さようです。
さようです。
それもその当時のことをよく記憶いたしません。はなはだ申しかねますけれども。
これは、これを受けます前に、よく記憶いたしませんが、これより約一箇年くらい前だつたと思いますが、そのころ門司港に五号起重機船がありましたことを覚えております。それからその後この動静に注意しておつたのでありまするが、目下日本サルヴエージの方で一時使用をしておられるということを聞き及びましたので、これにあげたと思います。
私もそのことは聞いております。
的確に財務局に照会しておりません。
日本サルヴエージが一時使用の認可を受けて使用中であるということは耳にしておりましたのですが、それ以上のことにつきましては、承知いたしておりません。
その事情はよく存じません。
はなはだこれは恐縮でありまするが、おそらく一つのありきたりのやり方に従つただけで、昭和二十四年一月十八日、福岡財務局から預託を受けた当時の原姿のままであるかどうかということは、確認してないのじやないかと想像されます。
普通やつて来ておるというわけではございませんけれども、この際はおそらくやむを得ずこうしたのではないかと思います。
そういうわけです。
つないだまま置きました。
はなはだ申訳ないことを申し上げますのですが、これに関しましては、私も失念いたしておりまして、その後財務局からの御注意によりまして、さかのぼつてこの使用継続の承認をいただきました。
私の方は失念いたしておりました。そして財務局の御注意によつて使用継続の認可申請を出したと記憶いたします。
昭和二十六年の十二月十九日付でこの使用継続認可を受けております。
沈没いたしておつたわけであります。
しかし沈没の状態のままありますので、そのままやはり四建でもつて責任があるわけだと解釈いたします。
いいえ、船は沈没いたしておりまするけれども、保管なりいろいろの責任は四建にあるわけです。
その一時使用の許可を受けてからですか。
修理にはほとんど着手いたしておりません。
そういうことであります。