私は学問の自由をとやかく言っているわけではないのです。もちろん井上教授がそれぞれの機関誌に御意見を発表されることもあろうし、いろいろ講演会でお述べになることもあろうと思います。ただ私どもとしては、愛媛県なら愛媛県の教育行政についてプラスになるようにしていただきたいと思います。
私は学問の自由をとやかく言っているわけではないのです。もちろん井上教授がそれぞれの機関誌に御意見を発表されることもあろうし、いろいろ講演会でお述べになることもあろうと思います。ただ私どもとしては、愛媛県なら愛媛県の教育行政についてプラスになるようにしていただきたいと思います。
そこで私の申し上げているのは、学部長として適当かどうかということを申し上げているのではないのであって、このことが愛媛県の教育を推進する上に非常に役に立つかどうかという点を愛媛県としては問題にしたのではなかろうか、こういう意味なんです。ですから愛媛県の教育行政を推進するのに非常に妨害になるし、支障になるということならば、愛媛県としては困る。そこでそういう先生に習った生徒が、そういう思想を持っておられては非常に困るという意思表示ではなかったかと思うのでございます。
今おあげになりました政治的行為の中には、国の機関または公の機関において決定した政策の実施を妨害する、この見解が妨害をするような意図を持っておったかどうかという点にも私は問題があろうと思います。ですから単に政府の政策を批判したことがどうのこうのということではございません。今お尋ねのような政策の実施を妨害するというようなことは、これは国立大学の先生といえども慎んでもらいたいと思うのです。 ————◇—————
別に処分について御相談を受けたことはございません。
処分の結果についての報告はございました。
妥当な処置であったと思います。
教育委員会の職務命令に従って受講した。それに対して一方が実力で講習会を阻止する。その阻止したところの責任者が処分を受けることはやむを得ないことであると思うのでございます。
教育委員会から職務命令を出すようにということを校長に伝え、校長が各個人に対して職務命令を出した、これは当然のことであります。
公務員が絶えず研修を励んでよりよい行政をし、行政能率の向上をはかるというのは、国民に対する義務だと思うのです。ですから思想の自由を侵すものではございません。従って今度の研修につきましては、御承知の通り小学校は昭和三十六年から、中学校は三十七年から全面的に教育内容が変わるわけでございます。同時に教科書も変わるわけでございます。従ってこの講習会を受けなければ、新しい教育の実施に支障を来たす。特に小学校は三十四、五年と二カ年にわたって移行措置が講ぜられている。特に子供たちに新教育への断層が起きないようにという趣旨で移行措置が行われる、こういうような重要な研修会でございますので、これは公務員として当然出席していただかなければならない性質のも
教育課程の編成というものは教育委員会にございますし、公務員として上司の命令に忠実に従わなければならぬ義務があるわけでございます。ですから教育委員会から命令が出た場合には、教員もこれに服する義務がある、こういう趣旨であります。ですからいかなる命令が出るかというのは、職務に関連した命令が出た場合には、これに従わなければならぬ義務がある。現在の地方公務員法にも明記されておるわけでございます。
学校の管理運営は教育委員会の責任でございます。ですから管理運営に関する職務命令を出すことは当然のことであります。従ってただいま御指摘の点については、教育委員会が直接、あるいは校長を通じて職務命令を出すことは、法律でも認めているわけでございます。
いろいろ方法はあろうと思います。しかし私どもはこの教育内容が全面的に変わるような場合には、特に教科書もそれに従って全部変わるわけでございますから、どういうような教育をするかということについて、趣旨の徹底をはかることは当然の責務だと思うのであります。今お述べになりましたような研修は、公務員としていついかなる場所においても研修を積んで行政能率の運営向上をはかるのが建前だと思う。しかしある制度なり内容なりが全面的に変わった場合には、これは管理者側の意図に従って運営をはからなければならぬと思います。こういう趣旨から、ものによっては当然にその趣旨の徹底をはかるために業務命令を出すことは、これは他の場合でもあるわけでございます。 そこでこの
この問題は、憲法でおっしゃる公共の福祉と関係ないわけです。ですから、一般的に国民の権利義務というものは尊重しなければならぬし、この場合に御指摘のように、公共の福祉に重大な影響がある場合に制限ができる。しかし教員は公務員でございます。ですから、公務員であるから、管理者側の意図に従って教育してもらわなければ困る。つまり管理者側として、新しい教育課程というものはできた。ですから、この新しい教育課程に従って教育してもらわなければならぬ義務があるわけです。この場合に一人で勉強するということもあるだろうし、ラジオやテレビを通じてやることもあるでしょう。しかしながら、改正の趣旨、そういうものが十分理解されなければならぬ。自分で自学自習するだけでは
これはどういうふうに教育するかということでございまして、教育の内容について新しく変わったそのための勉強をしていただく、そうしてよりよい教育をしていく。これは別に学問や思想の自由とは関係はなく、職務上の必要なことで、学校教育をよりよくしていくための研究でございますので、それに対する命令が出るのはあたりまえである。公務員といえども管理者の意図に従って教育をしなければならぬ責任があるわけですから、学問の自由とは関係がないと思います。
御説の通り、教師は児童、生徒の教育をつかさどるわけであります。その教育の内容が変わった場合には教えることができなくなると思うのです。ですから、内容の精神なりあるいは内容の具体的な事柄について、十分に御理解をしていただくことは当然の義務であって、これは本務だと思う。県の教育委員会が県の教育課程を作るために一つの参考案を出すということは、もちろんこれは県の職務ではございますけれども、教員の意見を聞いてよりよい教育をしていきたい、それぞれの県の特殊事情を加味していきたい、こういうことだと思う。もちろん国の段階において全国的な基準はできておるわけでありますが、その基準について、その各地の実情があれば、各地の実情を加味することも必要だし、また
山形県は山形県の教育課程が考えられます。ですから、国の規定に基いて山形県なりあるいは各市町村のそれぞれの教育課程の基準がきめられるのです。その場合に、その基準はとりもなおさず自分の学校教育内容に重大な影響があるわけなんです。ですから、これは、自分の学校教育との関連において当然本務といえると思うのでございます。
職務命令が出ておって、その職務命令に違反した場合には、これはいかなる場合でも処分の対象になると思う。行政運営というものを阻害したというその事実だけで処分の対象になり得るわけです。いろいろと抗弁の御事情はあろうと思いますけれども、その行政命令を阻止したという点について当然責任を持っていただかなければならぬと思っております。
そういう場合もあり得ると私は思うのであります。ですから、人事委員会に提訴の道も開かれているし、裁判の道も開かれているわけでございます。ですから不当な処分に対しては、十分抗弁する機会はあるわけでございます。
行政処分というものは、行政命令に違反した場合、これはいつでも処分の対象になると思うのであります。
さようでございます。