一番おそいのでも四十五日間くらいには仮堤ができて水が何とか出る、こういう発表がございましたので、罹災民もどうにかそういうようなことを信じて、まだ今なおおるわけでございますけれども、なかなか具体的には進捗しない関係上、非常に心配して、実は大蔵委員会へ
十一月中という話はいろいろ聞いておりますが、それでもなお不安な点があるわけで、実は、私の方の津島市とあの付近の町村から、今二万五千人くらい避難をして、名古屋市を初め各地の高い方の避難所に行っておるわけであります。そこへ私は三日間にわたって参りますと、まあ慰問袋もけっこうだけれども、いつ家へ帰してもらえるのだ、これをどんな人でも聞くわけです。私たちも、いろいろ聞かれましても、その期日がわからない。そこで、中央では何か情報があるのではないかということで、きょう上京してきたのですが、私たちも水につかっておりました関係上、いろいろ困難な事情も知っております。しかし、これはいろいろ自衛隊の努力、あるいはまた消防団、あるいは現地のいろいろな努力
池田大蔵大臣に質問しますが、先日はわざわざ愛知県においで下さいまして、今度の災害のことについていろいろ見聞されたと思うのです。まあ大蔵大臣といっても、佐藤大蔵大臣は三日くらいたつと帰ってこられる。しかし、途中で飛行機が落ちれば、あなたが大蔵大臣だから、大蔵大臣になったつもりでいろいろえと御答弁願いたい。 非常に災害が大きいので、おそらくいろいろお考えになったと思いますが、一つこの際抜本的に、今度の災害に対しまして大臣からいろいろとお世話になると思いますけれども、特に私たちがお願いしたいのは、同僚の春日委員が言いましたように、今度は関東の大震災に匹敵するような非常に大きな水害でございますので、この際は、一つ大蔵省が、今までのような
もう一つ大沢政務次官にお尋ねいたしますが、現在災害のために毎年二千二百億くらいの復旧費が出ているそうでありますが、今度の災害は今までよりももっとひどいので、おそらくいろいろと新しい事実が今度出てくると思うのでございます。今まで、私たちも、海岸堤防の問題についてもたびたび陳情し、折衝しておりましたけれども、建設省はいつもそのときは大蔵省の予算がないからということで、こういうような大きな災害になったわけですが、今度の災害は、木曽川が切れたとかいう問題でなくて、やはり海岸堤防の大きな被害があって、こういうような被害があったわけでありまして、山梨県とかあるいは昨年の狩野川はんらんとは性質が本質的に違っておるわけです。それだから、水がさっと落
もう一点お伺いしておきたいのは、今おっしゃったように農林省のやつは全部だめなんです。建設省の堤防の方で強固であったということもわれわれ実際わかりました。あとで農林大臣に文句を言うつもりです。その点はあなたのおっしゃる通りでありますが、今問題になっておりますのは、何といってもそういう将来の問題と、もう一つは現に水に入っておる人々のことを考えていただきまして、一つできるだけ早く水が引くように督促していただくように、この際お願いしておきます。
この際気象庁の和達さんにちょっとお尋ねをいたしますが、今度の台風の予報が非常にうまく当りまして、あまり当り過ぎて非常にみんなが心配したのです。ただ、ここで一、二点将来のためにお伺いしておきたいと思いますが、今まで台風の予報がときどきずれる点がありまして、私たちの方の者も、また今度も九州の方へ行くだろう、そういうようなことを言っておる間に、実は紀州沖から愛知県の方へ上ったわけです。ところが、この台風のスピードが早くなって、初めは二十五キロぐらいでございましたが、夜の九時ごろになりまして愛知県を襲ったときには、七十五キロぐらいの速度で急に来ました。ところが、海岸の方では、風が強くなったと思うときに、もうすでに堤防が決壊して水についたとい