いまお話しの点は大変大事なことであるし、文部省としてもいろいろな面で積極的に協力をしたいと思っております。
いまお話しの点は大変大事なことであるし、文部省としてもいろいろな面で積極的に協力をしたいと思っております。
子供のアルバイトでございますから、私は、平穏な状態で、労使双方が、やはりこれは教育でございますから、親切に指導していただきたいと思います。
文部省は、アルバイトについては、子供たちの健康、それから学業に対する影響力等を勘案して、各学校に適切な判断をお任せしておるわけですから、紛争を含めて、それがいいか悪いかということは、各学校で適切な指導をしていただきたいと私は思うのです。
いまお話しの点で、私は事実を存じませんけれども、子供たちがそういう危険な場所に入ることは好ましくないと思います。
紛争中が全部危険だと私は思いません。
それは各県に判断をお任せしているから……。
いや、私事実を知りませんから申し上げられませんが、長野県がいいと思われたから、長野県はおやりになったと思います。
これを一概にいいとか悪いとかというのは私はむずかしいと思うのです。やはり現場の人が一番よく知っているのですから、教育委員会なり学校長が、これは危ない、よくないと思ったらやめたらいいのです。この程度ならいいという判断だったら、私はやらしたらいいと思うのです。
いまお話しの点で、非常に危険なものはよくないと思います。
承知いたしました。 ただ、立正大学、大東文化学園と違う点は、立正大学の方は、おっしゃるように、教育活動の一部になっているんですね。ところが、大東文化学園の方は、これは自主的活動でございますから、全然違いますからね。詳しいことは、担当局長から御説明させますから、どうぞよろしく。
いま川崎先生のお話、まことにごもっともでございまして、これからはやはり総理もおっしゃるように文化の時代でございますから、国際的に信頼と尊敬をかち得る日本人でなければならぬと思うし、資源小国の日本の繁栄というのはやはり国際交流だと思う。そういう意味で、国際交流によって日本の学術も教育も向上するし、国際的にお互いに理解を得ることによって本当の親善ができると思う。先ほどお話しのように、日本に来た留学生が帰って反日になるようじゃ、何のためにやったかわからぬと思うのです。ことしの予算でも大蔵省が大変心配していただきまして、特に東南アジアの学生を大量に受け入れる、国費の留学生もふえたのでございまして、特に日本では日本語という問題がありますので、
いま小島委員が御指摘のように、わが国は戦後学校教育の面では確かに量的拡充はなし遂げたと思いますが、初等、中等教育における教育内容の改善充実を——先般指導要領の改定をいたしましたが、中身がむずかし過ぎますから、基礎的、基本的なものに精選して人間性豊かなりっぱな子供を育てたいというので、教育内容の改善充実を行ったのであります。 その次に大きな課題は、やはり、何といっても教員の資質の向上でございます。先生がしっかりしなければいい子供は育ちませんので、そういう意味で資質の向上について努力したい。 それから、その次に、高等教育機関の整備充実でございます。特に、地方の大学を充実するとか、それぞれ特色のある大学を育てるというような整備充実
いま小島先生のおっしゃるとおり、私も戦後ちょうど文部省におりましたが、六・三制をやるときに——それまでは複線型教育でございました。御承知のとおり、中学校から高等学校、専門学校に行く制度と、あとの者は二割の者が実業学校を含めて行ったのですが、八割は全部青年学校等へ行ってそのまま終わってしまったのです。そこへ司令部からどうしても六・三制をやれと非常に強い要請がございまして、財政的に非常に不如意でございましたけれども、とにかく思い切って六・三制に踏み切ったわけでございます。単線型でございますから、みんな中学校、高等学校、大学に行くという制度で、いまや高等学校の進学率が九三%、大学には四割近くの者が行くほど教育が普及したことは事実でございま
御指摘の点はまことにごもっともでございますが、幼保一元化の問題にしても、保育所というのは保育に欠ける子供についてやっており、幼稚園の方は就学前教育をやっておりますので、目的も性格も違うわけでございます。しかしながら、これは同一年齢層でございますから、厚生省関係と十分緊密な連絡をとって協調していきたいと思っております。 それから、いま御指摘の小学校の場合、特に中学校、高校の場合、中高一元化の問題も課題でございます。私立学校あたりでは中高が非常に協力してやっており、これもなかなか成果が上がっておると私は思うのですが、ただ、わが国の場合には中学校は義務制でありまして、市町村が設置義務を負わされておる。高等学校の場合は県の方でございまし
いま、事務的なこともございますので、初中局長から御説明をさせていただきたいと思います。
今度の教育課程の改正に当たりまして、いま先生が御指摘のように、基礎的、基本的なものに精選して能力のある子供はうんと伸ばしていく、そして、できない子供もやはり学校に興味を持たせるように多様性に富んだ教育内容に変えてあるので、この新しい教育課程が定着すれば御期待にこたえることができると思うのであります。
子供はやはり国家社会の成員であることは間違いございません。そういう意味で、国家社会の成員であるという自覚と、そして公民的な素質を十分持たなきゃいかぬと思うので、これがやはり大事だと私は思うのです。 同時に、日本は御指摘のように資源小国でございますが、いまや国際的に信頼と尊敬をかち得るような日本人でなきゃならぬ、国際人でなきゃならぬ、この点がこれからの課題ではなかろうかと考えておるのであります。
私は、個人が国家の手段とは考えておりません。やはり、一番大事なのは個人ですから、自分が人間性豊かでたくましい人間でなければならない。それが根本でございます。しかし、個人は同時に国家社会の成員であることも事実でありますから、公民的な素養を身につけて、国家社会の一員であるということを忘れてはいけないと思うのです。余りひとりよがりになってもいかぬですからね。 そういう意味で、まず人間的素質を豊かにすることが根本だと私は思う。同時に、国家社会の一員であることも忘れてはいかぬ。そして国際社会の一員であり、国際協調しなければならぬということも忘れてはならぬ。この三つは相関連していると私は思うのです。
人間は、特に子供の教育の中では、知育、徳育、体育はいずれも大事ですけれども、その中で何が一番大事かといったら、私は、このごろの子供たちの自殺だとか非行などを見ておりまして、やはりいま強調するのは徳育ではなかろうか、そういう意味で徳育、知育、体育の三つのバランスがとれなければいかぬ、と思うのです。 バランスのとれた人間を育成する、特に徳育には配慮してほしい、こういう意味で徳育を出したわけでございます。
昭和三十二年に道徳教育の時間を特設したのは、私が文部省の初等中等教育局長のころでございまして、やっぱり道徳教育は大事だというので、これは教科にしないで特設の時間でやったわけでございます。そしていまお話しのように、これは学校教育全体を通じて教育の指針にしたいということでやったわけですが、十分な成果が上がっていないことを私も大変遺憾に思っておりまして、今度指導要領の改定をいたしました。 この点については、いまお話しのように、道徳はただ学校だけの問題じゃないんで、社会の問題であり、家庭の問題だと思うのです。そういう意味で、家庭、学校、社会を通じて子供の指導を徹底しなければならぬ。これは単に道徳の教科だけではいかぬと思うので、やっぱり全