一律五千円という給与体系というのは、そういうものが私はいまの人事院の給与体系の中には非常に少ないのじゃないかと思いますが、こういう例がほかにあるかどうかお聞きしたいと思います。
一律五千円という給与体系というのは、そういうものが私はいまの人事院の給与体系の中には非常に少ないのじゃないかと思いますが、こういう例がほかにあるかどうかお聞きしたいと思います。
時間がございませんのでもう質問を終わりますが、いま秋山委員、定時制通信教育の手当はわかるのですけれども、夜間手当を出すことになりますと、他の、たとえば大学の夜間部、そういうものとの均衡はどういうふうにお考えですか。
これで終わりますが、その予算面、いまお話のように事務職員が新たに入り、あるいは夜間手当等が入りますと、総額で相当な額にのぼると思いますが、これはこの案によりますと、四十一年四月一日からの施行になっておりますが、すでに予算は成立しておりますし、予算をどういうふうにお考えなんですか、その予算の額とその処理の方法について。
郡司先生にお尋ねしたいと思いますが、先ほど一芸能一劇場、たいへんいいことをおっしゃったわけですが、こういう観点から見ますと、ミラノにあるスカラ座あるいはパリにあるオペラ座ですね、こういうところは大体オペラなりバレーが中心にできておると思うのですが、この点どういうふうにお考えでございますか。
次に、菅原先生にお尋ねしたいのですが、いまのお話のように、大体私もやはり一芸能というものは一舞台だろうと、やはりそれに相応した舞台というものができるわけでございますので、フランスのオペラ座は大体バレーとかオペラが中心じゃないか、それからイタリーのミラノのスカラ座はオペラが中心だと思うのですが、こういう観点から見ますと、これから現代芸能をやる場合には、いま、とりあえず国立劇場というのは歌舞伎が中心だと思うのですけれども、先ほど先生のお話のように、現代芸能を入れますと、オペラ、バレーのようなものと、それから新派、新劇のようなものは別につくらないと無理じゃなかろうかと思うのですが、この点いかがでしょうか。
もう一点。先ほど菅原先生おっしゃった現代芸能に対して自主公演をやれというお説、たいへんごもっともだと思いますけれども、現代芸能の場合は非常にバレーからオペラから、またその中でもいろいろな流派がありますし、新派、新劇、新国劇、前進座、たくさんのその他民芸等もございますが、どういうふうに自主公演をやるのか、やる場合にどれを一つ選ぶかということはなかなかむずかしい問題だと私は思うのですけれども、これはどういうふうにしたら先生のお考えよろしいのですか。
私は、わが国の安全保障と文教の基本問題について、関係の大臣にお尋ねいたしたいと思います。 わが国の外交は、どこの国とも仲よくすることだということをしばしば言明されておりますが、国民の中には、米国にもよく、ソ連、中共にもよくというようなことはなかなかむずかしく、ともすれば八方美人的になり、事なかれにおちいり、結局はどこからも相手にされなくなりはしないか、また、日本が外交上孤立しはせぬかという不安の向きもあるようであります。わが国は自由主義陣営の一員でありますから、自由主義陣営の仲間から信頼されることが第一でありまして、共産圏諸国からも畏敬されるような外交方針を堅持していただきたいと思いますが、外務大臣のお考え伺います。
最近日ソ関係が改善しつつありますことはたいへん喜ばしいことでございますが、先般外務大臣が訪ソされた際、日ソの友好親善は、第三国との関係を阻害しないということで、ソ連が安保条約に反対でないという印象を受けたのでございますが、その後の経過を見ますと、対日覚え書きを送りまして、わが国が米軍に基地の使用を許し、物資、役務の調達を認めることにより、米国の南ベトナム侵略を援助しているというような非難をしてまいりましたが、この非難は的はずれであって、わが国は安保条約の義務を履行しているのにすぎないのである。私は、ソ連が日米安全保障条約に賛成でないというふうに思うのですが、この点はソ連の真意はいかがでございましょうか。
昨年秋に、日中青年友好大交歓会が行なわれ、日本からも五百名近い青年が招待され、毛沢東、劉少奇、周恩来、廖承志等、政府要人がたくさん出席しました。沿道には百万をこえるという人々の空前な大規模の歓迎が行なわれたと聞いております。その際、中共の基本的態度について、特に米帝国主義と対決して、アジアの解放、日米安全保障体制の打破と日韓条約反対、沖縄の返還、台湾の解放等を強調したと言われておるのであります。 〔委員長退席、理事白井勇君着席〕 もしかようなことが事実とするならば、これは内政干渉ではなかろうか、本年も約千名の招待がうわさされておるのでありますが、私はこの点について、渡航については慎重な配慮をされることが必要ではないかと思い
ただいま申されたような基本的態度、今後二、三年後に予想される核兵器の開発を考えますと、わが国の安全と国際平和の維持の見地から、どうしても一方においては安保条約の存続が必要であると同時に、私は中共を国連に加盟させたほうがいいという意見のあることを承知しているのですが、台湾の地位を保障しながら、中共を加盟させるということはできないものでしょうかどうか、外務大臣にお伺いしたいと思います。
