ないです。それは私の記憶違いでも何でもない。青年部の人が話をしてぼくに会いたいということであつたから、ぼくが会いに行つた。これだけの話であります。だれにも紹介を受けてはいない。
ないです。それは私の記憶違いでも何でもない。青年部の人が話をしてぼくに会いたいということであつたから、ぼくが会いに行つた。これだけの話であります。だれにも紹介を受けてはいない。
名前は今ちよつと記憶しておりません。とにかく新聞関係の人だと思います。
そうです。
違います。
経歴は知りませんが、その青年部の人の話によつて、八代君はクリスチヤンとして社会事業に非常に興味を持つている、だから社会党の加藤さんなんかに一度会いたい、こういうことを言つておつたということでありましたから、しからばぼくが行つて会おうということで会つて話をして見ると、クリスチヤン的な、人道主義的な考え方を持つておつて、話は思想的にはある程度合わない点があるけれども、そういう点においては合つた点がある。それが最初なんです。もちろんそれは縁屋というデパートの事務所で会つたのです。
そうです。
金ではありませんが、古いダツトサンを寄附してもらつた。
緑屋からはありません。ただダツトサンを寄附してもらつて、それを今度電氣自動車に買いかえた。そのときにダツトサンを返して、六万円の金をそのダツトサンの代りとしてもらつて、それを出して電氣自動車を買つた。そういう関係であります。だからそれは時間的に見れば……一度ダツトサンを私の方へもらつて、修繕をして相当金を使つたのです。ところが故障が多くて乘りにくいから、これでは困るというので、もう一ぺんこれを引取つてくれ、二万円以上修繕料にかかつておるから六万円で買つてもらつて、それで今度電氣自動車を買つたわけです。だから差引きすれば四万円近くの金が時間を無視すれば寄附されておることになる。向うから出ておるのは六万円ですけれども、私の方では二万何千
何もおかしくないじやないか。何がおかしい。最初物を寄附してもらつて、これを自分が乘ろうとして修繕したけれども故障が多くて困るし、そのうちに電氣自動車の申し込んであつたやつが引取れることになつたから、これは故障が多くて費用がかかつてしようがないから、これをもう一ぺんあなたの方へ返す、ついては私の方では電氣自動車を買うのに費用がないから寄附してくれないかと言つて、あらためて寄附してもらつた金が六万円……。
それでもよろしい。同じことだ。
だから現物を一ぺん返しておるじやないか、はつきりしたまえ。
強くも弱くもないよ、事実は事実なんだから事実の通り言つておるのだから……。
興奮なんかするかい、じようだん言つてはいけない。
興奮なんかだれがするか、なんで興奮する必要がある。
それが一つと、それから開襟シヤツを何枚か一緒にもらつたことがある。
十何枚ですか、それは社会党の青年部に全部わけたのであります。それだけです。
梅村清についてはありません。ただ帝國蚕糸の問題について投書が來たので、これは檢事局にそのまま渡して檢挙されておるはずです。檢事局には一束にして二十何通も投書を竹内檢事に渡しておる。
そうです。纖維の関係としてはそれ一つ。
鈴木君との関係は、鈴木君は豊橋のそばで蒲郡の人であるし、梅村君は豊橋の人であるし、名古屋に総合大学をつくるときに、できれば豊橋の校舎はそのままに、われわれの方は名古屋の方に持つて來なければ総合大学にならないという考え方で多少食い違いがあつたけれども、とにかく梅村君が愛知大学の理事であるということから、最初から一緒であつた。その後芝居に一回か二回ほど一緒に招待されたことがある。そういう関係ですね。
そうでしよう。最初は豊橋の人であるし、蒲郡の人であるということが密着せしむる深い理由になつたと思う。最初の発端はどういう理由からか、それは私は知りませんが、鈴木君が談話として発表したものによれば、豊橋の電燈爭議というのは有名な爭議で長いこと時間が続いた。そういう関係でありますから爭議中にやはり知合いになつたものです。