西岡先生はよく御存じのように、あなたも教育一筋にやられて、私も教育一筋にやってきた。ですから、私個人の考え方というものもありますけれども、それはやはり私の個人的見解ですから、皆さんの理解と協力を得なければなりませんから、私はいまその問題については差し控えたいと思っています。
西岡先生はよく御存じのように、あなたも教育一筋にやられて、私も教育一筋にやってきた。ですから、私個人の考え方というものもありますけれども、それはやはり私の個人的見解ですから、皆さんの理解と協力を得なければなりませんから、私はいまその問題については差し控えたいと思っています。
私の信念は教育を大事にするということなんで、どうしたら教育を大事にできるか。日本は資源小国だから教育しかないんだから、どうしたらいいか。特に、国際交流が盛んになり、これからの日本は海外に発展しなければならぬから、そういう意味で、あなたのおっしゃるように、ある意味で見直しも必要だと思います。それは今後よく検討させていただきたい。
それはいろいろ問題があったからいままで動かなかったと思います。 詳しいことは局長から答弁させます。
だから先導的試行もやっておるわけなんですから、それがまだ十分実っていないことは事実でございますけれども、やれることはいま事務当局もやっておりますから……。
いや、検討はしているはずですよ。ですから局長から答弁させますと、こう言っているのです。
お話しの点もわからぬわけじゃないですけれども、いま、中高の問題にしても、中学校は義務教育で市町村なんですね。そして高等学校は大体県が中心でございますから、そこに問題点があるわけなんで、そう制度改正とおっしゃってもいろいろ実際問題もまたあるわけです。 それから、専修学校制度についても私も一生懸命やりまして、こういう制度にして、短大卒業程度の扱いまで人事院ではしてくれておりますから、あるものを改善していくことが大事だと私は思うのです。
私はいまの制度が悪いとは思っていない。ただ、改善すべき点はもちろんありますけれども、余り制度いじりばかりしていると教育は定着しませんから、悪い点があればその悪い点から直していきたい、こういう趣旨です。
私が制度いじりと申したのは、制度いじりをしているとやはり教育の効果が上がらない面があると申し上げたので、いまの六・三制の悪い点は、これは直していかなければならぬけれども、しかし、根本的に教育改革はこうやるということは、これはなかなかむずかしいことだと私は思っております。
そういうふうに先生から御批判を受ける点は私の不徳のいたすところですが、実は、私は、昨年の六月に胆石の手術をして、正直言って体が弱いのですよ。それで、体が弱い私がそういうことをやるには、もう少し健康になるまで多少待っていただきたいと思うのです。
確かに子供たちの自殺も多いし、いろいろ問題があることは私もよく存じているのですが、ただこれはおっしゃるように社会的な影響もあるし、家庭教育のこともあるし、それから特に大学進学で試験地獄にさいなまれていることもあるし、戦後の教育でいろいろな問題があると思う。 生命を大切にするとか、いろいろな点で不備な点があったと私は思うので、ですから、いまおっしゃるようにこれが中学と高校を三・三に分けたからそういう事件が起きているというはっきりした証拠があるなら、それは改善することにやぶさかでないのですけれども、その点は、私も、三・三に分けたからそこで犯罪ができたというふうにはまだ納得いたしかねているのです。
あなたはこのごろ中高の問題をおっしゃいますけれども、高等学校へは九四%が行っているんですよ。ですから、ほとんどの者が高等学校へ行くんで、中学校からそれほど余り悩んでいるんじゃないんじゃなかろうか。むしろ大学との関係の方が多いんじゃなかろうか。これはあなたと私の認識の違いなんですけれどもね。ですから、そういう点も私もこれからよく検討させていただきますが、もちろん改善すべき点は改善したいと思っております。
