そういう点については受田君と反対であります。なぜこの祝祭日がかえられなければならぬか。この現段階を考えないで、こういう祝祭日を改めるということはないのでありますから、わけわれはそういう点について、今までの紀元節とか、建國祭とかいう考え方は、この際一掃しなければならぬ、こういうような時代的な感覚も考えなければならぬということを主張するもであります。日にちの問題は私もいろいろ学者の意見を專門調査員から聽いて、ほかに適当な日がなければ、やむを得ずこの日を認めようと思いますけれども、名前についてはやはり新しい祝祭日を設定するために、われわれは新しい感覚でいかなければならぬというような意味で、今の受田君の考え方とは非常に違つた意味であることを