南ベトナムの平和的解決のために、米国及びわが国が努力したことに対して、私は大いに賛意を表するものでありますが、結局北ベトナムを引き出すことができずに失敗に終わったわけでございます。ベトナム戦争の今日までの経過を見ますと、武力による解決は非常に困難ではないかと思うのでございます。相手が交渉の場に出てこない場合に、これを待つのも一つの方法かもしれませんが、むしろこの際、米国のほうが政策転換を行なって、北爆を徐々に緩和しつつ、南ベトナムにおける治安の確保、民生の安定、経済の復興に全力をあげて、この面において、南北が競争して、戦争をなしくずし的に終局させる方法があるのではないかと思いますが、外務大臣どうお考えになりますか。
今後日本政府が米国にいろいろ意見を述べる場合に一番大切なのは、私は米国の日本に対する信頼感の問題だと思うのです。ベトナム戦争は、先般外務大臣お話しのとおり、防衛戦争でございますから、米国の南ベトナム政策を積極的に支持すべきだと、こういうふうに考えるのでございます。特に英国の労働党内閣でさえも、公然とジョンソン政策を指持しているような状況でございます。私は、特に米国はじめ韓国、豪州、ニュージーランド等の自由主義陣営は共産主義に対決して、自由を守るために血を流して戦っているのであります。わが国は米国の同盟国であり、自由主義陣営の一員であるので、私はこれらの国々の信頼を失ってはならないと思うのであります。米国の極東相当の国務次官補のバンデ
次に、国連協力の点についてお尋ねをいたしたいと思います。国連は、平和維持の機関であり、その活動は憲法九条にいう国際紛争解決のための戦争には該当しないと思います。国連協力のための海外派兵は、私の解釈では、憲法上問題ないと思いますが、先般海外派兵についてはいろいろ問題もあったことでありますが、国連監視団への参加は、この点は差しつかえないと思いますが、外務大臣はどうお考えでございますか。
日本が国連に対して軍事的または警察的に何らかの協力が必要ではないかと思うのであります。ただ、憲法上のことを理由にいたしまして、国連憲章に定める義務を履行しないということは、世界には通用しない議論ではないかと思います。特に、北欧の小さな国でも国連待機軍を創設している現状でございます。私は、いま申しました国連監視団への派遣等、問題のないものから逐次始めていただきたい。こういうような状態を続けていきますと、国連からも日本は相手にされなくなりはしないかという心配をもつものでございます。安保条約第一条では、わが国は国連強化の義務を負っているわけであります。同条約十条においては、国連の措置が十分な効果をあげるに至ったと双方が確認した場合には、安
次に、自衛力の強化の点について防衛庁長官にお尋ねしたいと思います。防衛の長期計画の観点から安保条約の継続が必要であるということを先般総理からお述べになりましたが、この安保条約の存続している間に自衛力の強化をはかることが必要ではないかと思います。装備の近代化をはかるために、防御兵器のみならず攻撃兵器も保持して、自分の国は自分で守るという自主防衛の体制をすみやかに確立すべきだと思いますが、防衛庁長官の御所見はいかがでしょうか。
自衛隊の現状では最新式の最も優秀な兵器というのは米国その他の外国に依存しているので、いざという場合には補給が続かなくなり、自衛隊が役に立たなくなってしまうというおそれがあるのではなかろうか。このため防衛産業の育成が必要であると思いますが、現状はどうなっておるのか、今後どう育成されるのか、この点を伺いたいと思います。
戦争というものはめったにあるものじゃないし、また、あってはならないと思いますので、こういうのはなかなか採算が取りにくいと思う。一朝有事の際に備えて、技術の研究、開発を行ないながら兵器を製造する国営の兵器廠を設ける必要があると思いますが、その点いかがでしょうか。
いまの自衛隊の呼称というのは、あまり国民にもなじめない。私はやはり陸海空軍ということに改める、あるいは将官、佐官、慰官というような昔の階級制度のほうが国内的にも国際的にも通用しやすいのじゃないかという気がするのですが、改正の御意思はありませんか。
国防省昇格はどうなったのでしょうか。今国会に上程されるお考えでしょうかどうか。この点、長官にお尋ねいたします。
次に、文教問題に移りたいと思いますが、わが国教育界の最大のガンは大学入試であると思います。世界に類例を見ない入試制度のために日本の教育は破壊され、いまや日本中の小・中・高等学校、幼稚園までが大学受験の予備校化して、百科事典式知識の詰め込みに追われて、人間形成とかあるいは人格完成というようなものは片すみに押しやられて、親も子も教師も進学に狂奔しておるという状態でございます。その結果、人間不在の教育が行なわれているといわれているのであります。これを抜本的に改革しなければ、人間形成とか個人の能力、天分を伸ばすという教育本来の使命はとうてい実現できないと思いますが、文相は入試に対してどういうお考えをお持ちでございますか。