山崎始男君。
山崎始男君。
本日はこの程度にいたします。 これにて散会いたします。 午後一時三分散会 ————◇—————
まず文部大臣にお尋ねしますが、この法案は、文教委員会で、たびたび問題になったものでございまして、義務教育の国庫負担の問題については相当に議論がありますが、今度の法律の中で、私たちが一番不満に思うのは、中学校の方は二分の一の負担になっておりますけれども、小学校の方には三分の一ということになっております。これがどうして中学校と同様に二分の一の負担にならないのか、まずこの一点を大臣あるいは小林管理局長にお伺いしたいと思います。
私たちもやはり地元の方で非常に心配しておりますのは、小学校の不正常授業あるいは危険校舎につきまして、なかなか整備が整わぬ点であって、おそらく文部当局もよく御承知だろうと思います。現在なお不正常授業並びに危険校舎の対象となっております総数はどのくらいあるものか。小林管理局長に御説明願いたいと思います。
もう一点お尋ねしたいのですが、小学校、中学校の敷地の問題で、なかなか町村は困難しているのです。これは二分の一国庫補助をお願いしたいのですが、なぜそれができないのか、この点をお伺いいたしたい。
最近地方でいろいろ問題になっておりますのは、公立中学校の雨天運動場の新築の問題です。各地方とも今までは、危険校舎をやっと直すくらいの程度で済んだのですが、最近は少し整備されて、問題になってきましたのは公立学校の雨天体操場と申しますか、屋内運動場と申しますか、こういう点については今度は法律でできるわけですが、予算とのにらみ合せがありまして、今度の予算のどこに組まれておるか。幾ら法律があっても明文だけで予算が伴わなければ、地方から出てきても思うようにいかない。小林管理局長のお考えでは、三十三年度にはどれくらいの屋内運動場ができるものであるか。おそらく地方から申し込みが相当殺到してくると思うのですが、どれくらいの割当で今年度はできる予定を
義務教育諸学校の設備については全国的な問題でありまして、なかなか簡単にはできないことも十分承知はしております。しかし義務教育でございますから、小学校、中学校の設備に対してはやはり万全を期していただいて、一日も早くこれらの不足の校舎あるいは新築の校舎については国がどしどし補助を与えて整備をされることが必要であります。 もう一点お尋ねしておきたいのは、最近科学技術教育の普及によりまして、地方においても科学実験室、理科教室の要望が非常に高いわけでございます。各地方ともこの際国から半分の負担をしてもらいたい、そういうような時期がいつになるかというような問い合せがあるわけであります。幾ら表の看板で、科学技術教育の普及といっておりましても、
大臣に一点お伺いしたいと思います。科学技術教育につきましては、前の国会において衆議院は満場一致で決議をしたわけでございます。ところが実際にやってみると、科学教育振興といいましても、ただいま申しましたように小学校、中学校の科学教育もあれば、また大学におけるところの科学教育もあるわけでございます。そういう点で両方ともできればそれにこしたことはありませんが、私たちはまず、大学の科学教育をやることも大事であるけれども、少くとも義務教育のところに基礎知識を与えなければ、それはちょうどわれわれに科学的なものがないと同じように、中学校や小学校の時代にそういうものを基礎的に教えていかないと、大学へ進むまでなかなか思うようにいかないわけです。そういう
この義務教育諸学校施設費国庫負担法というのは、これはまことに耳寄りな話で非常にけっこうでありますが、予算を伴うのでなかなか一朝一夕にいかないとは思います。しかしあとでわれわれの方の櫻井君から修正案が出ますが、いずれそのときにも御説明があると存じますが、どうか一日も早く危険校舎並びに不正常授業が解消できるような処置を文部省にとっていただきたいことを要望いたしまして、私の質疑を終ります。
ただいま可決されました義務教育諸学校施設費国庫負担法案に関しまして、要望いたします。 本法案の内容は、去る二十六国会において、公立小学校不正常授業解消促進臨時措置法の一部を改正する法律案に対する本委員会の付帯決議たる「義務教育が国と地方公共団体との共同責任にかかる重要事項たる点と、地方財政の実情とにかんがみ、公立義務教育諸学校の施設、設備についても政府はすみやかに義務教育費国庫負担法の精神にのっとり、これに必要な経費の二分の一を国が負担するために必要な措置を講ずべきである。」という精神に照合すれば、その懸隔まことに大なるものがあります。政府は来年度において必ずこの決議の精神を実現するため、万全の努力をいたされるよう全委員の名にお
ただいま提案いたしました盲学校、ろう学校及び養護学校への就学奨励に関する法律の一部を改正する法律案に対する修正案の御説明をいたします。 元来、盲、ろうその他の身心薄弱者を養護すること、また教育してその生活力をつけることはきわめて大事なことでありまして、その教育の非常な不備を考えまして、私たちはこれを救うことが非常に重要と考えております。現行法並びに今回の改正案ともに、この精神から見ますと、残念ながらまだ相当の不備がありまして、私たちはそのために修正案を出すわけでございます。 第一は、幼稚園の幼児をもその保護の対象として、給食費、通学交通費等をも公費の支弁としようという趣旨であります。 第二は、保健対象たる児童生徒の実験実
