単純な聞き方をするようですが、キューバとの関係なんかもこのごろはいいんですか。
単純な聞き方をするようですが、キューバとの関係なんかもこのごろはいいんですか。
そういたしますと、反ソという方向でもなく反米という傾向でもなく、できれば西側の方につないでおきたいというところが日本の立場ですか。
六九年に農地改革をやりまして、地主制、かなり偏った土地所有関係が農地解放によって解放された。地代を土地所有者が吸い上げるというふうな形の支配がある程度変わったように見えるんですが、言ってみれば自作農家みたいな土地の再配分をやりつつあるというふうな状況です。その辺はちょっと見るとかなり日本の状況に似ているものを感ずるんですが、例えば前にペルーの大地震というのがございましたが、そんな地質といいますか地理的な条件。しかし現在は食糧の輸入国で、農民がかなり多い割合には農業収入が少ない、こういうふうな状況のようですが、文化交流のスタイルを見ますというと、これは私の感じですが、何か第三次産業といいますか、そんなふうな感じのところに焦点を当てて文
何かペルーというものとインカ帝国の文明というようなものを二重写しにして考えるような感じがちょっと出ないんで、改めてインカ帝国のペルーだなと、こういうふうに思うような感じなんですけれども、やはりああいう歴史の古い、しかも文明史的に物すごく古い文化が今日ずっと進んできている、つながってきているという国ですから、こういう国との文化交流というものはかなりよその国の文化交流とは違ったものをつけ加えるべきものではないかと私は思うんです。 一体、文化というものはどんなものだとお考えですか。
古く例えば中国の文明とか、チグリス・ユーフラテスの流域に栄えた文明とか文化とかいろいろ言われるんですけれども、インカの文明というのはそういうふうな型と全然違うんですね。例えば、大きな川が土を運んで豊穣な農地をつくって、そこに農耕文化が栄えてつくったというふうなこういうタイプが大体に一般的なんですけれども、このインカの文明というものを見るというと、全然そういうふうな生産性の高い地理的条件というものがないところに、しかも非常に古い文化が発生してきているというふうな感じがするんですね。 そういう点から見ますというと、何といいますか、物というものが中心になって生産という形で栄えてきた文化とは違った、人間とか精神とかそんなふうなものに基づ
スペイン支配時代のものは、これはスペインのいわゆる植民政策のあらわれとしてそういう中から出た文化といえば文化で、前の文化を継承したといっても余り参考になるというとおかしいけれども、そう価値のあるものではないんじゃないかと思うんですが、もちろん、植民主義時代においては、スペインの植民地支配がどんなふうにうまくやったかへたにやったかというような意味ではいろんな問題が、酌み取るものがあるかもしれませんが、今日私どもが、もっと基本的な両国の長い歴史にたえる繁栄と文化国家というふうな意味で考えていきますと、そのスペイン支配の時代はそれほど価値のあるものだと私は考えません。むしろ、それ以前からつなげてきたものがどういうものかというふうな点で非常
しかしこれは英連邦の一員ということ、一員というと言葉は悪いんだが英連邦に属する立憲君主制というんですか、これは。
ここの国の問題の中に国内ゲリラ対策というようなのがちょっと目につくんですが、これはどういう政情と背景の中でそういうふうなことが国の中の大きなテーマになっているんでしようか。
それはどのくらいの勢力があるんですか。
この国の政治は国民戦線という政党ですか、これが圧倒的多数で政治の主導権を握っているんですね。
私は外交のことは余りわかりませんが、政治それからいろんな運動というふうな点では長い経験を持った過去があるんですが、えてしてこの人民戦線とか国民戦線とかというふうな形のものはいろんな違った勢力、統一戦線を組んでいかなければ何かに対抗できないと、こういう場合に組まれる、また名称に出てくる名前なんですが、この国民戦線という形で国民的な連合を図っていくということになると、それによって何かに対抗するという、こういう政治の姿勢になるんですが、そういうふうな点では一体どういう状況の中でこんなふうな政治勢力がこの国の支配勢力になっているんでしょうか。
そういう場合には政治運動の形態としては戦線ではないんですね。連合なんですね。戦線という形に名がつく場合には必ず共通の脅威といいますか、敵対物があって、それに対抗するために幾つかの民族なりあるいは国内の諸勢力なりが統一戦線を組んでいくと、こういう形になるのがこれが政治の常識なんだけれども、そういう意味でちょっと私、国民戦線という党が圧倒的多数となっているということは、何かそういう脅威というようなものを常に感じながら政治を統合していくという立場が背景にあるのかなど、こう私なりに感じてのお尋ねなんですが、その辺のことはどうなんですか。
