私は、筑波大学の制度上の問題ではなくて、たまたまこの事件が起きたというふうに判断しておりますが、大学局長からいまのお尋ねについて答弁させてもらいます。
私は、筑波大学の制度上の問題ではなくて、たまたまこの事件が起きたというふうに判断しておりますが、大学局長からいまのお尋ねについて答弁させてもらいます。
私立大学もやはり公共的な機関でございますから、御指摘のように一点の疑いもあってはいかぬと思うのです。文部省としては、寄付金等学校の徴収金を全部要項に明記して、それ以外は取っちゃいかぬ、任意の寄付金なら別でございますけれども、取ってはいかぬという指導をしておるわけです。 ただ、松本歯大については、いまお話しのようにいろいろ問題があることを伺いましたが、これはある意味では公共の機関でございますから、厳正にしなければいかぬと思う。私もまだ初めてでございましたので、いまあなたからお話を聞きまして、こういうことが二度とないように、今後大学当局に厳重に注意したいと思います。
私は、いま先生からお話を伺いまして、実はびっくりしたのです。公立学校でも全部やっておるから多分全部やっておると思っておったのですが、お聞きしたところによりますと、五十年度以降はちゃんと定数法どおりやっておる。しかし、その前の分は御指摘のように十分でないわけです。 それから、特に養護教員についても同じなのでございまして、やはり国立の養護学校でございますし、これは全国に対して一つの模範になり基準になるようなものですから、私ども改善について積極的に努力するつもりでございます。
養護学校につきましては、義務制を迎えましたので、いままでに五百三十校ですか、本年度予算でもさらに百三十校の増設を見込んで、できるだけ御期待に沿うようにいたしております。 特に程度の軽い子供は特別学級で学んでおりますが、重い子には訪問教師の制度もありまして、やりますが、ただ、問題は、障害の種類と程度によって適切な教育を行うのがこの学校の趣旨でございますので、そういう意味で就学指導委員会の意見を聞きながら適切な配置をいたしたのでございますが、詳細は局長から答弁させます。
いまのあなたのお話ですけれども、ただ非常に困っているのは、過疎過密がたくさんあるのです。過疎と過密の場合、これをしっかりつかまえなければいけないし、特に過密の場合には校地を考えなければいけない。土地の問題が絡んでくるのです。 そういう問題をいま悉皆調査で具体的にやっていますから、そう急に言われても無理なんで、一生懸命文部省も精力的にやっていますが、具体的には局長から……。
西岡先生もよく御存じのように、ちょうど終戦直後私もおりまして、教育基本法なり学校教育法制定に携わった一人でございますが、学校教育法は、いまの六・三制をつくるためにいままでの教育制度をあそこで全部変えましたが、教育基本法というのは、特に教育勅語を廃止した後の教育の基本理念を明らかにしたいという点でできているわけです。 その点、何しろ総司令部相手でしたから、おっしゃるように日本の歴史的な問題とか、そういう点においては多少具体性が欠けるのではないか。基本法自体については、あれはあれでりっぱにできていると私は思いますが、おっしゃるように具体制に欠け、また日本人の特質というものが十分に出ていないといううらみはあると思います。
せっかくできた教育基本法であり学校教育法で、いま終戦後三十数年、日本の教育の支柱になってきた法律でございますから、私はこれはやはり尊重したいと思います。 もし足らない点があれば別に補足したらいいと思いますが、いま教育基本法を改正する気持ちは私は持っておりません。
私は、基本法としては一つの体系が整っていると思っているのです。ですから、おっしゃるように、終戦直後日本の実情を知らないアメリカ人を相手にやったわけですから、確かに御指摘の点は私もわかるわけですけれども、それならこれを改正するかといったらこれもなかなか大変なことですから、足らない部分があったらそれは補うし、特に、文部省も最近指導要領の改定をしまして、小中高等学校の教育内容の改善をいたしておりますので、これでひとつやってみたいと思っております。