ただいま議長から御報告になりました故衆議院議員従四位勲二等河野金昇君に対し院議をもって弔詞を贈呈し、その弔詞はこれを議長に一任するの動議を提出いたします。 私はここに、諸君の御同意を得て、議員一同を代表し、つつしんで哀悼の辞を申し述べたいと存じます。 河野君はかねてから病気のため療養に努めておられたのでありますが、去る三月二十九日、心臓障害のため突如逝去いたされました。まことに驚愕悲痛きわまりないものがあります。私は年少の君のために追悼の言葉を述べようとは夢想だにもしなかったことでありますが、思えば感無量なものがあります。 河野君は、明治四十三年二月、愛知県尾西市の朝日に生まれ、長じて名古屋市立商業学校を卒業、早稲田大学
南極観測の挙に当りまして、今回無事帰還されましたことを心からお喜びいたします。ことに西堀越冬隊長初め、越冬隊の皆様の御労苦を謝し、永田隊長初め宗谷の皆様に対しても、その御苦心のほどを感謝する次第でございます。 私たちがあなた方に対していろいろ質疑をするというようなことは、何かあとでいろいろそれがために無理なことを言うのじゃないかというような考えがしますが、将来の大成を期する意味において、また参考にする意味において、西堀隊長から二、三の点についてお伺いしたいと思うのであります。 先ほど西堀隊長は、昭和基地が適当な地域であったというようなお話がございました。しかしわれわれ内地においては、現状はわかりませんけれども、あの接岸地帯の
本年は不幸にして本観側ができませんが、あのままに捨てておいていいものであるかどうか、また日本だけが参加できないことになるが、今後継続するのには、一年休むと差しつかえができると思うのですが、そういう点について西堀隊長はどういうふうにお考えになっておるか、ちょっとお伺いしたい。
もう一点お伺いしたいと思います。今後問題になるのはあとで永田隊長から伺いたいと思うのですが、西堀隊長個人の考えでけっこうですが、今の昭和基地の家屋、器材、もっと大きなものは領土権の問題、こういうことがいろいろ問題になってくると思うのです。そういう点についての今の問題と関連して、西堀さんはどういうふうにお考えになっておるのか。これは文部省にいろいろ伺う参考のためにその点についてもう一点だけお伺いしたいと思います。
どうもいろいろありがとうございました。今度は永田隊長にお伺いするんですが、永田隊長は立場上からも当然そういう気持があると思うのでありますが、実はこの問題は日本の最初の非常に大きな計画でありまして、いろいろな工合でこういう結果になったんですが、隊長としてはどうしてもこれを続けたいというような決心とか御決意等を発表されておるわけですが。第一回にはオビ号に助けられ、今度はバ一トン・アイランド号に助けられたのでありますが、一体宗谷の船でこれがやっていける考えがあるのか、また何かの方法でこうやったならば一つ成功してみせるというようなそういう御決意ができるものであるかどうかということをお伺いしたいと思います。
これは最初のことでございますからいろいろ失敗もあると思いますが、この南極はもともと天候に支配されやすいということは永田さんも御存じだろうと思います。私たちは、せっかくやられるならばやはり成功してもらいたいというのが国民の感情だと思いますし、しかもこれは御承知のように予算の要ることでありまして、予算の獲得にいろいろ文部省が非常に苦労されたことは知っておりますが、ただ国民がやはり納得して——まあ幸いにして今度は人の被害がなかったので国民は喜んでおりますが、やはり何といってもわれわれが新聞やラジオで騒ぐ点もありますけれども、先ほど西堀隊長は皆が心配しているのでびっくりしたと言われますが、これはあなた方の責任ではございませんけれども、どうも
山本航海長に一言お伺いしたいのですが、実は隊長の、宗谷をもう少し改装すればというような意見もあり、おそらく来年やろうと思えば、新しく船を作るような余裕はありませんので、当然宗谷の改装ということになると思うのです。私も宗谷に乗せてもらって知っておるのですが、果してあの船を改装して、たとえば今度の場合は、一万三千馬力も持っておるようなバートン・アイランド号でも砕氷能力に欠けたということもあるわけです。一体山本さんたちの考え方で、宗谷を改装して、あの船でほんとうに昭和基地の接岸ができるかどうかということについて、これは天候の工合もあるから、それはわかりませんと言えばそれきりだけども、しかしわれわれ国民としては、そう言ってしまってからあとで
西堀越冬隊長に、もう一点だけ最後にお伺いしたいと思うのですが、一年間越冬隊十一人で苦労されたことを思い、いろいろその後週刊雑誌、新聞などに、あのときのいろいろな話が出て、われわれ読んで、想像もできないようなことだと考えておるわけですが、この一年間の苦労はやはり将来の日本の南極観測についていろいろ参考になり、これが根となって将来の日本の発展に資するところが多かろうと思いますが、この一年間に、どういう方法をしたら今後さらにこれに積み重ねていくような方法ができるのか。また当時一年間おられて、いろいろ不自由も感じられたと思いますが、どういうことを今後やっていったならば、将来の成功に資するようなことになるかというようなことの参考の御意見があり
いろいろ議論があっても、初めてのことでありますから、いろいろ無理もあったと思うのです。ただ国へ帰られて地方へおいでになっても、いかに国民が関心を持っておったかということは、これはお三人の方が経験されたと思うのですが、そういう点で、今度は全部成功ではなかったけれども、しかし国民がこれに直接の関心を持っただけでも大きな、いい結果が出ていると思うのです。どうか御自重、御自愛されて、さらに成功されることをお願いたしまして、私の質問を終ります。