麦価は、先ほどもお話しのございましたように、これはきまって六月中にやることになっておりまして、大体いつも六月月末に近いころ行なわれておりますが、それよりおくれるかもしれません。その辺のところは私どももまだ明確に想定はいたしておらないわけであります。
麦価は、先ほどもお話しのございましたように、これはきまって六月中にやることになっておりまして、大体いつも六月月末に近いころ行なわれておりますが、それよりおくれるかもしれません。その辺のところは私どももまだ明確に想定はいたしておらないわけであります。
私ども、この米価決定について、参議院選挙というふうなことはあまり念頭にないわけでありますが、そういうことになりますとやはり多くの人々にも御迷惑かもしれませんし、その辺の事情はその辺に近づいたころ判断をして、米審とも相談をいたしたいと思っております。
いま申し上げましたように、麦価は六月ともうきまっておりますけれども、米価につきましてはきわめて流動的でありますが、七月ごろにはなるのではないかと思います。これははっきりはわかりませんけれども……。そこで、麦価は、きめてありますようにパリティ計算でありますので、方式は違いますけれども、パリティはパリティなりに、やはり諸般の経済事情がそこにあらわれてきておるものでありますので、米価についても影響を受けるということは当然あり得ることだと思っております。
これは麦はパリティ、片方は少し違いますが、先ほど申し上げましたように諸般の経済状況が変化しておりますので、麦価のパリティを見ておりましても、状況は昨年に比べて変化をしておることは事実だと思いますので、先ほどお答えいたしましたように、そういうことについての影響は、たとえ方式は違いましても、とる資料にあらわれてくるものでありますので、これは影響を受けることはやむを得ないと思いますが、パリティもどのようになっていくかということはまだ私どもに把握できておりませんので、そういう点についての確たるお答えはいまはできないと思います。
経済社会全般の動向につきましての芳賀さんの御意見は、私どもも同じような感触を持っておるわけであります。そういう動向の中で四十九年産米価をどうするかということにつきましては、まだ私ども態度をきめておりませんけれども、食管法に定めてありますように、経済事情、賃金その他そういう諸般の状況を考慮して、再生産の確保を旨としてきめる、こういうことになっておるわけでございますので、そういう諸般の資料を収集いたしまして米審に相談をいたしたいというふうに考えております。
先般、団体の代表者の方々が御来訪になりまして、お目にかかりまして、いまお話しのようにいろいろの御希望を承っておりますが、私どもといたしましては、昨年の米価決定にあたりましても、十分生産費を償うように考慮いたして、かなり大幅な引き上げをいたしておることは御存じのとおりでございます。したがって、現在それに対して追加払いをするというふうなことは、政府としては全然考えておりません。
芳賀さんの御意見はよく私どもにも理解できましたが、現在、生産者米価は、先ほども申し上げましたように、再生産を確保することを旨といたしまして、生産費及び所得補償方式によって算定いたしておりますが、具体的な毎年の算定にあたりましては、需給事情その他各般の事情を総合的に判断をいたしまして、算定要素の取り方等に所要の修正を加えてまいっております。いまお話しのありました四十二年産までは、米の不足という状況を背景に、生産を刺激するという観点から各種の要素の付加を行なってまいりましたが、四十四年産以降は米の需給が過剰基調に転じました。そういうことを背景に生産刺激的な米価を抑制するということに配慮をいたしまして、算定要素の取り方等に所要の修正を加え
非常に不足ぎみでありまして、生産を刺激すべきときであると考えました四十二年の算式をそのまま継承していくとすれば芳賀さんのおっしゃるような数字が出てまいるという御議論につきましては、体系的に秩序整然とお示しになりましたので、それはよくわかりますと申し上げておるわけでありますが、それ以後、昨年、一昨年の米価決定にあたりましては先ほど申し上げましたような状況にありますので、そういう算式に修正を加えてまいっております、したがって、それに基づいた追加払いというふうなものは考えられない、こう申し上げておるわけであります。
最初のほうの御質疑に対しましては、先ほど来申し上げているように、まだ私ども資料もととのわない時期でございますので、いろいろな想定的なことを申し上げることは慎むべきであると存じております。それは芳賀さんもよく御理解いただけることと存じます。 もう一つの概算払いでありますが、これはただいま千円で、今日のような状況であるし――大体いなかは八月がお盆でございまして、お盆に現金が、ということで、当初実施いたしたころはたいへん喜ばれておりましたようなやり方でございますが、これにつきましては、いまお話しのように三千円云々のお話しも聞いておりますが、これらにつきましては、それぞれ関係筋と十分相談をして善処をいたしてまいりたいと思っております。
農政の大切なことはもう御指摘のとおりでございます。いまお話しのございましたように、いまは国際的な食料逼迫の時期でもございますので、日本の農業の基礎を確立するためには、生産対策、流通対策、価格対策と、それらのことについて調和のとれた方向で進むべきであるとわれわれは思っております。政府全体としてそういう考えのもとに、現在の状況の中における日本農業を見てまいりますときに、大事な問題は農村の方々の生産意欲の増強にあるわけでありますので、すべての焦点をそこに合わせまして、喜んでいただけるような農政をいたしたいと私どもは思っておりますので、皆さん方におかれても大いに御協力、御鞭撻のほどをお願いいたしたいと存じます。