私も教育一筋に四十年参りまして、終戦直後の教育をやってまいりました関係で、どういう点がいいか、どういう点が問題があるかということは私もよく存じているつもりです。しかし、お話しのようにそう簡単にはいかないと思うのです。 そこで、法律をつくるのも一つですけれども、実際の措置で具体的にできるものから私はやりたいと思っております。
それも一つの考え方でございますけれども、せっかくできた法律を、私はやはりそれは尊重していきたい。もし足らない点があれば、これはまた新たに考えたらどうかというのか私の考え方です。
新たにというのは、いま足らない部分があれば、指導要領の改定なりその他いろいろな面で、実際面でこれを補う方法があるのではなかろうか。要するに教育の効果が上がればいいわけですから、どうしたら教育の効果が上がるかについて私も慎重に検討してまいりたいと思っております。
いま日本はお話しのように資源小国で、あるのは人間だけですから、やはりりっぱな人間をつくることが根本じゃなかろうかと思います。 六・三制をやってまいりまして、教育の普及率は世界において比類を見ないほど普及したけれども、しかし、その内容たるややはりさみしいものがあると思うので何とかしないといけない、自殺が多いし、子供たちをりっぱに成長させるために何か足らない点があるのじゃなかろうか、そういうことを申したわけでございます。
いや、教育を見直すということは私も賛成なんで、ですから、終戦後の教育でいまや三十数年たった今日、やはり見直すべきだと思います。どう見直すかについては、関係各方面の意見を聞いて慎重にやりたいと思っております。
いや、私は別に教育基本法をこう直さなければならぬとは思っていない。 いま日本の教育で一番足らない点は徳育だと思うのです。国際的に信頼と尊敬をかち得るような日本人をつくるにはどうしたらいいかということで頭がいっぱいでございまして、別に法律だけやれば済むというわけでもないと思うので、そういう意味で教育全体を見直すことは必要だと思っています。
いや、いま教育課程を私も見て、指導要領を改定したばかりですから、この指導要領の中で十分足れりと私は思っていますから、指導要領をしっかり守っていったらどうかと、こう思っております。
去年せっかく指導要領の改定を行ったわけですから、この指導要領の改定でこれから教科書も出るわけですから、これによって私はしばらく様子を見たいと思っています。
いや、要するに教育は中身の問題ですから、どういう教育をするかということですから、そういう意味で指導要領の改定を行ったわけで、おっしゃるような基本理念というのは、基本理念があって、それが指導要領に出ているわけですから、指導要領はせっかくできたのですから、この成果を見ていきたいと、こう申し上げておるのです。
いや、私はすりかえてはいないのです。要するに、戦後の教育はおっしゃるように何しろアメリカ人が中心でやったわけですから、日本の歴史とか日本の教育の事情というものはやはりよく存じないでしょう。ただ、私は、六・三制をやってみて、これだけ教育が普及したことはやはりよかったと思う。 そういう意味でいい点もあるわけですから、しかも私がいま申し上げているのは、せっかく指導要領ができたんだから、この指導要領で改善できる点は改善していきたい、こういう趣旨なんです。
それは間違いはございませんけれども、しかしながら、三十年の長い間教育課程の改正もやり、日本的なものに改めてきたのですよ。私も文部省のときに一生懸命努力しましたが、とにかく終戦後社会科なんか何をやっているかわからなかった。それも改めて、なるべく地理や歴史や社会的事情を教え、改善に改善をやってきたわけです。 そこで、今度せっかく小中高の指導要領を改定しましたから、この成果を見て、なるべく日本の歴史と伝統に基づいた教育の充実を図っていきたい。この趣旨でできた指導要領でございますから、私はこの指導要領は尊重していきたいと思っております。
いろいろ問題はあろうと思いますけれども、しかし、今日六・三制でここまで日本の教育が発達して、これからやはり国際交流をしなければならぬ時代ですから、問題の点はないとは私も申しませんけれども、余り制度いじりをやっていますと教育の本体を見失いはせぬかという心配もいたしているわけで、どういうふうに改善したらいいか、いろいろ中教審からの答申も出ていますから、それについてさらに検討していきたいと思っています。