どうもあなたの御期待にこたえないことは私は非常に残念に思っていますけれども、私は、いま確かに日本の教育を考えなければならぬと思っており、一つは試験地獄の問題もありますし、一つは道徳教育の問題もあるし、一つは教員養成のあり方もあるし、問題はたくさんあると思いますから、具体的に一つ一つ改善に努力していきたいと思っております。 ただ、いまおっしゃったような中高の制度一貫の問題とか、これも大きい問題ですけれども、なかなかこれは大変な問題ですから、もう少し検討させていただきたいと思います。
第一次テストについてはおおむね妥当だという評価を得ているので、これが科目数が多いとおっしゃいますけれども、高等学校の勉強を一通りやったというので、文科、理科に分ければ別でございますけれども、いまの制度であれば私はおおむね妥当だという評価を得て、わりあい一次試験はよかったのじゃないかと思うのです。 問題は二次のあり方でありますが、これは西岡先生もよく御存じのように、二次は学科目を減らせということで、だから全体としては減ったわけなんです。ただ、幾つかの大学で多過ぎてしまったんですね。ですから、やはり学科目はなるべく減らして、あのときもいろいろ御議論しましたように、内申書と小論文と面接を中心にというような意見もありましたのですが、大体
私はあのとき入試改善小委員長をさせられて、西岡先生と一緒にやりましたから、そのときの気持ちは変わっておりません。
あのとき西岡先生も御一緒にいらっしゃったが、資格試験でやろうという案が出たのですが、ただ、問題は、資格試験でやった場合に、それじゃ資格試験を落っこっちゃったらどうするのだということです。いまは高等学校卒業で資格が出るので、簡単にもらえるわけです。ところが、資格試験で落っこっちゃったらいまの私立学校なんというのは困るのじゃないかという意見がたくさん出まして、あれはあのときやめたことは先生御存じのとおりだと思います。
いや、私は多少あなたとはそこのところの見解が違うのです。六・三制をやらなかったら全部に関連するからだめだというのではなくて、いま問題になっている問題を着実に一つずつ改善していく、たとえば入試改善の問題あるいは教員養成の問題とか、徳育の問題とか、そういう問題はいま焦眉の急の問題だから、それはやっていく、こういうふうにしていきたい。そしてやがてあなたがおっしゃるように全体的な改革へ持っていくなら持っていきたい。 とにかく、いま当面の問題を処理していくことに精いっぱいなので、あなたのおっしゃるような大改革までは、まだとてもそういう暇がないのです。しかし、あなたのおっしゃるようなそういう全体的な構想はよく検討しておかなければいけないと思
いまお話しのように、職業高校についてはやはり手直しをしなければ無理だと思いますから、そういう問題については検討させていただきます。
私は、外国語というのは非常に大事だと思います。日本語が世界じゅうに通用すれば一番いいのですけれども、なかなかそうはいきません。 そこで、やはり外国語をしっかりやらなければいけない。入試から外してしまいますと、今度は英語を勉強しなくなってしまうと思うのですよ。私自身は終戦直後実は英語をやると言ったら国賊と言われたのですよ。それでも英語をやった。司令部を相手に六・三制をやったのですからね。 私は、外国語というものはやはり習得すべきだと思います。ことに日本がこれから国際的に出るには、やはり外国語は身につけておく方がいいと思う。日本語を外国人に十分理解させることは大事ですけれども、いま英語が大体国際的な国語になっていますから、少なく
昔はどこの中学校でも外国人教師を雇ったのです。今度はイギリスの外国人教師を二十五人ふやす。できるだけ各学校に外国人教師を配置して、英語で話すことと聞くことができるようにすべきだ、英語で会話ぐらいはできるようにすべきだと私は思うのです。 入試から外しますと、やはり英語をやらなくなるのじゃないかという不安を私は持っているのですけれども……。
ともかく、外国語をやるために現場の先生を外国へ——イギリスだけじゃなくて外国へ派遣したりして研修を強化しております。そして、英語の先生が話す、聞くぐらいはできるようにしていきたいと思っています。 試験科目から外したら英語が伸びるというふうには私は考えておりません。