この一元化法案についての手順でございますか、青函トンネルでございますか。
この一元化法案についての手順でございますか、青函トンネルでございますか。
青函トンネルにつきましては、ただいま列車の運行に関する設備はほとんど完了をいたしております。現在行われておりますのは、部内の工事の竣工監査等を現在行っております。それが終わりますと十月の下旬ごろからJR北海道が試運転を行うことになっておるわけでございます。したがいまして、本年度末の青函トンネルの開業というものは間違いないというように私たちは確信をしておる次第でございます。
ただいま運輸省の方から御説明のあったとおりでございまして、私の方といたしましては法律に基づきまして実務的な作業を行っていくということになろうかと思います。実際にはJR各社との協議、同意をいただきまして、その後要員の手配あるいはただいままでJRが行っていた作業を継承して、継続してこれを行うということになろうかと思います。
今清算事業団の方から御説明があったとおりでございますが、問題は現在清算事業団に所属して同公団で実務研修をしている百六十三名の問題だと思いますけれども、これは本法律が成立をいたしまして東北、九州の新幹線につきまして業務を引き継いだ時点で、ただいまJRに出向している分を含めて本採用をしてまいりたいというように考えております。しかし、全体の採用をいたしますのは本年度末というように、それまでには全部終了いたしたいということで考えております。
公団の将来につきましては、ただいま整備新幹線の問題につきましては政府並びに自民党の皆様方で真剣に御検討をいただいておりまして、我々としては大変いい結果が得られるものというように考えております。 しかし、それ以外の問題につきましても、日本の交通体系の将来というものを考えますと、通勤輸送の問題あるいは地方のローカル線の問題、幹線輸送の問題等、今後日本の均衡ある国土の発展のために鉄道が果たすべき使命というものは相当にある。そういう意味では、公団の使命も十分にあるのだというように考えております。 しかし、具体的な問題につきましては、今すぐどうなるというような基本的な計画を明らかにすることは非常に難しい。ただ、数年たてば恐らくそういう
今先生の御指摘のとおり、青函トンネルは本州と北海道の間を天候に左右されない、しかも安全迅速にこれを結ぶということを目的といたしまして建設に着工されたものでございます。この大きな事業が完成に近づいているということは、大変感慨無量のものがございます。総理が御指摘になりましたように、来年三月には現在線として開業いたすことになっております。また、先生の御指摘のように、青函隆道そのものは新幹線が通り得る断面になっておるわけでございますが、これは整備新幹線の政府の御方針に基づいて今後進めてまいりたいというように考えております。
あらましの事情は先生の御指摘のとおりでございまして、工事実施計画を運輸大臣に申請いたしましたときには、あの付近の土地の利用状況からして、駅の設置は各機関と協議をした結果設けないということで申請をいたしました。その後、先生のおっしゃるとおり地元から大変な強い駅設置の要望がございましたことも事実でございます。 また、江東区、東京都があの付近の都市計画、事業計画というようなものをおつくりになっているということを仄聞をしておる次第でございます。また、地元と公団の間で何か取り交わしがあるかという御指摘がございましたが、これは現地支社長が、新しい線路を敷く場合には、当然地元といろいろと協議をしなければならないわけでございまして、その中で駅の
今も申し上げましたように、駅設置の権限は支社長にはございません。ただ、現地と協議をして、仕事はできなければ、これはどうにもならないわけでございますから、そういう意味で覚書を結んでおるわけでございまして、駅が設置できるかどうかということは、公団、国鉄、運輸省等の協議の末、またあらゆる調査をやって見通しをつけてからということになりますので、その辺は覚書を結んだから直ちに駅ができるというようにお考えをしていただいてはち よっと困るというふうに思います。