民族間の融和というような問題がこの国の大きな問題だというふうにも指摘されておりまするからその辺のところは幾らかわかるんですが、それからこの郵便の約定が日本との間にできているんですが、日本との間にはほかにどんな約定なり協定がありますか。
ドライな協定だけでお互いの友好とか、さっき話が出た文化とか、そんなふうな面が余りないような感じがするんですが、そんな点はどうですか。
ゴムを買ったり、パーム油、木材を買ったり、すず、石油、天然ガス、いろいろなものを買っていいお得意さん、こういう意味で、人間が行き来するために航空の協定をやる。情報関係、郵便関係、通商関係、租税関係、こういうふうな関係ができているわけですが、ちょっと手元にある資料を一部分だけ読んでみますが、ここにもまたルックイーストというか、日本に見習えなんというふうな動きが起こっておるんです。二年前からマハティール首相が日本を見習えというふうなスローガンを掲げて、技術の革新とか効率性とかというふうなものを唱えて大変企業誘致に積極的だと。ところが最近は、見習うべき日本ばかりに利益をもたらして現地にはさっぱりおかげがない、こういう批判が出ているという指
うまくいっているという話がございましたが、日本側からうまくやっているでは困るんであります。また外交問題までになっていないとこうおっしゃいますけれども、どこまでいけば外交問題になるのかということになるとこれまた論議のある点であります。一通の投書でも、一通の投書は千三百人の声を代表しているなんてだれか言った日本の人がございますが、いずれにしてもこれは共同通信系の情報ですからそう一方的なものではないと思いますので、日本側でうまくやっているというのじゃなくて、やっぱり両国のためにうまくやるように願いたいと思います。 次の国際電気通信条約の問題に関連してちょっと伺いますが、これまた率直に言ってよくわかりませんので専門家に任せるほかないんで
韓国の問題もいろいろお話ししたいんですが、しかし石橋社会党委員長がアメリカとこの問題でいろいろ話をして、また機会もあろうと思いますが、韓国の現状にもいろいろ問題があるし朝鮮民主主義人民共和国にもある。これは次の機会にまた伺いたいと思います。 今、北海道の「一日外務省」という企画の中で厳しいほど対話をと、こう述べられたが、私はこの言葉、言葉というよりも考え方に対して支持をします。 アメリカは資本主義の国ですから、アメリカには「販売なくして事業なし」という格言がございます。これは資本主義経済構造の中ではそういうことだと思います。販売のない事業はないわけです。と同時にこれと対になって、販売は、「セールスは断られたときから始まる」と
きのう、きょうあたりの新聞でちょっと見たんですが、中身は読まないんだけれども何となく感じたんですが、何か消費構造のルネッサンスというような言葉が出ておりましてよく私はわからないんですが、しかしいずれにしてもその中で感じる点は、我々の家庭生活の中でも非常に消費構造が変わってきているということを指摘したことのようです。 外交なんていうと何か雲の上のことみたいに考えて、庶民とはなじみの薄いものになっておりますけれども、結局我々家庭生活の向こう三軒両隣のつき合いみたいなものでありまして、けんかしないで仲良くお互いにうまくやっていこうと、こういうことだろうと思うのであります。そういうことになりますというと、日本の国際的地位というものがこう
昔、外務省畑がよかったからという意味じゃございませんけれども、やっぱり日本の国際的な地位が変わったという、日本だけじゃございませんけれども、国際関係が非常にどの国も多くなったわけですから、そういう意味で外務省がもうちょっと何か、花形になってもらわなくてもいいけれども羽ぶりのきくような存在に考えられていいんじゃないかと思うんですね。 それから、しょっちゅう外国にばかり行っているとおっしゃいましたけれども、十三回行ったとおっしゃいましたけれども、留守するとどうしても一方において国内の発言力が弱くなる。国際的には発言力が出ても国内の発言力が弱くなるというような問題もこれもあるわけでありまして、別に誘導質問をするわけじゃないけれども、こ
言葉じりをつかまえて言うわけじゃございませんけれども、援助援助ということですね。私は、余り援助援助というふうな考え方、言葉を国際関係の中で出すべきじゃないんじゃないかという感じがするのです。それから、おくれているから助けてやるのだと、こう言うけれども、後進国とか何とか言うけれども、おくれているということがなぜ悪いんですか。ちょっと答えにくいいやな質問かもしらぬけれども。答えなくてもいいです。