お話しのように、国際的に食料需給の逼迫しております現状にあたりましては、しばしば申し上げておりますように、私どもは全力をあげて自給度の維持向上につとめる、こういう基本的たてまえでございます。 そこで、自給率と申しましても、いまお話しの中にございました穀類の中には飼料穀物も含めてのことでございますが、国内で生産し得るものはあとう限り国内で生産し得るようにして、どうしてもそれが不適当であるというふうなものにつきましては、できるだけの自給度は努力いたしますけれども、安定した状態のもとに輸入するということが総括的なたてまえだと思うのであります。 そこで、穀類等の自給率を考えてみますと、かりにわが国が食生活の国民の嗜好がだんだん変化い
人間としてのしあわせの一つとして、ほこりっぽい都会地で働いていても、ある一定の時間は空気のよい環境の美しいところで余暇を暮らしたいというのは人情だと思いますし、それが国民のしあわせなことではないかと私は思うのでありますが、そういう角度から考えてみますと、農業というのは、ああいう空気のよい緑に囲まれた中でありますし、これは国のもとになるべき農業でありますから、そういう環境を国民全体の力で保持していくということは、民族永遠の発展のために絶対にせなければならない努力だと私は思っております。 そこで、他産業にひけをとらないような産業として成り立つようにと私は申しておりますが、世界各国おもな国々をごらんになりましても、工業と農業との生産性
生産者団体の総会がございまして、その御決定というととで、政府の買い入れ価格を引き上げること、それから追加払いをすべきであるということ、それから概算払いの金額をふやすこと、主としてこういう御申し入れが書きものによってございました。
私の立場は、米価について口にいたしますときには、やはり米価審議会というものが前提にございまして、米価審議会に御相談をせずに農林大臣が米価のことを口にするということは慎むべきことではないかとかねがね考えております。これは形式だけの問題ではございませんで、法律にそのように指示してありまして、したがって、宮脇さんたちがおいでになりましたときは、御要望につきましては十分よく承りました、それぞれ関係筋とも協議の上で決定いたしたいと思います、と、こういうふうにお答えいたしました。
米価につきましては、御存じのように、生産費・所得補償方式でやっておることは変わりはございません。ただ、いまお話しのございました四十二年の産米につきましては、当時は非常に米の不足を訴えられておる時代でございました。したがって、これはできるだけ生産を刺激するということが大切であるという政策目標もございました。そういうことを目標にいたしまして米価の決定をいたしました。しかし、その後は御存じのように過剰ぎみであります。したがって、二年間続けて実際の据え置きの措置を講じました。いまも生産調整が行なわれており、潜在的に過剰ぎみであることも御存じのとおりであります。したがって、算定の方式は同じでありますけれども、その要素につきましては、私どもはそ
米は、御存じのように国民全体の主食であります。同時にまた、農政の基本になるべきものでありますので、これが一般に政治的にいろいろな影響を持ってくることを考慮しなければなりません。私どもといたしましては、農業それ自体を考えてみましても、米づくりの農家の方のことを考えてみましても、いたずらに生産過剰になって、現実にその米が非常に余ってくるというふうなことは大いに反省してやらなければならぬことは当然なことだと思っておりますが、四十二年のときは、先ほどもお話しの中で御指摘がありましたように、反収等のとり方にしても、労働賃金のとり方にいたしましても、ああいう不足の事態でありますので、できるだけ生産を刺激するということが必要であるという考え方のも
四十七年、四十八年、これはいまの四十二年のやり方とは、とり方について変わっておることは先ほどお話しがありました。私どもといたしましては、これからいろいろな資料を調べ上げまして、その上でどういうふうにすべきであるかということを米審にはかってきめていきたい、このように考えているわけであります。
食料について慎重な態度をとるということは必要なときになってきておると思っております。しかし、本年百三十五万トンというのは、御存じのように、実際の生産調整は百十八万トンで、あとは通年施行を入れて百三十五万トンということでありますが、これは昨年の二百五万トンから比べますと、調整の量をはるかに減退いたしておることは御存じのとおりであります。 なお、私どもの見るところによりますと、やはり潜在的な生産過剰ぎみにありますので、私どもがこれからどうするかということはこれから検討しなければなりませんが、米についての需要につきましては安定しておることはもう御存じのとおりであります。したがって、自給度を高めますためにはほかの作物にもさらに力を入れな
最初のほうの学校給食につきましては、先年来農林省は文部省にもずいぶんお願いをいたしまして、子供たちに米食の癖をつけてもらうようにいろいろやっているのでありますが、長い間の慣習でなかなかこれがうまくいっておりませんが、われわれはなお引き続いて米食か奨励するために最大の努力を続けておる次第であります。 それから、追加払いのことでございますが、わが国でかつて追加払いをいたした歴史がございます。そのころは、御存じのように食料確保のために、非常な、特段の措置を講じておった時代であります。そういう意味でございますので、そのころの状況が今日とはたいへん違っておることは御存じのとおりであります。
供出を非常に熱心に、全力をあげてやらしておった時代であります。