駅の位置を決めた事情その他につきましては、今国鉄の須田常務理事からお話ししたとおりでございまして、先生も現地を御承知だと思いますけれども、非常に住宅も少ないし、商店街もない、利用客が少ないということで、駅をつくってもどうかということで素通りしたわけでございます。しかし、五十八年七月にあのルートが決まりまして駅の位置が決まりましてから、地元の皆さんの駅設置の要望が非常に熾烈にございます。それに対しまして東京都あるいは江東区等といろいろ協議をしてまいりました。地元でもあの地区に駅をもし設置していただけるならば、都市整備事業計画等をしっかりつくって、これに対応していきたいという御意向のようでございます。我々といたしましても、そういうものを
ただいまの御質問でございますが、先生も御承知のように、小松―芦原間につきましては昨年の一月に概略ルートの公表をいたしたわけでございます。それで、ただいまのところ、環境アセスメントの一部の仕事を進めておるということでございます。 それから、芦原温泉と南越の間につきましては、福井の駅へ新幹線が乗り入れる問題につきまして大変難しい問題がございまして、御承知のように都市側も含めてどのような形で乗り入れるかということを検討を進めておるところでございます。したがいまして、この結果が出ますれば、私の方は関係機関と協議の上、環境アセスメントを進めるための駅並びに概略のルートというものを公表いたしたいというように考えておる次第でございます。
結論が出るのがもう近いと思いますが、それから所定の手続、いろいろの方面に御協議、調整をいたさなければなりません。それらの手続は今のところ、相手さんのある話でございますので、ここでどの程度というようなことはちょっと申し上げかねますが、そんなに長い時間ではないというように思います。
ですから、時期につきましては相手との協議その他ございますので、これはいつまでということは申し上げられない。
先生御承知のように、鉄建公団につきましては、五十四年十二月に、青函トンネルが完成した時点において他との統合等を図るというようなことになっておるわけでございまして、この基本的な考え方につきまして今政府御当局の方で御方針を御検討になっておられるわけでございまして、我々はその線に従って今後公団を運営してまいりたい、こう思っておるわけでございます。 しかし、私たちの意見はというようにお話がございますのでつけ加えさせていただきますと、御承知のように、青函トンネルあるいは上越新幹線というようなものの中で培われました鉄道技術、これは非常に水準の高いものだと我々は信じておるわけでございまして、またこれに従事しておる職員等も御配慮いただきまして、
本京葉線は、三十九年の九月に品川から木更津まで鉄道を敷きなさいという計画の指示がございました。線路規格としては複線電化ということでございました。その後、品川から川崎の塩浜というところに鉄道がございまして、その間をつなぎなさいという計画の指示が別途おりております。 先生も御承知のように、この当時は大変日本の国が隆盛の時代で、鉄道貨物輸送も大変盛んでございました。私の方としては、一応輸送量を千八十万トンというように見込んで、この計画に四十二年の二月に着手をいたしております。 ところがその後、御承知のように、石油ショックその他でいろいろと世の中の情勢が変わりました。そのために、五十八年の七月に新砂町から東京駅に乗り入れる新線路を新
当初は主として貨物線ということでございます。
ただいまも申し上げましたように、都市計画が非常に変わりまして、千葉の海岸線についての埋め立てが、工業地帯として造成したものが家を建てるというようなことから、旅客線にせざるを得ないというようなことで、貨物線としては需要が非常に少なくなったということでございます。したがいまして計画変更をいたしたということでございます。
建設費が四百三十八億で、利子が二百四億でございます。
岡崎から新豊田へ至る岡多線の御説明でございますが、この線は、岡崎を出まして新豊田―瀬戸―稲沢・枇杷島に至る鉄道でございまして、全線が約六十六キロメートルでございます。 当初の計画といたしましては複線電化ということで計画をいたしておりますが、その後の輸送量の変化によりまして単線で開業ということで現在はいたしております。工事の着手は、岡崎―瀬戸間が三十九・六キロございますが、これが四十二年一月、それから瀬戸―枇杷島間、これが四十八年二月ということで着手をしております。そして、岡崎―北野桝塚間につきましては四十五年十月に貨物線として単線開業、それから岡崎―新豊田につきましては五十一年四月に単線旅客線として現在開業をいたしております。そ
ただいま御指摘の残高でございますが、約四百三十億ございます。
六十一年度開業ということで、年間約六十億ということになります。