極端に不合意なものは、文部省はやっていないはずです。
極端に不合意なものは、文部省はやっていないはずです。
昔はそういうことがあったけれども、最近はそういうことは余りないと私は記憶しているのです。
お説のとおり、信頼と合意で努力してまいりたいと思います。
文部省が不合意な政策をごり押ししていることはないと私は信じております。
不合意なものはやるような考えはございません。
中教審答申の中で、私どもは実現できるものはもちろんやりたいと思いますし、無理なものは検討させてもらおうと思っています。
たとえば実現不可能なようなものは、これはとても無理ですから……。
中教審答申を、私どもはあれを全部実行すると言っているわけじゃないので、あの中でもっともなものもあるし、実現可能なものもあるわけですから、できるものはやっていきたいと、こう言っているのです。
私はタカでもハトでもないのです。 教育一筋に四十年来まして、六・三制発足のときに総司令部と全部折衝した責任者でございますから、やはり六・三制のいきさつは全部私は承知しているつもりなんで、そういう意味で六・三制のいいところは伸ばしていきたいし、まずい点は改めていきたいと思っているので、私はタカでもハトでもない。教育だけが私の生きがいでございますから、その点ひとつ御理解いただきたいと思います。
実は、あのときは、福田総理が教育勅語の話を方々でずいぶんされたので、ですから、私は、福田総理に、総理は教育勅語復活のお考えはあるのですかと聞いたわけですよ。そういう意味です。
私の意見は申し上げたけれども、そのときのいきさつは、福田総理が教育勅語を礼賛していらしたから、福田総理にそういうお考えがあるのかなと思って聞いてみたわけです。 福田総理ももちろんないし、私も、国会で廃棄、失効の宣言がされたことは十分承知していますからそれは無理だと思ったけれども、福田総理が方々で礼賛していらしたから念のためにお聞きしただけです。
正しいと思っております。
それは、天皇制でなくなったのですから、天皇の御命令で教育の方針を決めるということは、これは民主主義に反するから、私はそれでいいと思っております。 ですから、特に今度教育課程の改正をいたしまして、内容を精選してりっぱな人間をつくろうというので具体的に指導要領が改正されたから、私はその指導要領の改善に期待をいたしております。
私は当時文部省におりまして、司令部と折衝した張本人ですが、向こうは、天皇制でやるからいかぬと言うのです。あの内容自体がいかぬとは私には言わなかった。 いまお話しの、「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ」「古今ニ通シテ謬ラス」「中外ニ施シテ悖ラス」と書いてあるのは、その教えそのものは間違いじゃないけれども、これは天皇制でやったからいかぬということで失効決議をされたので、一々中身のことを司令部は議論していませんでした。
まだ検討の過程ですけれども、教育の基本的なものが日本の教育に欠けているのはさびしいと思って、何かそういうものがあったら望ましいなという意見を申し上げただけでございます。
教育基本法というのは、いろいろ全部書いてありますけれども、教育の目的について余り明確にはなっていないので、平和で文化的で健康な国民を育成するということを書いてあります。 もちろんこれは国家のことですけれども、やはり、ある程度教育の基本理念が明確になった方がいいという感じは持っていたということであります。
いま世界は経済的に非常に混迷しているわけですけれども、これからの日本が繁栄するためには国際的に信頼と尊敬をかち得る日本じゃなければならない。そのためにはやはり経済中心から文化中心に入り、そして芸術、文化あるいはスポーツとか、各種の文化活動を強力に進めていき、そして日本人は文化的にすばらしい国民だという評価を得ることが国際理解の上でも必要だと私は思うのです。
私は、それでいいと思います。
まことにそのとおりでございまして、私はことしの予算を見ておりまして、たとえば放送大学の問題にしても、私学助成の問題にしても、公立文教施設——これは体育、スポーツ全部ですけれども、一般がたしか二二%ですが、文教関係は二九・七%と大幅に伸びておりますので、文教充実の予算だと私は思っておるのでございます。
私は、やはり教育が一番大事だと思っている。総理も同じお考えですが、やはり教育は経済の根底にはなっていますけれども、私は、戦前の教育がいまお話しのように経済中心だったとは思わない。やはり、戦前の教育も非常に教育重視であったと私は思っている。 ですから、今後教育が伸びていかなければいかぬから、決して経済活動の手段ではなくて、人間形成が根本ですから、そうでなかったら日本の繁栄はないと思うので、やはり人物中心でやっていきたいと私は思うのです。